研究会・出張報告(2012年度)

   出張報告


期間:2013年2月7日(木)~16日(土)
国名:レバノン
出張者:髙岡豊(公益財団法人中東調査会 研究員)

概要:
 「イスラーム運動と社会運動・民主運動」研究会の活動の一環として、レバノンの社会情勢の調査を行った。今般の出張は、いわゆる「アラブの春」後の各国の政情が停滞・混迷の度を深める中、レバノンの内外の情勢が非常に機微な状況にある下で行われた。対外的には、レバノンの隣国であるシリアでの政府軍・反体制派との戦闘が激化し、レバノンにも多数のシリア人避難民が流入したり、レバノンのある地域がシリアの反体制派の兵站拠点・活動拠点となったりしている。また、イスラエルとイラン、シリア、ヒズブッラーとの関係も緊張を増している。国内的には、6月に予定されるレバノン国会議員選挙の選挙法制定を巡る諸党派間の対立が深まっている。また、出張実施期間は、ヒズブッラーの幹部(ラーギブ・ハルブ、アッバース・ムーサウィー、イマード・ムグニーヤ)の暗殺記念日(16日)、ラフィーク・ハリーリー元首相の暗殺記念日(14日)と、レバノンの政治対立の当事者が記念式典を行う時期と一致しており、この点からもレバノンの党派間の対立の一端を観察することができた。
 レバノン国内の政治対立については、面談した識者の一部からかつてないほどスンナ派とシーア派とが没交渉・対立的になっており、例えば選挙制度の設計での利害調整のような従来型の対応では対処できなくなる次元に入りつつあるとの懸念が出た。
 トリポリ、ベカア高原など、シリアとの国境付近の状況調査も行った。シリアからの避難民は、通常の賃貸住宅や宿泊施設などで一般のレバノン人と混じって暮らしている者と、一見すると遊牧民と見分けがつかないテント生活をする者がいるなど、レバノンでの生活のありかたは多様だった。トリポリでは、レバノン人から「イスラーム主義者」と呼ばれる活動家・団体がシリアの反体制派の受け入れ者となり、市街地の一角で公然と活動していた。「イスラーム主義者」は、レバノン国内の政治対立の中でも存在感を増しており、シリアとレバノンの政情の密接なつながりがうかがえた。ベカア高原の一部では、レバノン軍が一般の立ち入りを厳しく規制しているにもかかわらず、シリアの反体制派の兵站拠点と化している区域が存在した。
 レバノンの社会情勢は、同国に伝統的に存在する政治対立が、いわゆる「アラブの春」の混迷と停滞の中で一層深刻化する状況にあると言える。このような状況に、近年アラブ諸国で存在感を増している「イスラーム主義者」が波乱要因として参入しており、隣国のシリアのイスラーム運動との相関も含め、「イスラーム主義者」の思想・組織的背景を解明する必要があるように感じられた。

(髙岡豊:公益財団法人中東調査会 研究員)