研究会・出張報告(2012年度)

   研究会報告


Date: 7-8 July, 2012
Venue: Meeting Room (AA447), Research Bldg. No. 2, Kyoto University

Organizers: AKAHORI Masayuki (SIAS), TONAGA Yasushi (KIAS), TAKAHASHI Kei (SIAS), IMAMATSU Yasushi (KIAS)
Secretary in Chief: ISHIDA Yuri (Kyoto University)
Supporting Staff: SEKI Kanako (Sophia University)

Commentators: Pierre-Jean LUIZARD (CNRS, France), Larisa USMANOVA (Kazan Federal University, Russia)

Program

7 July, Sat.
13:00-13:30 Opening Session
13:30-14:30 Keynote Speech
Pierre-Jean LUIZARD
“Saints Veneration and Holy Portraits in Shia-Sunni Contexts”
14:30-14:45 Coffee Break

14:45-16:15 First Session
MARUYAMA Daisuke (Kyoto Univ.)
“Tolerance or Intolerance?: The Confrontation between Sūfīs and Salafīs during Mawlid al-Nabī in Sudan”
ISHIDA Yuri (Kyoto Univ.)
“A Review of Research on ShāhWalīAllāh’s Theory of Sociology (irtifāqāt)”
ENDO Haruka (Kyoto Univ.)
“The “Perfect Man” according to ‘Abd al-Wahhāb al-Sha‘rānī: From an Ontological Point of View”
16:15-16:30 Coffee Break

16:30-17:20 Second Session
MIYOKAWA Hiroko (Sophia Univ.)
“The Revival of the Nayruz Festival in Modern Egypt”
17:20-17:30 Coffee Break

17:30-18:30 Third Session
YU Weixing (Sophia Univ.)
“The Role of ʻUlama in the Modernization of Education in Egypt Late in the 19th Century: Focusing on Rifaʻa al-Tahtawi and Muhammad ʻAbduh”
Reem Ahmad (Sophia Univ.)
“My Doctoral Research Plan: The Role of the Media in the Formation of the Image of the Middle East and Islam in Japan and of Japan’s Image in the Middle East”


8 July, Sun.
9:30-10:30 Fourth Session
UCHIYAMA Akiko (Kyoto Univ.)
“A Research Review onthe Ethnography of Women: Focusing on Their Everyday Life”
Ousmanou ADAMA (Nagoya Univ.)
“The Maitatsine Group: “Islamic Brotherhood” in Northern Nigeria”
10:30-10:45 Coffee Break

10:45-11:45 Fifth Session
Francisco ANTO (Sophia Univ.)
“Indonesian NU and Khittah 1926: Questioning the Role of NU in the Era Reformasi(1998-present)”
KUSHIMOTO Hiroko (Sophia Univ.)
“The Culture of Learning Islam in Contemporary Malaysia: The Role of Traditional Elements”
11:45-12:05 General Comments by Pierre-Jean LUIZARD & Larisa USMANOVA
12:05-12:15 Concluding Session


