研究会・出張報告(2012年度)

   研究会報告

日程:2012年9月29日(土)~30日(日)
場所:山喜(やまき)旅館
プログラム:
9月29日(土)
12:15-12:25 開会挨拶
12:25-12:45 自己紹介

【第1部:自由発表】
12:45-14:05 研究発表1
中村 遥(上智大学)「アルジェリアの国民言説におけるマイノリティの表象―アルジェリアの教科書を事例として-」
コメント:北澤 義之(京都産業大学)

14:10-15:30 研究発表2
岩坂 将充(日本学術振興会)「トルコにおける司法と民主化:憲法裁判所をめぐる軍の動向を中心に」
コメント:荒井康一(上智大学)

15:35-16:55 研究発表3
登利谷 正人(上智大学)「『ターリバーン政権期』におけるアフガニスタンの統治について」
コメント:清水 学(帝京大学)

【第2部:特集「イスラーム運動と市民社会(運動)」】
17:00-18:10 研究発表4
貫井 万里(早稲田大学)「グローバリゼーションとイラン・イスラーム共和国の若者文化」
コメント:高岡 豊(中東調査会)

19:20-20:30 研究発表5
鈴木 啓之(東京大学大学院)「パレスチナ被占領地における『市民社会』と抵抗運動――インティファーダ以前の民衆抵抗を事例に――」
コメント:清水 雅子(日本学術振興会)

20:30-21:00 映像報告
石黒 大岳(九州大学)「バーレーン調査報告・真珠広場一周年記念デモの観察」

9月30日(日)
8:40-10:00 研究発表6
フランシスコ・アント(上智大学)「インドネシアのイスラーム運動組織と市民社会―3つの代表的研究からの考察」
コメント:野中 葉(慶応大学)
見市 建(岩手県立大学)

10:05-11:15 研究発表7
横田 貴之(日本大学)「『1月25日革命』前後のムスリム同胞団の変容―社会運動から政党へ」
コメント:金谷 美紗(上智大学)

11:15-12:30 総合討論
議長:溝渕 正季(日本学術振興会)
総合コメント:浜中 新吾(山形大学)

12:30 閉会挨拶

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【第1部概要】
研究発表2
発表者:岩坂 将充(日本学術振興会・特別研究員PD)
題:「トルコにおける司法と民主化:憲法裁判所をめぐる軍の動向を中心に」
 岩坂氏は、近年、共和国「体制」の擁護者である司法が軍から離れつつあると指摘し、憲法裁判所に焦点を当て、同裁判所が民主化ならびに司法-軍関係に与えた影響を分析した。
 次いで岩坂氏は、先行研究において、憲法裁は常に司法領域における軍の「出先機関」と見做されてきた傾向があると指摘した。そして同氏は、1961年憲法下では司法の独立がある程度確立されていたゆえに軍との対立が顕在化したこと、1982年憲法下においては増大した軍による行政関与を司法が支援する役割を担ったことを明らかにした。次にAKP政権が行った2010年の改憲では、大統領が軍/「体制」寄りの人物ではなくなったことと重なり、司法が急速に軍から遠ざかったと指摘し、司法-軍関係は今後さらに1961年憲法下に近い状況、すなわち軍から離れ特定の政党寄りに変化していく可能性があると結論付けた。岩坂氏の発表に対して、EU加盟プロセスが司法のあり方にどのような影響を与えたのか、1980年憲法はなぜ大統領に司法権を付与したのか、などの質問がなされた。

研究発表3
発表者:登利谷 正人(上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科地域研究専攻・博士後期課程)
題:「『ターリバーン政権期』におけるアフガニスタンの統治について」
 登利谷氏の報告は、アフガニスタン・イスラーム首長国がアフガニスタンの大半を実効支配していた時期の国内統治方針を官報の分析を通じて明らかにするものであった。 
 官報の分析では、治安政策の根幹を担う「勧善懲悪省」の規定と補則、麻薬政策などに関するムッラー・ウマルの勅令についての検討がなされ、ターリバーンがハナフィー派に基づいて統治を行うと表明していること、ブルカ着用が規定されていないこと、麻薬撲滅政策を採用していることが指摘された。
 登利谷氏は現在のアフガニスタンが抱える最重要課題である治安回復・維持に必要な公安組織の在り方を考慮するにあたって、ターリバーンの政策の再検討が有益である可能性を指摘した。


【第2部概要】
研究発表4
発表者:貫井 万里(早稲田大学イスラーム地域研究機構・研究助手)
題:「グローバリゼーションとイラン・イスラーム共和国の若者文化」
 貫井氏は、イスラーム政権の情報隔離政策にもかかわらず、1990年代以降の情報技術の発展がイランの若者の文化や生活様式、価値観、行動に与えている変化について、またイラン社会とグローバル化との関係について報告を行った。
 まず、西側文化へのアクセスの手段として衛星放送、インターネットが例に挙げられた。そして、イラン政府はイラン・イラク戦争後の経済難を克服する手段として科学技術の発展を推進し、その一環としてインターネットの使用を推奨していたが、それは同時に改革派の抵抗の手段としても用いられるようになったと指摘した。また音楽に関しては、1979年以降イランにおいてポップ・ミュージックは禁止されていたが、1997年以降許容されるようになり、ネットや衛星放送の影響で、都市の世俗的な中産階級の若者を中心にポップやロックが浸透してきており、保守派から批判が出ていると述べた。
 貫井氏は若者と社会運動の関係について、インターネットやデモ行進を通したネットワーキングの体験が共有されているため、機会があれば大きな社会運動に発展する可能性があると指摘した。

