研究会・出張報告(2008年度)

   出張報告

期間:2009年3月9日(月)~3月19日(木)
国名:モロッコ
参加者(SIAS派遣):
 斎藤剛(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所・非常勤研究員)
 小牧幸代(高崎経済大学地域政策学部・講師)
 仁子寿晴(人間文化研究機構・研究員/京都大学アジア・アフリカ地域研究研究科・客員准教授)
 高尾賢一郎(同志社大学大学院神学研究科・博士後期課程)
参加者(現地参加者):
 関佳奈子(上智大学大学院グローバルスタディーズ研究科・博士後期課程)
 白谷 望(上智大学大学院グローバルスタディーズ研究科・博士前期課程)

概要:
1.調査対象と内容
 本調査では、(1)フェズ、メクネス、メクネス市近郊、マラケシュ、マラケシュ近郊における聖者廟を対象として実態調査とあわせて、(2)フェズ、カサブランカにおいてタリーカ、聖者信仰と関連する文献資料収集を実施した。
(1)タリーカ・聖者信仰の実態調査
 メクネス:スィディ・ムハンマド・ベン・イーサー廟(注:廟名に下線が付されているのは、預言者生誕祭ないしは聖者祭が開催されていたものである。)
 メクネス市近郊:スィディ・アリー・ベン・ハマドゥーシュ廟
 フェズ:ムーレイ・イドリースⅡ世廟
     ザーウィヤ・スィディ・アフマド・ティジャーニー(スィディ・アフマド・ティジャーニー廟)
 マラケシュ:「7聖人」の諸廟(スィディ・ユースフ廟、カーディー・イヤード廟、スィディ・ベル・アッバース廟、スィディ・スライマーン・ジャズーリー廟、スィディ・アブドゥルアズィーズ廟、スィディ・ガズワーニー廟、イマーム・スハイリー廟)
 マラケシュ近郊:ムーレイ・ブラヒーム廟
 モロッコでは、毎年全国各地で聖者祭(ムーセム)が開催されている。その開催日程は、農耕暦に従って夏に開催されるものと、ヒジュラ暦3月12日にあたる預言者生誕祭と同じ時期に開催されるもののいずれかに大別される。
 本調査の調査日程は、本年の預言者生誕祭が西暦2009年3月9日にあたることを念頭におき、可能な限り、これに間に合うように設定されたものである。結果として、本調査班は、参与観察を通じて、スィディ・ムハンマド・ベン・イーサー廟、スィディ・アリー廟、ムーレイ・ブラヒーム廟などにおける預言者生誕祭(ないしは聖者祭)の概要を把握することができた。
 このほか調査を通じて、主に以下の諸点に関する知見を得た。各聖者廟における参詣の実態(参詣の方法、参詣客の性別の概要、参詣に伴う供物の内容、祈願の方法など、)廟の空間構成の概要、7聖人については各廟や末裔間の関係、部族民と聖者の関連性、廟における儀礼の一部としての預言者讃歌の重要性、などである。
 本調査班は、思想研究(仁子)、地域研究(高尾、シリア)、人類学(小牧[インド]、斎藤[モロッコ])など異なる学問分野と地域を対象とした研究者から成り立っている。こうした異なる学問分野、フィールドにおける調査経験を有する参加者の知見をもとにして、モロッコにおける聖者信仰の特質について、多角的な視点から明らかにするための糸口を得ることができた。
 たとえば、高尾は、今回の現地調査を通じて、モロッコでは預言者生誕祭と聖者祭が大規模に行なわれるが、その分現地関係者の部外者に対する警戒心は強いという印象を受けている。これは、シリアの場合とは逆だと言ってよい。この点は、当該社会における宗教活動の存在意義の違い、また宗教儀礼やスーフィー教団の活動が部外者の目にどのように映るのかという意識の差異を今後検討していくうえでの手掛かりともなりうる。
 また、インド・パキスタンでは、個人的祈願に際して金銭、供物(花、菓子、バラ水、線香、ロウソクなど)、食事などを媒体とした積極的な贈与交換が展開されるのが普通である。しかしながら、モロッコではそのような情景が見えてこなかったために、小牧はインドにおける贈与交換の社会的意義について再検討をする可能性を見出している。
(2)文献資料調査
 フェズ:ヒザーナ・カラウィーイーン
 フェズ:旧市街および新市街
 カサブランカ:ホブース地区
 ホブースではモロッコ出版の書籍を多く取り扱う書店を幾つか巡ることができたが、地方都市ではエジプト系出版、あるいはシリア・レバノン系出版の本に偏重した書店が多いという印象を高尾、仁子は受けている。これは単純に都市の規模の違いというよりも、むしろ思想的偏重が都市ごとにあるという事実を示唆しているのではないかと、高尾は考えており、次回調査の際には、今回寄ることができなかったラバトも比較の対象に含めて、シリア、レバノン、エジプトにおいて出版された書籍のモロッコでの流通の現状について検討することを視野に入れている。
 また調査班は、世界最古の図書館の一つであること、ならびに『ニコマコス倫理学』のアラビア語訳が発見されたことでも有名なカラウィーイーン図書館を訪問し、写本および刊本の所蔵状況を、仁子が中心となって調査した。既刊の写本カタログFihris Makht・tat Khizanat al-Qaraw・y・n(4 vols.)に掲載されているもの以外にも多数の写本を有し、未製本状態でそのカタログの第5巻が存在すること、写本そのものは見ることができないが、すべての写本がすでに画像データになっており、画像データに関しては閲覧が自由であることがわかった。またそれ以外にもデジタル化が急速にすすんでおり、モロッコの他の図書館とリンクさせた蔵書データベースも構築中であった。刊本の収集も現在まで継続的に行われており、タフスィールや法学関係は言うまでもなく、神学・哲学関係にいたるまで万遍なく収集されており、しかも良書がきちんとおさえてあった。しっかりした司書がじっくりと所蔵図書を選定しているのであろう。同図書館は、たんに古い写本を有しているだけではなく、現在でも図書館としての機能を充実させようとしており、いまだ現在進行形の学問の拠点たらんとする意気込みのあることが推察された。
 (斎藤剛)