概要:
2012年7月7,8日に京都大学にてイスラーム地域研究KIAS、SIAS共同開催の国際ワークシップが開催された。

Keynote Speech
 オープニング・セッションに続いて、Pierre-Jean Luizard教授(Groupe Sociétes Religions, Laïcités, UMR 8582 CNRS/EPHE)は、“Saints Veneration and Holy Portraits in Shia-Sunni Contexts” と題してキーノート・スピーチを行なった。本スピーチは、偶像崇拝を禁止する理念的イスラームに対する実際の葛藤の歴史、すなわちスンニ派・シーア派双方の聖的肖像画や聖画像が描かれてきた歴史的経緯や現代的状況を通史的に論じる試みであった。
 まず、Luizard教授はイスラームの理念的なあり方について説明し、聖画像や絵画の位置づけに言及した。神と同等位に並び置くことをシルク(shirk)の観念に基づくならば、祖先や聖者への崇敬、ならびに絵画等はシルクの範疇に該当することになる。しかしながら、Luizard教授によれば、イメージに対する明確な禁止がクルアーン中ではほとんど明示されておらず、かつ初期のスンニ派ウラマーたちはこの点を議論してこなかったという。そのため、ハディースを典拠としながら、魂を持つ生物の絵画を禁止し、魂を持たない木や風景などの無生物の絵画を許容する考え方が展開されたが、意見の一致を見ることはなかった。
 12世紀以降には、イランを中心に預言者ムハンマドの肖像画がスンニ派・シーア派双方で作られるようになり、その後の元型となった。スンニ派においては、聖者崇敬や聖者廟参詣が重要な構成要素を占めることになり、スーフィズムと密接に結びついた。その結果、ヒンドゥー教の影響下にあったインドでは、聖者たちの肖像画がヒンドゥーの神々の聖画像のように信仰者を惹きつけることになった。一方、シーア派はカルバラーの悲劇や、アリー一家の受難を扱った聖画像が普及した。しかしながら、19世紀半ば以降には、イスラーム復興の波とともに、聖者による取り成しの観念に立脚しない、単純なアッラーへの信仰が強調された。こうした動きは、廟への参詣や絵画の禁止へとつながり、2001年にはバーミヤンの仏像が破壊へと結実した。このようなイスラーム復興以降の論調にもかかわらず、Luizard教授は聖者崇敬や聖画像の伝統が今なお受け継がれていることを指摘し、こうした点は自己同定の問題であると結論づけた。
(澤井真・東北大学大学院文学研究科博士後期課程)

First Session
 第一セッションでは丸山大介氏(京都大学)、石田友梨氏(京都大学)、遠藤春香氏(京都大学)の3名が発表を行なった。
 まず丸山氏は、スーダンの預言者生誕祭でのスーフィーとサラフィーの衝突に関する報告を行ない、メディアやインタビューによる双方の主張を分析し、サラフィーとの論争を通じたスーフィーの主張を検証した。本来寛容であると主張しているにも拘わらず、実のところ排他的で不寛容な立場(つまり、矛盾した論理)をスーフィーが取っていると述べられた。
 次に石田氏は、シャー・ワリーウッラーの社会学理論についての先行研究を概観し、ワリーウッラーの思想の幅だけでなく、研究者の傾向の影響も提示されていると指摘し、これらの解釈と彼の著作を結びつけて分析することが重要だと論じた。
 最後に遠藤氏は、シャアラーニーとイブン・アラビーの「完全人間」(‘Perfect Man’insānkāmil)の理論を比較し、特徴の分析に加えシャアラーニーの「完全なる者」(‘Perfect One’kāmil)との関係性を検証した。「完全人間」(彼岸的、宇宙・形而上学的世界を統合する役割)という術語に関しては両者の理論には差はないものの、シャアラーニーは「完全なる者」の概念に新しい意義(此岸的、現実世界、共同体を統合する役割)を与えていることを指摘した。

Second Session
 第二セッションにおいて三代川寛子氏(上智大学)は、コプトが19世紀末ごろに、古代エジプトに起源をもつナイルーズ祭の復興を通して真の土着のエジプト人としてのアイデンティティーを確立させようとする運動があったことを指摘した。また、ファラオ主義はムスリムとキリスト教徒に共通のエジプト人アイデンティティーを示す有効性がなおあることも論じた。

Third Session
 第三セッションではYu Weixing氏(上智大学)とReem Ahmad氏(上智大学)の2名の発表が行なわれた。
 Yu Weixing氏は、19世紀末エジプト教育の近代化におけるタフターウィーとアブドゥフの役割に関する報告を行い、前者は「西欧近代」には受容な態度に対して、後者はサラフィー思想の影響を受け、先人の主張より穏健なイスラーム価値観と矛盾しない「近代」を求めていたと論じた。
 Reem Ahmad氏は、日本と中東で双方のイメージ形成する際のメディアの役割について博士論文の研究計画として報告した。今後、日本とエジプトでのインタビューの実施や中東の衛星テレビ局への調査を行い、日本と中東の間の先入観の相違を考察したいと述べた。

(高橋雅英・上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科博士前期課程)

