研究会・出張報告(2007年度)

   研究会

日時:2007年11月23日 14:00-18:30
場所:名古屋大学大学院教育発達科学研究科1階大会議室
テーマ:「東南アジア島嶼部におけるイスラーム学写本伝統とキターブ」
     Workshop "The Islamic Manuscript Tradition and "Kitab" in Southeast Asia"
参加者:8名

報告:
1. 菅原由美(天理大学)"Javanese Islamization in the Late 19th and the 20th Centuries Seen from the Published Islamic Textbooks"
2. エルファン・ヌルタワブ(Ervan Nurtawab)(Syarif Hidayatullah State Islamic University)"New Light on the Study of 'Abdurra'uf's Turjuman al-Mustafid" →報告②

報告①
○菅原由美(天理大学)"Javanese Islamization in the Late 19th and the 20th Centuries Seen from the Published Islamic Textbooks"

 19世紀後半、東南アジア島嶼部で急増した宗教学校(プサントレン)では、イスラーム学の教科書(キターブ/キタッブ)を用いて教育が行われていた。このキターブには、アラビア語のものだけでなく、アラビア文字綴りのマレー語、すなわちジャウィを用いたものが含まれていた。これらは、シンガポールまたはボンベイで出版され、特に、19世紀後半以降、東南アジア島嶼部に輸出されるキターブの数は急増した。やがて、ジャウィ本のなかに、アラビア文字綴りのジャワ語やスンダ語(ペゴン)のテキストも少数ながらも、含まれるようになっていった。ジャワ語キターブは、スマランのソレ・ダラット(Soleh Darat/Muhammad Shalih ibn Umar Samarani)によって書かれたものが多く、内容はイスラームに関する基本書やマニュアル本が多かったが、これらはジャワ北海岸においてベストセラーとなった。そのためそれらは、20世紀初頭以降、次第にジャワ島北海岸のチレボンやスラバヤで、アラブ人によって出版されるようになっていった。その後もキターブ出版社はジャワ北海岸に広まり、プカロンガン、スマラン、バタヴィア(ジャカルタ)などがあとに続いた。そうしたジャウィで書かれたキターブは1950年代まで比較的広く読まれていたが、その後は、ローマ字綴りの出版物に取って代わられていった。
 しかし、その後もジャウィやペゴンで書かれたキターブは細々と出版され続け、ジャワ語で新たに出版されたタイトルも年々増えている。ジャワ語の場合は、1970-80年代、アラビア語テキストの完全翻訳版が数多く出版されるようになった。マレー語の場合は、タイトルは増えていないが、かつてマレー語で書かれたキターブが、版を変え、出版社を変えながらも、出版し続けられている。ローマ字で書くことが当たり前であった1970年代以降も、ジャウィやペゴンであらたにキターブを執筆したウラマーたちと、その作品の傾向について、今後分析をおこなう予定である。
 (菅原由美・天理大学)