研究会・出張報告(2008年度)

   研究会

日時:2008年7月30日(水) 13:00~17:00
場所:上智大学四谷キャンパス第2号館6階2-630a(アジア文化共用会議室)

発表:
 横田貴之(日本国際問題研究所)
  「エジプト・ムスリム同胞団とスーフィズム」
 飯塚正人(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)
  「「イスラーム主義」「サラフィー主義」の意味するもの―自称なのか分析概念か」→報告②

報告①:
 報告の中心は20世紀前半の最高指導者ハサン・バンナーにおけるその理解の整理、考察である。バンナーは青少年期に社会のイスラーム的道徳心向上を目指しハサーフィーヤ教団に加入、その後風紀是正を目的としたハサーフィーヤ慈善協会を設立した。彼は同教団をクルアーンとスンナに基づいた教育を行なう団体として肯定的に捉え、ムスリム同胞団を同協会の後継者と述べている。そこにおいて彼はスーフィズムを、ムスリム個人の信仰心を強化してその内面浄化に寄与するものとして評価した。その上で彼は同胞団の第5回総会で同胞団定義の一つに「スーフィーの真理」を掲げ、それを「善行」や「魂の浄化」等という具合に説明した。「スーフィーの真理」が表明された興味深い点としてはそれがサラフィー主義という定義と併置されていることやイスラーム改革思想の大衆運動・組織化と考えられることなどが指摘されている。同胞カラダーウィーは同胞団のダアワがサラフィー主義とスーフィズムの二つから成るとした上で、バンナーにとってのスーフィズムがクルアーンとスンナの根本的な教えから導き出されたものであると解説した。スーフィー的要素は同胞団の組織面にも及ぶ。その指導者をムルシドと呼び、ヒエラルキー的原理に基づいた構成を持つなど、同胞団は一部のスーフィー教団と類似した組織構成を今日に至るまで保っている。
 但しスーフィズムの思想表明に関しては、今日明らかにその頻度が低くなっている。またサラフィー主義という旗印も今日では掲げられなくなっているが、この点について報告者はインタビュー調査による興味深い声を提示した。同胞団最高指導者顧問のアブドゥルハミード・ガザーリーによると、サラフィー思想は既にバンナーによって示された故に最早説明する必要が無い上、同胞団のイメージを悪化させかねない。それよりも民主主義といった様相を纏う方が団にとって望ましいというのである。この点を踏まえ最後に報告者は、同胞団においてスーフィズムとスーフィー教団が区別されている点、思想としてのスーフィズムはバンナーの頃よりサラフィー主義との調整が行なわれていた点、そしてそういったかつての理念や主張を掲げることの意味やイメージに対して今日では様々な対応が見られる点などを述べた。
 以上の報告に対しフロアからは様々な問いが出たが、そこで交わされた議論の中には思想としてスーフィズムへの関心と、行動を前提としたスーフィズム表明の考察への関心との間で、若干の齟齬が見られた。バンナーの場合は当然後者に該当し、その意味では「スーフィーの真理」を掲げた当該地域・時代における意味を考えることの必要性が重みを増した。この点は先んじて行なわれた飯塚氏の報告の争点であった「サラフィー主義」にも言えることであり、近代や世俗化といった背景を交えた論考が求められる近現代イスラーム思想の複雑極まりなさを改めて学ぶことができた。その点、現代政治を専門とする報告者からは同胞団研究とスーフィズム・聖者研究との貴重な紐帯を教示してもらうに至り、実りある研究会になったと言える。
 (高尾賢一郎・同志社大学大学院神学研究科博士後期課程)