研究会・出張報告(2008年度)

   研究会

日時:2008年6月14日(土)、13:30~17:00
場所:上智大学上智大学四ツ谷キャンパス 2号館630A会議室
報告:(1)溝渕正季(上智大学大学院) 「イスラーム運動研究と社会運動理論」→報告①
   (2)堀場明子(上智大学大学院) 「紛争研究と紛争理論」
意見交換:今年度の活動計画、マレーシア国際会議、原典翻訳叢書、その他

報告②:
 本報告は、インドネシアのマルク州で発生したムスリムとキリスト教徒(プロテスタント)の間の紛争(communal conflict)について、社会運動理論を援用した理論的説明を与え、紛争解決あるいは予防のための含意を示すものであった。
 堀場氏は、これまでの紛争研究が「なぜ紛争が起こるのか」という原因を追究する視点に立ち、紛争の描写に終始しているため、紛争が継続・拡大する理由や一般住民の暴力紛争への参与という現状の説明ができていないと批判した上で、現実の紛争に対していかに紛争を予防・解決するかというWhyからHowへの視点の変換が必要であるとした。そして、社会運動理論を紛争分析に用いる際のポイントとして、1)政治的機会と制約の変化、2)フレーミングのプロセス、3)動員構造の3つをあげた。
 マルクの事例についての堀場氏の説明を筆者なりにまとめると、宗教(イスラーム/プロテスタント)に基づく文化的フレームが、スハルト体制の崩壊という政治的機会と制約の変化を契機として集合行為フレームへと変容し、フレーム内部では相手側コミュニティに対する過去のネガティブな経験によって現状の再定義が行われ、宗教のシンボルが操作されたという。更に、相互交流のない“intra community”(Varshneyによる)であったことも相俟って、内部では相手に対する恐怖・敵愾心が煽られ、フレームが強化され一般住民が動員されるという悪循環に陥ったとのことであった。
 予防・解決という点では、フレーミング・プロセスの抑制と動員の構造および資源とそれらの広がりを把握する必要性が指摘された。具体例としてマリノ和平協定についての言及があり、マルクでは、プロテスタント側が教会によるヒエラルキー型であったのに対し、ムスリム側はネグリと呼ばれる伝統的な村落組織を基盤とする連接構造という動員構造(コミュニティ構造)の違いがあったために、トップ同士の合意がムスリム側では全体に浸透しなかったことが説明された。
 質疑応答では、国軍や武装過激派の関与などコミュニティ構造以外の要因が紛争に与えた影響や本報告で示された理論的説明がインドネシアの他の紛争においても適用可能か、具体的な解決にむけた取り組みはどのようなものか、といった点について議論された。
 本報告は、ひとつの事例が理論によって明快に説明された点で特筆すべきものである。マルクの現状はセグリゲーション留まっており、動員論のいう衰退局面ではないため常に再発の可能性を孕んでいる。現実の紛争解決には依然として多くの課題や困難が立ちはだかっているが、本報告で示された分析は解決に向けた取り組みにも一定の貢献を果たすものと考えられる。(石黒大岳・神戸大学大学院国際文化学研究科博士後期課程)