研究会・出張報告(2008年度)

   研究会

共催:ジャウィ文書研究会
日時:2008年5月18日(日)13:00~18:00
場所:上智大学2-630a号室

プログラム:
1.山本博之(京都大学)「『カラム』雑誌記事データベースの公開」
2.山本博之「「バンサとウンマ」学術書序論の構想」
3.菅原由美(天理大学)「19世紀末から20世紀前半におけるキターブの出版・販売ネットワークとナショナリズム」

概要:
 本年度の活動について打ち合わせを行なった後、以下の報告が行われた。

1.山本博之「『カラム』雑誌記事データベースの公開」
 『カラム』は1950-69年にかけてシンガポールで発行されたマレー語ジャウィ表記雑誌である。同誌を収集して研究に利用し、その重要性を指摘してきた山本氏は、京都大学地域研究統合情報センターの地域研究資源共有化データベース構築プロジェクトの一環として、同誌記事データベース化に取り組んできた。山本氏は、このほど完成し公開された『カラム』データベースを紹介し、他のインドネシア語・マレー語雑誌についても今後、データベース化を推進し、将来的には横断検索システムを構築する方針であることを報告した。東南アジアの現地語定期刊行物は、旧植民地宗主国や現地の文書館や図書館に分散所蔵されていることが多く、閲覧や複写には多くの時間や労力を要したが、このデータベースにより、だれでもローマ字によるキーワード入力によって所蔵記事のすべての見出しを検索し、PDF化された本文を読むことができようになった。このデータベースを積極的に利用することにより、東南アジアのマレー語・インドネシア語圏の現代史、政治、社会、イスラーム運動などの研究が大きく進展することが期待される。このデータベースは地域研究統合情報センターのウェブサイト(http://www.cias.kyoto-u.ac.jp)で公開中である。
 (川島緑)

2.山本博之「「バンサとウンマ」学術書序論の構想」
 上智拠点グループ2、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所共同研究プロジェクト、京都大学地域研究統合情報センター共同プロジェクト、ジャウィ文書研究会の共催で2007年5月に実施された国際シンポジウム「バンサとウンマ―東南アジア・イスラーム地域における人間集団分類概念の比較研究」の成果を学術書として刊行するための準備として、報告者が序論の構想を発表し、内容に関して討議を行った。マラッカ海峡両岸で統治者の家系などを指す言葉として用いられた「ムラユ」(マレー)が伝播する過程で、狭義のマレー世界では統治者以外の人々にも広く用いられるようになり、さらにマレー世界の周縁部地域では「ムラユ」に代えて「バンサ」(民族)が用いられたこと、また、フィリピン南部ではマレー語でなくアラビア語を用いることでアラブ中東世界との結びつきを強く意識した「ウンマ」(宗教共同体)概念によって自己規定を試みる動きも見られることなどが整理された。
 (山本博之)

3.菅原由美「19世紀末から20世紀前半におけるキターブの出版・販売ネットワークとナショナリズム」
 19世紀後半以降、オランダ植民地期のインドネシア(蘭領東インド)では、メッカ巡礼者やイスラーム寄宿塾が増加し、新たなイスラーム化の波を迎えていた。その再イスラーム化の波に呼応して、イスラーム学の教科書(キターブ)に対する需要が急激に伸びていった。東南アジア島嶼部で広く普及したキターブは、中東出版から、シンガポールとボンベイへ、さらにジャワに出版地が移り、アラビア文字綴りのマレー語、ジャワ語、スンダ語による宗教書が、さかんに出版され、より広い社会層に講読されるようになった。この一般社会向けの安価で、易しい宗教書は、イスラームの知識の地域浸透に貢献することになった。そして、東インドの人々により明確に、「ムスリム」としてのアイデンティティを持たせる素地を作っていった。一方、20世紀初頭には、Said Uthmanのように、「東インドの」ムスリムとしての自覚を持たせるキターブを執筆する宗教指導者が登場し、政庁の意図に反しないムスリムの育成を目指していった。
 (菅原由美)

4.その他
 本年度の研究活動、海外招聘、海外派遣、クアラ・ルンプルでの国際シンポジウム等について、打ち合わせを行なった。また、2007年の西芳実氏のCahaya Nusantara紙(インドネシア語ジャウィ表記新聞)編集部(ジャカルタ)訪問、および、ジャウィ文書研究会に関する記事が同紙6号(2007年2月26日)に掲載されたことが同氏より報告された。
 (川島緑)