研究発表5
発表者:鈴木 啓之(東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻・博士課程)
題:「パレスチナ被占領地における『市民社会』と抵抗運動―インティファーダ以前の民衆抵抗を事例に―」
 鈴木氏の報告は、パレスチナ被占領地におけるインティファーダ以前の民衆抵抗に着目し、被占領地における「市民社会」研究の有効性と限界、そして被占領地での組織活動の歴史的発展の過程を明らかにし、パレスチナ被占領地に関する既存の「市民社会」研究への問題提起を行うことを目的とするものであった。
 まず鈴木氏は、被占領地の「市民社会」研究に関して、その大部分が民主化や和平交渉との関連から分析され、特にオスロ合意以降の時期を分析対象にしていると指摘した。一方で、オスロ合意以前の研究は1987年のインティファーダに過度に注目するため、それ以前の大衆運動に関する分析が不十分だと指摘した。次に被占領下の組織運動については、「自助」組織の設立過程を概観した後、党派系組織による動員、イスラエルの鉄拳政策や民衆抵抗の発展について説明を行った。
 鈴木氏は、被占領地を事例とした「市民社会」研究に求められるのは、民主化との親和性を前提としてパレスチナ自治政府との対立/協調関係に注目するに留まること無く、占領という現実に異義を唱え、抵抗を続けた市民や社会の姿を捉えることであると指摘した。

研究発表6
発表者:フランシスコ・アント(上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科地域研究専攻・博士後期課程)
題:「インドネシアのイスラーム運動組織と市民社会―3つの代表的研究からの考察」
 アント氏はインドネシアのイスラーム運動組織と市民社会についての先行研究の紹介を行った。最初に、イスラームと民主主義の両立性に関する先行研究を概観した後、インドネシアの文脈では、民主主義とイスラームは共存していることを指摘し、その上で2つのイスラーム組織であるナフダトゥル・ウラマー(NU)とムハンマディーヤが担った両者の共存における役割を強調した。
 次にアント氏は、ナフダトゥル・ウラマーの歴代政権下における活動を3冊の先行研究に基づいて考察した。それによると、同団体はスハルト時代には政府から距離をとっており、政府に対する監視の役割を担っていた。しかしレフォルマシ時代の1999年にナフダトゥル・ウラマーの議長ワヒドが大統領に選出されると、かつては政府に対する監視の役割を担っていた団体の役割が複雑化したと指摘した。
 最後にアント氏は、ナフダトゥル・ウラマーが担った市民社会運動の役割として、(1)民主主義と多元主義にコミットしたこと、(2)政府に対して監視の役割を果たしたことの2点を挙げた。

研究発表7
発表者:横田 貴之(日本大学国際関係学部・准教授)
題:「動けなかったムスリム同胞団―ムバーラク政権のコオプテーションをてがかりに―」
 横田氏の報告は、反体制運動の中で最大の組織力と動員力を持っていたムスリム同胞団が、ムバーラク政権下で政治的に有効な活動を行うことができなかった理由を、内部の要因に注目して検討することが目的であった。
 最初に横田氏は、ムバーラク政権のムスリム同胞団に対する政策を概観し、ムバーラク政権のコオプテーションをめぐる先行研究の問題点を指摘した。その上で同胞団の活動を制限した内的要因に焦点を定め分析した。
 横田氏によると、同胞団の活動は、「公的社会領域」と「公的政治領域」の2つの領域に分けられ、同胞団は組織目標を実現するために社会活動と政治活動を両輪とする活動を展開していた。また、伝統的に社会活動を重視する保守派が内部で優勢であったことから、組織の活動の大部分をなす社会活動が合法であれば、政治活動が非合法状態であっても甘受できたのではないかと結論付けた。最後に今後の自由公正党と同胞団の関係に注目する必要があると指摘した。



総合討論
 浜中氏による総合コメントでは、イスラーム地域における市民社会領域の組織に期待される機能は、(1)市民性の育成、(2)社会サービスの供給、(3)政策提言(アドボカシー)・政府との関係の3点であると指摘された。その後、それぞれの点に関して、各報告者への質問がなされた。最後に、地域研究における研究関心のあり方、問いの設定方法について、問いの抽象度を上げる理論を使うことで研究の意義が大きくなり、より一般性のある問いにつなげられる、という提案を行った。

文責:高橋雅英(上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科・地域研究専攻・博士前期課程)