研究会・出張報告(2014年度)
研究会報告- 「イスラーム運動と社会運動・民衆運動」研究会 2014年度第2回研究会」(2014年7月26日(土)上智大学)
日時:7月26日(土) 13:00~17:10
場所:上智大学四ツ谷キャンパス2号館(6階)603(総合グローバル学部会議室)
報告(1)13:00~15:00
ケイワン・アブドリ(神奈川大学アジア研究センター客員研究員)
「イラン・イスラーム共和国における国有コングロマリットの形成と含意;『被抑圧者財団の事例』」
ケイワン・アブドリ氏による本発表は、イラン・イスラーム共和国における「特権企業グループ」の1つである「被抑圧者財団」を事例に、企業グループが政治・経済にどのようなかかわりを持っているかを考察するものであった。
まず報告者は、イスラーム共和国における経済システムの特徴として、経済政策の大転換、経済の国有化、新たな企業グループの台頭の3点を挙げる。そのうち、新たな企業グループは、慈善目的の経済活動を標榜して公益を求めていると主張する一方で、政治・経済的特権を享受し、政治との密な関係にある。発表者はこうした特徴をもつ企業グループを「特権企業グループ」と定義し、その中でも最高指導者の管理下にある「被抑圧者財団」(以下「財団」)に着目する。
「財団」は、イスラーム革命後、ホメイニ最高指導者によって設立された。没収・国有化された王室関係者の資産と政府による経済活動の奨励・優遇策を背景に、「財団」は傘下企業を急増させ、積極的な事業拡大を実施した。ラフィグドゥースト総裁時代(1989~1999年)には方針を転換し、傘下企業の整理・経営再建を試み、続くフルザンデ総裁時代(1999~2014年)では石油・エネルギー産業や金融など大規模産業に参入している。
次に発表者は、「財団」のコントロールをめぐる対立の経緯について概観した。「財団」は一般企業の経済活動の範囲を規定する法の適用を受けないため、「革命組織」として位置づけられた。そのため、国会の反発を受けながらも1980年代に納税免除特権が与えられた。1990年代には、絶対的権威を持っていたホメイニから、宗教・政治的権威の弱いハメネイへと最高指導者が交代する。権力の源泉として資金を必要とするハメネイの協力のもとで「財団」はバーゲニング・パワーを強化し、現在に至るまで国会の調査・監査権は「財団」へ適用されていない。
質疑応答では、ハータミー政権の市場改革に伴う「財団」傘下企業の外資企業との合弁事業に関する質問や、「財団」の特権と政治的影響力が世論から批判を受けているとされるが、その「世論」の主体が誰であるかの問題、「財団」系企業と民間企業の関係など、多くの質問やコメントが出された。
報告(2)15:10~17:10
岩崎えり奈(上智大学)
「エジプトの革命と社会経済変容」
岩崎えり奈氏の発表は、同氏が2008年から2012年にわたって行ったエジプトでの意識調査の結果をもとに、社会・経済の変容と2011年の革命でエジプト国民の政治意識がどのように変化したかを考察するものであった。
調査前、発表者は革命前後のエジプト国民の意識が、年齢、性別、地域、学歴で差異があるかどうかという問題を設定していた。しかし、調査の結果、年齢と性別には意識の差異がなく、都市・地方間の地域差と学歴による意識差が存在することが明らかになった。地方在住者は革命前後で政治意識が変わらなかった一方で、都市在住の、特に高学歴な中間層に属する人々は革命前後で政治意識に変容がみられ、かつ彼らは投票においてきわめて流動的な行動をとる点が指摘された。
次に、発表者はエジプトにおける社会経済構造の変容について述べた。20世紀を通してエジプト経済は脱農化し、主要産業が農業からサービス業へ移行するなど産業構造が変化した。従来まで国営大企業が担っていた産業は、自由経済化によって現在では民間の零細企業によって担われている。発表者は若者の失業に関しても取り上げ、完全に失業している若者に加えて、希望する職に就けずに安定した生活を送ることができない若者の存在に着目した。
以上の議論を踏まえ、発表者は社会階層の流動化と革命について概観した。農民と労働者の減少は、1956年・64年憲法における議席配分規定が2014年憲法で削除されるなど、政治的な変化にもつながった。加えて、従来まで「革命」の担い手であった農民と労働者が2011年の革命では存在感を示さず、代わって失業と貧困によって政治的不満をもつ若者が活躍した事実は、エジプト国内の社会・経済変容の結果であると述べた。
質疑応答においては、2014年憲法で削除された議席配分の問題、労働組合の役割、分析手法などについて活発な議論が交わされた。2011年の革命を挟んで行われた意識調査に基づく本発表は、今後の研究の進展を大いに期待させるものであった。
文責:齋藤秋生子(上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科地域研究専攻・博士前期1年)