研究会・出張報告(2012年度)

   研究会報告



日時:7月21日(土)13:00~17:10
場所:上智大学四谷キャンパス2号館6階630a会議室

プログラム:
・13:00~15 : 00
  山本英弘氏(山形大学)
「市民社会とcontentious politics」

・15:10~17 :10
溝渕正季氏(日本学術振興会特別研究員)・高岡豊氏(中東調査会)
「分裂の元凶か、民主主義への萌芽か
――レバノンにおける市民社会の現状とヒズブッラーの『抵抗社会』」


【報告】

①  山本英弘「市民社会とcontentious politics」

 山本英弘氏(山形大学)は「市民社会とcontentious politics」として、市民社会の理論や先行研究サーベイの報告を行った。本報告の目的は、イスラーム運動と広い意味での市民社会(運動)との関連性の比較するため、市民社会の理論について共通の理解を得ることである。まず、市民社会の定義に関して、リベラルな市民社会論(三元論)が紹介され、市民社会は国家・経済社会・家族の領域から区別された存在であると指摘された。また、市民社会はアソシエーションとして団体・組織・ネットワークの織り成す空間であり、実証的には団体・組織・運動へ着目が必要である。次に、サラモンとダイアモンドの市民社会の定義が紹介され、市民社会は非営利であり、政府の傀儡でないことが強調された。市民社会の定義や概念は最も重要であり、どの範囲まで市民社会に含められるのかという議論に繋がっていく。
 次に市民社会の機能や「新しい市民社会論」についての言及がなされ、市民社会研究の射程として以下の5つの項目に関する紹介がなされた。(1)理論・学説史研究(2)市民社会の実態把握(3)市民社会と政治・経済パフォーマンス(4)市民社会と民主化(5)グローバル市民社会である。そのうち、中東の民主化運動と最も関連するのは(4)であり、民主主義への移行を促進する市民社会や民主主義の定着における市民社会の多様な役割が論じられた。
 また市民社会論への4つの論点が提示された。第1点は、国家と市民の関係であり、市民社会が国家と敵対、もしくは協調するのかが焦点となり、第2点の市民社会の定義では、経済団体、学校、病院に加え、反社会勢力や排他的な組織などのUncivil Societyも含まれるのかという点について、なお論争がある。第3点は、確立したアソシエーションを対象とした場合、静態的側面しか捉えず、変化のプロセスをとらえることができない。そのため、社会を変革するプロセスを扱うにはContentious Politics (争議の政治)により動態的に捉えることが重要である。最後に第4点として、東欧を事例に市民社会が定着したのか否かが検討された。
 最後にContentious Politicsに関する報告が行われた。チャールズ・ティリー&シドニー・タロウによると、Contentious Politicsとは、社会運動に限らず、抗議、争議、集団行動の歴史展開を捉える幅広い概念であり、主要な分析概念は政治的機会構造と動員構造、フレームの3点から構成されている。抗議サイクルの先行研究では、抗議サイクルの要素やプロセス、抗議レパートリーが分析されている。山本氏は今回の「アラブの春」において抗議サイクルがどのように形成されたのか、という点について研究動向を確認した。 質疑応答において、市民社会を発生させる社会的要因を実証分析できないのか、政党を市民社会として捉えられないのか、抗議動員がもたらす政治的インパクトを分析した研究はあるのかなど、報告者やフロアを交えて活発な議論が行われた。
文責:高橋雅英(上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科・地域研究専攻・博士前期課程)

②高岡豊・溝渕正季「分裂の元凶か、民主主義への萌芽か:レバノンにおける市民社会の現状とヒズブッラーの『抵抗社会』」

 報告者は、はじめに本報告の検討課題として「レバノンの『市民社会』の現状」、「ヒズブッラーの政治戦略の中での『抵抗社会』の位置づけ」、「レバノンの政治・社会の文脈における『抵抗社会』の持つ意味」の3点を挙げ、これらの検討が「市民社会論」あるいは「たたかいの政治(contentious politics)」に対してインプリケーションを持つ可能性に言及した。その上で、市民社会とソーシャル・キャピタルの定義を行い、民主主義と市民社会の関わりに関する議論を紹介した。
 本論の第1部「現代レバノンにおける宗派主義、クライアンテリズム、市民社会」において報告者は、レバノン政治の特徴である宗派主義の概要と成り立ち、そしてザイームによるクライエンテリズムのメカニズムを説明した上で、レバノンにおける「市民社会」は不活発ないし停滞しているのではないという一方、それが宗派主義とクライエンテリズムに絡め取られていることを明らかにした。第2部「ヒズブッラーとは何か」において報告者は、①対イスラエル武装抵抗組織、②政治政党、③社会・経済活動主体というヒズブッラーの3つの属性に言及した上で、同心円状に広がるその組織構造に関して説明を加えた。第3部「ヒズブッラーの『抵抗社会』」において報告者は、「抵抗社会」を「3つの属性、ひいてはレバノン社会全体が一体となり、なおかつ自発的にイスラエルへの抵抗に参加する社会」と特徴づけ、その思想的起源に触れると共に、「抵抗社会」建設にかかわる「抵抗運動」戦略の内容を説明した。第4部「『抵抗社会』:分裂の元凶か、民主主義への萌芽か」において報告者は、「抵抗社会」がレバノンで最も整備された「市民社会活動」である一方、それが宗派主義の軛を脱し得ないことから生じるジレンマに言及した。そこから、報告者は「分極化した社会/機能不全に陥った国家における『市民社会』の意味」とは何であるのかという問題を投げかけた。
 フロアからは、ヒズブッラーの「抵抗社会」の議論においてソーシャル・キャピタルはどのように位置づけられていたのか、ヒズブッラーの「抵抗社会」がそれほど有効な「市民社会」を主導しているならばヒズブッラーが単独で政権を掌握すればよいのではないか、そうできない或いはそうしない背景とは何か、といった質問が出された。
 本報告は、ヒズブッラーの事例の丹念な分析から、分極化した社会において「市民社会」が民主主義に対して持つ意味合い、また、機能不全に陥った国家において「市民社会」が持つ意味合いという二つの論点を提出したものであり、本グループが今年度の研究課題に取り組む上で極めて重要かつ建設的な報告であった。
文責:清水雅子(上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科・地域研究専攻・博士後期課程)