研究会・出張報告(2011年度)
研究会- シンポジウム「中東政変と民主化革命を考える」(2011年6月29日上智大学)
日時:2011年6月29日(水) 17:15-19:45
場所:上智大学四ツ谷キャンパス 2号館508号室
プログラム:
基調講演1 私市正年(上智大学)
「ジャスミン革命からエジプト民衆革命へ―アラブで何が起こっているのか」
基調講演2 浜中新吾(山形大学)
「政治学からみた中東政変―権威主義体制はなぜ崩壊したのか」
パネル・ディスカッション「中東政変と民主化革命を考える」
パネリスト:岩崎えり奈(共立女子大学)、横田貴之(日本大学)、高岡豊(中東調査会)、浜中新吾(山形大学)
司会:私市正年(上智大学)
概要:
本シンポジウムでは、「中東政変と民主化革命を考える」というタイトルのもと、2011年に入り中東・北アフリカ地域全域を襲った政変ドミノについて、2名の基調講演者と4名のパネリストによって議論・検討がなされた。
まず、私市正年氏(上智大学)が、アラブ諸国における今回の一連の動きの要因を、①イスラーム主義運動による改革・変革、②市民社会運動による改革・変革、③グローバル化と新自由主義による改革・変革、という3方向の行詰りと挫折の複合であると説明した。これらは従前並行して動いていたが、21世紀に入り互いに重なり合い、複合的に増幅されることになったと分析する。そして、この過程で社会や経済の矛盾は限界点付近まで達しており、「些細な出来事」を契機に大規模な政変の流れとなったと説明した。
続いて、浜中新吾氏(山形大学)が、「権威主義体制はなぜ崩壊したのか」という問いのもと、比較政治学的視点から今回の中東政変を分析した。浜中氏はまず、近年中東研究者が盛んに主張してきた「権威主義体制の頑健性」の仮説をいくつか提示し、チュニジアとエジプトの場合には、支配政党による体制安定化メカニズムとして、利益供与と野党のコオプテーションが重要であったと指摘した。そして、その強靭であるはずの権威主義体制の崩壊を説明するにあたり、ゲーム理論による分析を試みた。そこでは、パトロネージ(利益供与)ゲーム・モデルから、①政府は軍部に対するパトロネージを減らした、②政府は体制が崩壊して多くの権益を失ってもなお、権限が残る可能性に賭けた、という暫定的結論を導き出した。
小休憩後のパネル・ディスカッションでは、私市氏を司会とし、パネリストとしてチュニジア研究者の岩崎えり奈氏(共立女子大学)、シリアを専門とする高岡豊氏(中東調査会)、エジプト現代政治の専門家である横田貴之氏(日本大学)、そして比較政治学者の浜中氏の4人によって議論が行われた。とりわけ、中東大激変の引き金となったチュニジアとエジプト、そして未だ未曾有の混乱の最中であるシリアの現状と今後の展望など、各地域の専門家ならではの視点、具体的には人口構成や近年の政治状況の変化、国際関係などからの多角的視点による考察が行われた。また、今回の政変ドミノの特徴として注目されている、SNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)や若者の役割、脱宗教・脱イデオロギー的民衆運動の実態などについても分析が加えられた。
約100人を定員とする会場はほぼ満席となり、アラブ諸国を襲った政変の波に対して未だに高い関心が寄せられていることが見て取れた。メディアでは限界のある各国の生の情報を、各国の専門家たちから得られるという点で、このシンポジウムの意義は大きい。加えて、浜中氏による比較政治学的手法で今回の中東政変を捉えるという試みは、我々が今後どの点に注目していくべきなのかというサーチライト的視点を提供するものである。アラブ世界は未だ大変動の最中であり、これまで経験したことのない大きな課題に対し、どの国も例外なく暗中模索している。その動向を長期的に見守っていくにあたり、多くの視点を与えてくれたという点で、本シンポジウムは大変有意義なものであった。
(文責:白谷望 上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科博士後期課程)