研究会・出張報告(2012年度)

   出張報告


期間:2013年3月17日(日)~3月26日(火)
国名:エジプト
出張者:三代川寛子(上智大学アジア文化研究所客員所員))

概要:
 コプトの聖者崇敬の状況を調査した。訪問先はカイロ市のオールド・カイロ地区にある聖ジョージ教会(ギリシア正教)、聖ジョージ女子修道院 (コプト正教)、第116代総主教キリルスⅥ世が籠って修行したとされる粉ひき所、ターフーナである。
 聖ジョージ教会および聖ジョージ女子修道院には、3世紀後半の殉教者である聖ジョージが迫害された時に使用されたと伝えられる拷問具がある。聖ジョージ教会ではガラスケースの中に展示されているのみであるが、聖ジョージ女子修道院では金属製の首輪とそれにつながった鎖が参詣者の手に取れる位置に設置してある。参詣者はその首輪を首に巻き、鎖を体に巻いて聖ジョージの迫害の苦しみを想起することによって、聖ジョージにとりなしを願う。

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        願が成就した後のお礼の石版

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        聖ジョージ教会に展示されている拷問具

今回の訪問では、聖ジョージの鎖を体に巻く人々に対して聞き取り調査を行ったが、昨今の情勢悪化を受けて海外移住した息子・娘の安全を願う母親たちの姿が複数見られた。また、ターフーナと呼ばれるキリルスⅥ世の粉ひき所は、通常通り参詣者の姿が見受けられたが、参詣者の中には自宅周辺で騒動が発生し、帰宅できなくなる恐れがあるとのことで、早急にその場を立ち去る者が数名見受けられた。
今回の出張では、国立図書館で資料収集も行った。資料閲覧中に停電が発生し、数時間待っても通電の見込みがなく、マイクロフィルムの閲覧も資料の複写もできない日があった。停電が以前よりも頻発し、長期化している様子であった。交通渋滞も悪化していた。加えて、2011年以降、住宅や店舗の入り口に金属製の頑丈な扉を設置するようになってきているが、今回の出張ではその傾向がさらに強まっている印象を受けた。扉だけではなく、柵を設置する住宅が増えた。
 今回の出張では、エジプトの全体的な治安の悪化および社会秩序の乱れが特に印象に残った。上述の聖ジョージの鎖はエジプト人の間ではよく知られた存在であり、コプトのみならずムスリムも願掛けに訪れるという話を耳にするが、このような緊張した空気の中ではそうした民衆レベルでの宗教的混淆・共存も後退せざるを得ないと推測される。コプト共同体にとって苦難の時期がまだしばらく続くであろうとの印象を得た出張であった。

文責:三代川寛子(上智大学アジア文化研究所客員所員)