Fourth Session
 第四セッションは内山明子氏(京都大学)、Ousmanou Adma氏(名古屋大学)の2名による報告が行われた。
 内山明子氏は、“A Research Review on the Ethnography of Women: Focusing on Their everyday Life”というテーマで発表を行った。氏はイラン革命後の女性の在り方について関心を持っており、発表では現代イラン人女性による聖地エマームザーデ(Emāmzāde)参詣という事例を取り上げ、宗教実践の実態と社会における意味合いを解説した。その上で、民族誌学的研究が不十分であったと自らの研究を省みて、人類学的視点からジェンダーを捉えることの重要性を述べ、現代イラン社会における女性の在り方を今後はソーシャルネットワーク等から明らかにしていくと自身の研究の方向性を示した。
 Ousmanou Adma氏は“The Maitasine group: “Islamic Brotherhood” in Northern Nigeria”と題し、ナイジェリア北部のカノ州におけるイスラームの政治的な宗教実践に関して、イスラーム過激派組織であるマイタツィン(Maitatasine)とMohammed Marwaという人物に焦点をあて、同政治組織における信条や1980年代に起きた宗教暴動、自身の研究テーマの重要性を歴史的観点より明らかにした。

Fifth Session
 第五セッションはFransisco Anto氏(上智大学大学院)、久志本裕子氏(上智大学大学院)の2名による報告が行われた。
 Fransisco Anto氏は、“Indonesian NU and Khittah 1926: Questioning the Role of NU in the Era Reformasi(1998-present)”をテーマに、民主化時代(Era Reformasi)におけるNUの役割について明らかにした。氏は、1984年にNUの全国大会で採択された「1926年ヒッタへの回帰(Kembalike Khitta)」において、政治活動からの撤退が明示されていたのにも関わらず、なぜNUが現実的な政治に関与しているのかという点に疑問を投げかけた。NUの役割の変容を解く上で、政治的背景や解釈の違いについて言及し、1998年のスハルト権威主義体制崩壊を機にNUの動員力を得て設立された政党(PKB)や様々な社会活動を通じて、NUは依然として市民社会の支持を維持していると結論づけた。  久志本裕子氏は、“The Culture of Learning Islam in Contemporary Malaysia: The Role of Traditional Elements”と題し、近代的教育制度が導入されることによってイスラームの学びの文化が大きく変化したマレーシアにおいて、この変化に抵抗する動きがあることを論じた。氏は、こうした動きの極端な例の一つとして、近年都市部を中心に拡大傾向にある、政府の学校制度に取り込まれたイスラーム学習を拒否するイスラーム学校の事例を挙げた。そこでの実践には、伝統的イスラーム学習の場である「ポンドック(pondok)」における学びの文化と共通する要素が多く見られる。氏はこのような事例を通じ、先行研究ではイスラーム学習が近代的学校に近似して行く過程のみを論じてきたことを批判した。

(北川あゆ・上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科博士前期課程)

General Comments
 総合コメントでは、Pierre-Jean Luizard教授とLarisa Usmanova教授が発表全体を総括する形でそれぞれコメントを行なった。まず、Larisa教授は各発表者がそれぞれのパースペクティヴから研究発表を行なっていたことを評価した。それとともに、本ワークショップ(Tradition in Modernism: Reformation and Revival)で扱われるテーマが近代であったことに触れながら、近年の政治的問題について触れた研究発表がなかったことを指摘し、各発表者が現代イスラームとの接点を保持することの重要性を指摘した。Luizard教授は各発表者の発表レベルがフランスの大学院生と比べても高度であることを評価した。さらに、イスラームとユーロ圏における移民問題との関係性に言及し、今後はイスラーム研究と現代の諸問題を解決する日本的な視点を構築してほしいと、発表者ならびに参加者たちを激励した。両コメントは若手の発表者各自が持つ研究レベルを十分に評価しつつ、「アラブの春」に見られる今日的状況にまで視野を拡げてほしいというレベルの高い要求であった。このことは本国際ワークショップのレベルが、国際的にも遜色ないレベルを維持していることを示す証左の一つであるように思われる。

(澤井真)