研究会・出張報告(2014年度)

   研究会報告

日時:2015年3月2日(月)13:30-18:10
場所:京都大学吉田キャンパス総合研究2号館4階会議室(AA447)

 2015年3月3日、イスラーム地域研究KIAS、SIAS共同開催の国際ワークショップが、「現代イスラーム世界における崇敬、政治、そして民衆」(Piety, Politics and People in the Modern Islamic World)というテーマで京都大学を会場に開催され、7つの研究発表が行なわれた。総括では、スーフィズム研究者として世界的に名高いマーク・シジウィック教授(Aarhus University)がコメンテーターを務め、活発な討議が行なわれた。
 第一発表では、二ツ山達朗氏(京都大学)が、“How Tunisian Muslims Treat Religious Materials: Focusing on Qur’ānic Ornaments and Calendars”と題して、宗教的モノの分析を、チュニジアにおけるクルアーンの装飾品やカレンダーに焦点を当てて発表した。発表では数年にわたる定点観測に基づいて、神の啓示であるクルアーンが、いかに聖なるモノとして取り扱われると同時に、人々のあいだで消費され、維持されるのかが示された。
 第二発表の金信遇氏(上智大学)は、“Political Elites and Social Mobility in Bourguiba's Tunisia (1956-1987)”として、チュニジアのブルギーバ政治体制期における社会変動について発表した。考察では、性別や年齢に加えて、ブルギーバ政治体制期を区分するなど多くの相関図が提示された。こうした考察に基づいて、若者に対する教育というファクターが、社会変革のための重要な役割を担っていたと結論づけられた。多くのファクターを多彩に分析する手法は見事であったが、データの使い方などについてのコメントもなされた。
 第三発表では、松田和憲氏(京都大学)が、“The Criticism of Saint Cults in the First half of 19th Century North India: The Case of Shāh Muḥammad Ismāʻīl”のなかで、ムハンマド・イスマーイールを事例としながら、聖者崇敬批判がいかに展開されたのかについて研究発表を行なった。松田氏は、ムハンマド・イスマーイールに関する先行研究を考察するとともに、2種類の多神教を定義していたことなど、テクスト読解のなかから構造的に明らかにした。
 第四発表では、小倉智史氏(京都大学)が、“Translating Waḥda al-Wujūd into Śaiva Theology: A Reading of the First Chapter of Śrīvara’s Kathākautuka, a Sanskrit Translation of Jāmī’s Yūsuf u Zulaykhā”として、ジャーミーの存在一性論を考察した。発表では、サンスクリット語のテクストがペルシア語への翻訳、またはその逆の過程で生じた意味のズレを、「愛」の語などから検討するなど、緻密な分析を行なった。こうした発表に対し、ジャーミーの存在一性論における「存在」の意味について、非常に重要な質問がなされた。
 第五発表では、近藤文哉氏(上智大学)が、“Mawlid and British People in Egypt”と題して、エドワード・レーンとジョセフ・マクパーソンという2人のイギリス人知識人によって書かれた著作を通して、エジプトにおけるマウリドに対する理解を分析した。アラビア語の「マウリド」の訳語を検討から、festivalと翻訳された「マウリド」の語が彼らの背景を投影していたこと、さらに宗教的側面に対する世俗的側面をみなす眼差しが指摘された。質疑応答では、彼らのプロテスタント的な視点についてコメントがなされたが、こうした点は今後の更なる研究が待たれるところであろう。
 第六発表では、斎藤秋生子氏(上智大学)が、“Tribalism in the Political Context in Libya: Qadhafi’s Discourse and its Influence”と題して、カダフィー期におけるリビアの政治体制を部族主義という視点から考察した。発表のなかで、斎藤氏はカダフィーが自らの政治体制を維持するために部族主義という手法を用い、そこに郷愁や国家的アイデンティティーを見出すために様々な恩恵を得ていたことを示した。こうした発表に対して、そもそも「部族主義とは何か」という質問が出るなど、多くの質問がなされた。
 第七発表では、白谷望氏(上智大学)が、“New Strategy for the Maintenance of the Authoritarian Regime in Morocco: 2011 Parliamentary Elections and the Nominal Change of Government”として、党派政治と選挙体制に焦点を当てて、「アラブの春」以降のモロッコの政治体制の維持について考察した。発表において、白谷氏はモロッコの政治体制を維持する伝統的な「共働」に加えて、与党を輪番制にするという戦略を通して政治体制の安定化が図られてきたことを詳述した。「アラブの春」において、モロッコの政治体制が維持された理由が的確に示されるなど、現代モロッコを理解するうえで有効な情勢分析がなされていた。  総合コメントでは、シジウィック教授が若手研究者の英語による研究発表について総評を行なったが、発表全体を大いに評価するものであった。本ワークショップにおける中東地域を広範に扱ったそれぞれの研究に関して、シジウィック教授は、若手研究者たちに対し現代イスラームの流動性をつぶさに観察し、そうした研究成果を海外に向けて積極的に発信していくように期待することを述べて総評を締めくくった。
 それぞれの研究発表は、データ分析やフィールド・ワークなど多彩な視覚からなされており、現代イスラーム世界に関する情報ばかりでなく、研究上のパースペクティヴの多様さが際立った研究会となった。

文責:澤井真(東北大学大学院博士課程)