研究会・出張報告(2015年度)

   研究会報告

【日時】2015年6月26日(金)17時30分~19時30分
【場所】上智大学四ツ谷キャンパスL921(中央図書館・総合研究棟9階)

*本シンポジウムは上智大学総合グローバル学部(FGS)・主催、NIHU「イスラーム地域研究」プログラム(上智大学拠点・イスラーム運動班)・共催、日本比較政治学会・後援で行われたものである。

1.主旨説明
 最初に岸川毅氏(上智大学総合グローバル学部教授)の主旨説明でシンポジウムが開始された。2015年6月27日、28日上智大学での日本比較政治学会の開催を記念し、今の学部生が最も関心を持っている「イスラーム国」と現在の中東地域を複数の視点から考えるために、本シンポジウムを開催すると説明した。

2.基調講演
 私市正年氏(上智大学総合グローバル学部教授)の基調講演は「イスラーム国の出現と中東・北アフリカ地域の変容」というタイトルで、現在中東地域が抱えている問題をよりマクロな視点でとらえ、アラブの春からイスラーム国への大きな流れを説明するものであった。この問題は、国際政治でありながら、中東地域の事情であり、イスラーム思想の変化でもあると指摘した。
イスラーム国を理解するためには、より前の段階から考えていく必要があり、ソ連のアフガニスタン侵攻によるムスリム義勇軍としてのアル・カーイダの出現と、湾岸危機とサウジアラビアへのアメリカ軍の駐屯によるアメリカの標的化、9・11を始めとするグローバルテロリズムと、そのイデオロギー的限界の流れが説明された。特に、創設者であるビン・ラ―ディンの死亡によりアル・カーイダの求心力が失われ、様々な地域でアル・カーイダのブランドを利用した支部が立てられ、イラク支部から派生したものがイスラーム国であった。
イスラーム国の思想の新しさに、「サイクス・ピコ体制」により決められた現在の国家領域を否定、カリフ制の復活、シャリーアの適用、奴隷制の復活、タクフィール主義、西欧の青年の参加と改宗ムスリムなどが挙げられると説明された。一方、地域主義から始まったアル・カーイダはグローバル化したが、結果的に失敗に終わったため、イスラーム国は再度地域主義に回帰したベクトルの変化が行われたと分析された。また、イスラーム国のジハード主義は、8世紀の古典的なジハード思想に基づいたものであり、アル・カーイダとの思想の系譜を異にするとの説明を加えた。
続いて、私市氏はいわゆる「アラブの春」とイスラーム国の関係性について、それまで国家の統制下にあった宗教が、国家の弾圧から解放されることによって、あらゆるイスラーム勢力とイスラーム思想が自由になりコントロールできない状況にあると説明した。
 最後に、中東・北アフリカ・アフリカの現状として、①統治システムの解体(ネイションもステートもしっかりできていない状況)②イスラーム思想の混迷(ジハード論の揺れと武力化、政治と宗教の関係の曖昧さ、イスラーム思想の自己変革の可能性)③超大国の影響力の低下(外部の力による秩序維持能力の減少・地域大国の変化によるパワーバランスの変化)を指摘し、基調講演を終えた。

3.コメント
私市氏の基調講演を受け、異なる地域を専門とする3人のパネリストによるコメントが行われた。

まず、前嶋和弘氏(上智大学総合グローバル学部教授)は「アメリカの視点から」現在の中東問題についてコメントした。アメリカはアフガン戦争・イラク戦争を終えて、ポスト中東情勢を期待したが、新たな問題が発生し続けている状況に悩まされていると指摘した。いわゆる「宣教師外交」を理想とするアメリカだが、現実としては①意志決定における議会の権力拡大②反戦主義の世論③実存的危機だけに集中する現大統領の外交スタイルにより中東外交に難航していると分析した。さらに、冷戦後のインテリジェンスの弱体化と財政健全化のための議会の分極化がアメリカの中東外交をより混乱にさせていると指摘した。
次に、金谷美紗氏(中東調査会研究員)は、「エジプトの視点から」コメントを行った。まず、エジプト革命の経緯を説明し、エジプトで民主化プロセスが失敗した原因は妥協・交渉といった合意形成能力の不在によるものであり、現在のエジプトの状況は中東世界の縮図でもあると指摘した。また、クーデター以後エジプトの政治領域から完全に排除されたムスリム同胞団の一部が、暴力路線に変わったと説明した。それに加え、シナイ半島におけるテロ組織の活動(エルサレム支援者団)、隣国リビアのテロ組織、そしてイスラーム国が脅威として存在し、現在エジプト政府の最大の課題はテロとの戦いであり、その過程でエジプトは再度権威主義化していると指摘した。
 最後に、澤江史子氏(上智大学総合グローバル学部教授)は「トルコの視点から」中東情勢を分析した。現在のトルコが抱えている国内的課題はクルド問題の解決であり、国外的課題は近隣諸国との相互依存によるリーダー的位置の確保であると説明した。2011年のいわゆる「アラブの春」当時、トルコは、自国とは無関係な外の問題であると考えていたが、シリア内戦の激化とイスラーム国の台頭によりトルコも当事者となったと話した。オスマン帝国分割案からのセーブルシンドローム(現国境を必ず守る・分離独立を防ぐ)を抱えており、クルドへの暴力的弾圧も行われたが、親イスラーム政党AKPの執権とともに、イスラームで国家統合を図ってきた。しかし、イスラーム国がシリア国内のクルド人密集地域コバニを占拠することで、クルド系左翼ゲリラPKKの多くがシリア内戦に参戦するとともに、トルコに越境しようとするクルド系難民を救わないトルコ政府への批判が高まっており、複雑な状況に陥っていると説明した。特に、これは民主主義・選挙政治ともかかわる問題であり、今月に行われた総選挙でAKPが過半数割れしたこともその結果であると指摘した。

4.ディスカッション
 コメントが終わった後、フロアから講演者とコメンテーターの報告に対し、多くの質問が寄せられた。
質問への答えとして、まず、私市氏は、90年代イスラーム改革が失敗した理由は、内部の合意形成が困難だった点と超大国の影響を挙げた。また、現代イスラーム地域が抱えている問題は、西欧的な意味での政教分離は難しく、イスラーム教理がはっきり定まっていないからであると述べた。また、イスラーム国に参加する若者が多いのは社会問題であり、そういう意味でチュニジアの状況は半分の成功と半分の失敗であると分析した。そして、イスラーム国がグローバルテロリズムではない理由は領域的国家形成を目指しているからであると答えた。 次に、前嶋氏は現在のアメリカ政府が戦争を嫌う理由として、オバマ大統領がリアリストであり、できるところまでしかやらないという理念を持っているからであると説明した。
金谷氏は、エジプト国内でもほとんどの人はイスラーム国やカリフ制に反対しており、エジプトの軍が強い理由は、政治体制自体が軍によって守られてきたという認識が大きいからだと説明した。また、民主化の意味に関する質問に対し、民主化とは政治集団間の自由な交渉・相談ができること、様々な集団が参加できる制度を作り上げることであると答え、エジプトは民主化が終了しないままクーデターが起きたと説明した。
澤江氏は、トルコが国境をコントロールできない理由を、シリアを封鎖させることによる国際社会の反応を恐れるとともに、ジャーナリストや援助団体、難民の行き来を制限する権利がないからであると説明した。また、クルド人はPKKとして戦う人がほとんどだが、イスラーム国側に参加する人も存在し、トルコ系とクルド系は和解に道を進めてきたが、現在の状況により台無しになったことを指摘した。

文責:金信遇(上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科地域研究専攻博士前期課程)