農業は、近代世界において単なる産業の一つではありませんでした。それは人びとが生き延びてゆくための、商品生産にとどまらない多様な活動が複合する営みでした。近代における社会統合において、農村共同体というイメージが国民や民族といった集団の歴史的根源としてしばしば引用され、「われわれ意識」の基礎を提供してきたという過程は、農業が生きるための根源的な営みであったことに依っているといってよいでしょう。
本書では、長い蓄積を持つ農業史研究と、過去20年間で飛躍的に発展した移民研究の成果を参照しつつ、在日朝鮮人、疎開者、引揚者や海外移民といった農業にかかわる少数者を、日本社会における「他者」という枠組みでとらえました。そしてこれらの人びとが、アジア・太平洋戦争期から農地改革を経た高度成長期の過程において、地域のなかで移動し、定着してゆく様子を、これまで利用されてこなかった歴史資料をもとに描き出すことを試みています。終章では、本書で明らかにした事実を基に、近代日本社会に内在する民族的秩序が人の移動と土地所有における階層性に反映していたが、それは帝国日本の解体に伴って断絶し、再編されたという見方を提起しました。一冊の本として編みなおすうえで心掛けたのは、少数者を独立した存在として扱わず、絶えず多数者という存在と、時代の変化と結びつけるかたちで複眼的に把握することで、それが本書の特徴と言えます。
今日、「移民」の問題はあらゆる国や地域で課題となっています。この現象は新たな「グローバリゼーション」の展開と結び付けて考えられることが多いですが、近代世界は19世紀以来ずっとこの問題に直面し、試行錯誤を繰り返してきました。体系性や網羅性を備えているとは言い難い本書ですが、自分の提起した過去の時代像から、あるいは本書に盛り込んだ個々の断片からでも、現代につながる歴史をとらえ返すための新たな議論がはじまるなら、それに勝る喜びはありません。