研究会・出張報告(2014年度)
研究会報告- 国際シンポジウム 「『アラブの春』後の中東におけるイスラーム主義の再考」(2015年1月24日(土)上智大学)
【日時】2015年1月24日(土)9時45時~16時00分
【場所】上智大学四ツ谷キャンパスL911(中央図書館・総合研究棟9F)
チュニジアから端を発した「アラブの春」は、頑強であった中東の権威主義体制を崩壊させた。その結果、旧体制下で弾圧を受けていたイスラーム主義運動は活動の自由を獲得し、特に民主化革命直後のチュニジアやエジプトなどでは中東で最大の動員数を誇るムスリム同胞団(以下、同胞団)関連の政党が政治的躍進した。がしかし、最近では過激なイスラーム主義の台頭や旧政権関係者の巻き返しにより、アラブの春において中心的な役割を担った穏健なイスラーム主義運動の存在感が低下しているとの声が聞こえる。今回の国際シンポジウムでは、エジプト、アルジェリア、ヨルダンを含む国内外の有識者・専門家が招かれ、各国のイスラーム主義について報告が行なわれた。
セッション1
・報告者1:フィクリー・ナビール(エジプト、カイロ・アメリカン大学)
"Egyptian Politics After 2011 Uprising: The effect of Islamism on Civil Military Relations during Transition in Egypt"
・報告者2:清水雅子(上智大学グローバルスタディーズ研究科)
"Political Power-sharing without Government Posts?: Hamas and the Palestinian Politics of National Reconciliation since 2011"
・報告者3:アッザアーム・フネイディ(ヨルダン、イスラーム行動戦線党・元議員)
"Islamism and Islamists"
・討論者:北澤義之(京都産業大学)
最初の報告者であるナビール氏は、元エジプト・ムスリム同胞団出身者であり、現在は「強いエジプト党」の外交部門担当者である。同氏はエジプトにおけるアラブの春以降の政軍関係をイスラーム主義の観点から説明した。発表の中では、モルスィー政権が起草した憲法の政軍関連条項とNarcis Serraによる安定した民主主義政権のための移行期の軍の役割が引用され、同胞団が政権を担った時期に軍の政治的関与を徹底的に排除すべきだったという意見が述べられた。
2番目の報告者である清水雅子氏は、2011年パレスチナ国民和解合意以降の統一政府におけるハマースとファタハの権力分有、そしてその施行状況について報告した。同氏は実際にはハマースが政治ポストを得ていないにも関わらず、政治的に不利益だと思われる和解に合意し留まったのはなぜかと問いかけ、国民和解合意から2012年ドーハ宣言そして2014年のガザ宣言の中に至るまでの権力分有の取り決めと施行状況が示された。その結果、ハマースは各種委員会などでポストを得て政治参加を一層進めたいという意図があるということが分析された。
最後の報告者のフネイディ氏は欠席だったため司会の吉川卓郎氏による代読となった。まず、同氏の発表ではイスラーム主義、そしてイスラーム主義者に対して丁寧な説明がされ、続いてヨルダン政治における同胞団の位置づけが説明された。そしてイスラーム行動戦線党員である同氏の立場より、故フセイン国王時代には親政府勢力であった同胞団がイスラエルとの平和条約締結後より政府との関係が急激悪化した状況、そしてアラブの春の影響下で起こった王政に対する抗議運動および修正憲法案などの現況報告がなされた。
セッション2
・報告者1:石黒大岳(アジア経済研究所)
"Muslim Brotherhoods in the Gulf Countries: Political Participation and its consequences in Kuwait"
・報告者2:ズビール・アルース(アルジェリア、アルジェ大学)
"The Islamic Era and Women Issues in the Arab Constitutions between the Problematic of Identity and Social Prohibitions"
・討論者:渡邊祥子(アジア経済研究所)
セッション2では、石黒氏が湾岸協力会議6カ国(以下GCC)における同胞団活動、特にクウェートにおけるイスラーム主義運動に関して詳細な報告をした。同氏はGCC6カ国を同胞団が政権に対してどのように関与しているかにより3つのカテゴリーに分類した。サウジアラビア、UAEでは同胞団は政府から厳しい取締りを受けているが、バーレーン、クウェートにおいては政治参加を果たしていると述べられた。また、カタルでは国内の同胞団は政治参加を果たしていないが、頻繁に同胞団上層部の往来があるとの報告があった。発表の後半ではクウェートの同胞団系政党であるイスラーム憲法運動(ICM)の活動について、現在の硬直状態に陥っている議会との関係も交えて分析がなされた。
最後に、アルジェ大学のアルース氏が中東諸国のイスラーム主義と政治の関わりについて包括的に報告をした。同氏はイスラームの価値観とは何かと問われることが多いが、例えば女性問題に関しても各学派における解釈、そして政治的状況において取り巻く状況は多元であることが説明された。そして中東諸国、特にアラブ諸国の課題として、イスラームという国家アイデンティティを尊重しながらも人権と言う概念をどのように憲法の中に組み込み制定していくのかが今後の課題となると指摘した。
討論者の渡邊氏からは、アルース氏の発表を踏まえて民主主義とイスラームの共存は可能であることが再確認された。そして、なぜチュニジアイスラーム主義組織(ナフダ党)はエジプトのケースと異なり対抗勢力と合意することができたのかと質問があった。アルース氏は、チュニジア人は歴史的な経験から急進的なことを好まない「修正思考」の国民性であること、ひいてはナフダ党の指導者が他の価値観を受け入れるという民主的価値観を持ちえていたこともその理由の1つであると述べた。
最後に清水学氏(ユーラシア・コンサルタント)から総合コメントがあり、本日の報告からイスラーム主義運動の政治的位置づけは、社会的、歴史的背景によって各国で異なり、また変容も続けているためイスラーム主義運動を全て同列に規定することは危険であるのではないかということが指摘された。
文責:田中友紀 (九州大学大学院比較社会文化学府博士後期)