研究会・出張報告(2013年度)

   研究会報告


 アラブの春から3年、影響が大きかった5か国について各国の専門家から現状が報告され、その後に全体討論がなされた。
 若桑遼氏によれば、野党政治家の暗殺事件により政治危機に陥っていたチュニジアでは、労組の調停により「国民対話」が行われ、新首相が任命され新憲法草案も可決された。当初は強気であったイスラーム政党のナフダも、実務家不足も響き支持率で2位に転落し、首相の人選で妥協した。新憲法の草案で注目される点は、チュニジアを「市民国家」としたことや、不信仰者宣言を禁じた点、男女同権と表現の自由を認めた点、シャリーア条項でナフダが譲歩したことである。
 次に、エジプト情勢についての横田貴之氏の報告では、クーデター後も経済が悪化していること、既得権温存のためムスリム同胞団以外が団結し、ムバーラク的な政治手法が復活しつつあることが強調された。同胞団が穏健的指導者の下で全面衝突を回避する一方で、急進派によるテロも発生している。経済面では、湾岸諸国からの支援はあるものの、観光収入と直接投資が低調で、公務員の給与引き上げなどの財政出動はIMFからの融資の妨げになる可能性も指摘された。
 小林周氏のリビアに関する報告では、武装解除の問題に注目が集まった。内戦中に反体制勢力として戦った民兵は5万人ほどであったが、内戦後には25万人まで膨らみ、治安機関への編入は3割にとどまり、対する国軍は数千人しかいない。そのため、在外公館襲撃や643人の要人の暗殺が起こるほど治安が悪く、レンティア国家であるため制度も未構築である。内戦の後遺症もあり、地域対立を防ぐための資源分配が重要な解決策であり、選挙の経験不足が大きいこの国では、民主化で自動的に問題が解決されるわけではないという。
 イエメンについての加藤恵実氏の報告では、憲法は草案段階まで進み、軍のサーレハ色は弱まり、カルマーン女史のグループも参加する国民対話も行われていることが示された。一方で破綻国家化の恐れもあり、周辺国や国際社会の支援による国民対話支持や貧困問題の解決も重要な課題であるとされた。
 髙岡豊氏によれば、シリアの反体制派はばらばらであり、外国人戦闘員や外部からの資金が流入しており、不確かな情報も多く、勧善懲悪的な見方では見誤るという。政府側・反対政府側双方が自分の有利になるように政治解決という言葉を利用し、体制崩壊後への懸念から国民はアサド政権を消極的に支持している。また、北アフリカ諸国などが戦闘員輸出対策をとる必要を強調し、放置すればアフガニスタンのムジャヒディンのように、将来自国や欧米を攻撃するようになる危険性を指摘した。
 つづいて、全体討論と質疑が行われた。アラブの春は、中東の権威主義は倒れないという常識を覆し、世俗的な若者がSNSを用いて体制打倒に参加した点が注目されたが、エジプトとチュニジアはイスラーム政党が躍進して盗まれた革命と呼ばれ、エジプトでは分極化が進む中で国民の不満を汲み上げる装置がなく街頭政治が盛んになり、エジプトでは若年失業率など経済に問題があるものの国軍の下で安定が求められているという。チュニジアでは対話が行われているという特徴があり、ナフダの支持は失われつつあるが固定の支持層も残っていることが確認された。リビアやイエメンのように破綻国家化するおそれがある場合には、民兵が既得権化することが武装解除を難しくしている面があり、部族がセーフティネットとして機能している側面があり、部族と政府の利害対立も重要だとされた。また、国際紛争に陥ったシリアやリビアの場合、時間経過による変化や石油・地政学上の重要性・資金源などにも注意が必要だとされた。
 ほかに、各国間の比較という意味では、新憲法問題の行方、治安の安定化、社会亀裂、国民対話といった問題が重要だとされた。その上で、アラブの春という大きな流れは、15~20年を経て政治意識の変化が進むまでは安定しないだろうと結論付けられた。
 中東に限らず、民主化というのは簡単なものではなく、移行期は政党組織が未成熟であるため、民主化後10年を経ても民族主義や対外強硬策が煽られやすい傾向にあり、特に内戦後は再び不安定化しやすいことが知られている。中東で民主化が定着するにも、やはりその程度の時間は必要であると思われるし、特に経済的権益をめぐる争いがどの国でも絡んでいるため、権威主義体制下で作られた強固な利益配分のシステムを変えようとすれば細心の注意が必要となる。また、トルコの経験から考えると、イスラーム政党も現実的で穏健な政策を選択しなければ政権運営を任せてもらうことは難しいだろう。

文責:荒井康一(上智大学アジア文化研究所・共同研究所員)