研究会・出張報告(2012年度)

   研究会報告

主催:スーフィズム・聖者信仰研究会(KIAS/SIAS連携研究会)
共催:
科学研究費補助金基盤研究(B)「近現代スーフィズム・聖者信仰複合の動態研究」
科学研究費補助金基盤研究(B)「南アジア諸語イスラーム文献の出版・伝播に関する総合的研究」


日時:2013年3月23日(土)13:30~18:00
場所:上智大学四谷キャンパス2号館6階630a会議室

プログラム:
13:30-13:45:開会の挨拶
13:45-15:45 若松大樹(日本学術振興会(日本大学))
「東部アナトリア・デルスィム地域における民衆信仰と聖者崇敬」
16:00-18:00 丸山大介(京都大学大学院)
「現代スーダンにおけるスーフィズムとタリーカ―その超越性・規範性・共同性をめぐって―」

 若松大樹「東部アナトリア・デルスィム地域における民衆信仰と聖者崇敬」
 若松大樹氏による「東部アナトリア・デルスィム地域における民衆信仰と聖者崇敬」では、トルコのアレヴィーにおける民衆信仰についての現状が、聖者崇敬を軸に示された。
 発表者はアレヴィーをめぐる従来の研究を概観したうえで、クルド系アレヴィーをめぐる現状を、デルスィム地域の聖者崇敬に焦点を当てる形で議論を進める意義について議論を展開していった。そこでは特に、アレヴィーが近代の政治・社会状況にともなって勃興してきた集団概念であり、Ocakという儀礼集団への帰属によって判断される状況になったことの重要性が強調された。そのうえで、クルド系アレヴィーの集団概念をめぐる状況について、東部アナトリアのデルスィム地域における長期フィールドワークによって得られたデータに基づいて議論を展開していった。
 発表者は次にこの地域における廟への参詣(ゼヤーレト)について概況していく。特に、ハジ・クライシュとデュズギュン・ババ、ババ・マンスールの3名に焦点を当てて廟参詣を概観していった。デルスィム地域全域においてハジ・クライシュを起源とするOcak集団が多数存在し、彼が地域のクルド系アレヴィーの人々を束ねる中心的存在となっていることをまず明らかにした。さらにその息子であるデュズギュン・ババは、災いが起こった時や病気治癒、心願成就の際のクルバン(犠牲)に極めて効果のある場としてそれらのOcakに属する人々に広く知られていることを示す。その他にも、ハジ・クライシュの師匠にあたるババ・マンスールも、当地域のクルド系アレヴィーの崇敬の対象になっていることを明らかにした。当地域における他の著名な参詣地について由来と現状、ヒドゥル崇敬といったクルド系アレヴィーに共有されている民衆信仰についても紹介していった。
 そのうえで発表者は、これらの民衆信仰がクルド系アレヴィーの置かれた政治社会的状況によって多様な言説と結び付けられていくことをフィールドにおけるデータから明らかにしていった。それは例えばクルドの独自性の強調や、トルコ・シャーマニズムの伝統、トルコにおけるイスラームの主張といった多様な言説に状況に応じて結びついていく。以上より、発表者は最後にクルド系アレヴィーが、政治社会状況に極めて左右されながら自らの集団概念を形成していることを結論として述べた。
 質疑応答においては、廟参詣をめぐる状況や由来をめぐる問題、伝統的宗教家系と近代教育を受けた知識人をめぐる問題について活発な議論が交わされた。近年研究においても厚みを増してきたこの分野における入念な調査にともなう本発表は、今後の研究の進展を大いに期待させるものであった。

文責:安田慎(京都大学イスラーム地域研究センター拠点研究員)

 丸山大介(京都大学大学院) 「現代スーダンにおけるスーフィズムとタリーカ―その超越性・規範性・共同性をめぐって―」
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士課程丸山大介氏による本発表は、昨年11月末に提出した同氏の博士論文に基づくものであり、現代スーダンにおけるスーフィズムとタリーカの役割を考察するものであった。
 丸山氏は、スーダンにおいて二年に亘る現地調査を行った。そのなかで、各タリーカの指導者や構成員たちへのインタヴューなどを行い、タリーカを分析するための枠組として「超越性・規範性・共同性」を提唱した。「超越性」とは、神と人との垂直的な関係を指す。「規範性」とは、法や倫理に基づく人と社会との水平関係を指す。「共同性」とは、相互尊重や相互扶助に基づく人と社会との水平関係を指す。今回の発表は、特に共同性に着目して行われた。理念としては、「共同性」にはムスリムも非ムスリムも含みうる。しかし、タリーカが外部との接触に際して、いかに「共同性」の理念を変化させうるかが事例を通じて報告された。
 第一の事例は、2010年の大統領選挙におけるサンマーニー教団のシャイフの演説であった。シャイフの演説から、「イスラームであるスーダン」と、「イスラームでない外国」という二区分の存在が指摘された。イスラームとスーダンの関連づけを強化することにより、スーダン国内におけるイスラームによる連帯が図られるとの分析がなされた。
 第二の事例は、2012年の預言者生誕祭における衝突事件であった。これは、預言者ムハンマドの生誕を祝う各タリーカと、その風習を異端とするアンサール・アッ=スンナと呼ばれる集団が、暴力的に対峙した事件である。両者が自らを正しいイスラームと位置づけ、誤ったイスラームを排除するという論理に基づくものと分析された。
 以上より、文脈に応じて「共同性」の範囲が伸縮されうるものであり、「共同性」の外側にあると判断されたものに対する排他性と表裏一体であることが指摘された。丸山氏の発表から、現代スーダンにおけるタリーカが理想のなかにあるのではなく、それを取り巻く社会や政治との交渉のなかにあり、軋轢や矛盾を抱えながら活動を続ける姿が明らかとなった。
 丸山氏の発表に対して、参加者から多くの質問やコメントが寄せられた。言説を分析する際の注意点などが参加者のあいだで確認され、各人の研究にも益する視点がもたらされた。

文責:石田友梨(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科一貫制博士課程)