研究会・出張報告(2011年度)

   研究会

日時:2011年6月5日(日) 15 :00~17 :00
場所:上智大学四谷キャンパス2号館630-a号室

プログラム:
『ハサン・バンナーの著作集』の翻訳進捗状況について

横田貴之(日本大学)
『ハサン・バンナーの著作集』の概要と翻訳の意味

福永浩一(上智大学)
『ハサン・バンナーの著作集』の内容紹介

 概要:
 本報告は、「イスラーム運動と社会運動・民衆運動」第二期の開始にあたり、第一期から継続している『ハサン・バンナー論考集』の翻訳について、同プロジェクトの意義と作業計画等を説明し、さらに論考集の具体的な内容紹介を行なうものであった。
 本報告では、最初に横田貴之氏(日本大学)によって、翻訳作業が有する重要性と論考集の概要、今後の計画に関する説明が行なわれた。横田氏は論考集翻訳の現在的な意義として、エジプトでの民主化革命に伴う同胞団の立場の急激な変化と重要性の増大の結果、同胞団研究の需要並びにバンナー研究の必要性が急激に高まったこと、論考集がアラブ以外のイスラーム諸国にも思想的影響を広げ、各地の活動の考察の材料に不可欠であることを指摘した。今後の作業計画に関しては、上巻は2013年3月まで、下巻は2013年9月までに完成原稿を提出することを目標に、年度内の合宿による集中作業をはじめ、加筆修正や訳注付け、解題執筆等の作業の工程が提示され、それに従い作業を進めていくことを確認した。
 次に、福永浩一氏(上智大学)は、論考集の内容の一部の具体的な紹介を行ない、バンナーの思想が同時代から現代に至る同胞団の活動や指針に与えた影響の一例として、論考集に収録された複数の論考内での歴史観に関する記述に焦点を当てて検証することを試みた。報告者は第一に近年世界各国でバンナーの著作の翻訳が増加している事実を指摘し、論考の執筆された時代背景と初期同胞団のサラフィー主義的歴史認識の分析の意義について概括した。
 続いてバンナー論考集の中から歴史観に関する記述を具体的に引用・解説し、バンナーの歴史認識の特徴や独自の解釈を提示した。報告者は特に預言者、イスラーム初期の世代の事例とその時代の征服活動・統治の理念への評価、古代エジプト文明に関する見解と初期世代以後のイスラーム国家の衰退の原因に対する考察、また近代西洋文明の形成過程と同文明の性質の定義等に重点を置いて説明した。そして論考内でイスラーム初期の世代が理想像として描かれ、現実の同胞団の活動や制度の理念的支柱、ムスリムの国土の防衛・威信回復を訴える根拠となったことを窺わせる記述を紹介した。上記の論考のテキスト分析を踏まえて報告者は、同胞団員の模範とすべき信条としてイスラームの初期世代を描写し、ムスリム国家盛衰の要因は信仰や宗教理解の程度によるとしたバンナーの歴史認識の一端を、倫理主義的性質を持つと捉え、彼の思想の後世での再評価に言及した。その上で歴史認識への注目という作業を通じて、論考集とその翻訳が多面的な問題関心から議論の題材を提供しうると結論付けた。
 以上2件の報告に対するコメントと質疑応答において、まずインドネシアにおけるバンナー論考集の重要性およびその翻訳が多数出版されていることが指摘され、翻訳された論考集の底本の正確な製作年代・出版地を特定することの重要性の問題が提起された。また論考集所収の各論考に関して執筆時期を考慮する必要、さらにバンナー思想の同時代におけるエジプトでの位置づけやその特徴に対する疑問などが提起された。また、福永氏の発表内容に対し、バンナーが抱く「歴史観」の性質の検証の可否といった論点等につき活発に議論が展開された。これらの議論は論考集翻訳作業を進めていく上で重要な示唆を与えられるものであり、また今後のバンナー研究にとっても極めて意義深いものとなったと思われる。
(文責:福永浩一 上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科博士後期課程)