研究会・出張報告(2010年度)

   研究会

日時:2010年10月2日(土)~3日(日)
場所:山喜旅館
プログラム:

10月2日(土)
趣旨説明:
私市正年「京都国際会議『岐路に立つイスラーム運動』に向けて」
発表:
清水雅子(上智大学)
「パレスチナ自治政府の結成はハマースの政党活動にいかに影響したか」
 コメント:荒井康一(上智大学)
石黒大岳(神戸大学)
「クウェートにおける政党間競合構造とイスラーム憲政運動の活動(1991-2009年)」
 コメント:北澤義之(京都産業大学)
横田貴之(日本大学)
「エジプト・ムスリム同胞団は岐路にあるのか?―昨今の政治アジェンダを中心に」
 コメント:渡邊祥子(東京大学)

10月3 日(日)
溝渕正季(上智大学)
「レバノン・ヒズブッラーの抱えるいくつかのジレンマ―「抵抗運動こそ解決」か?」
 コメント:高岡豊(上智大学)
見市建(岩手県立大学)「イスラームをめぐる人々の意識とイスラーム主義の位置づけ」
 コメント:堀場明子(上智大学)
総合コメント:浜中新吾(山形大学)

概要:
 本研究会は、2010年12月17日から19日に行われる京都国際会議のセッション「岐路に立つイスラーム運動」に向けて開かれたものである。本研究会では、10月2日および3日の2日間に渡って、5名による各国・各地域のイスラーム運動に関する発表と質疑が行われた。
 総合討論では、2日間に渡る各発表を再度振り返った上で、イスラーム運動について討論し、総合的に検討することを目的とした。また本討論では、京都国際会議のセッションでイスラーム運動を如何に捉えていくのか議論し、セッションをさらに有意義なものにするために討論することを意図とした。
 総合討論では、イスラーム運動が時代の流れの中で変化していくことが議論された。
 1970年代にイスラーム運動は高まりをみせた。だが、その動きは近代に逆行する動きであった。この運動は、中東・アフリカ地域だけでなく、中央アジアや東南アジア、サハラ以南のアフリカを含むイスラーム諸地域に広がり、1980年代になると、運動は最高潮に達した。
 イスラーム運動(あるいは、イスラーム主義運動)は、研究者の間で定義が形成されておらず曖昧であるが、本討論また国際会議のセッションにて議論するイスラーム運動の定義は、近代以降の文脈で、政治目的を志向したイスラーム思想の政治的、経済的及び社会的運動を指しているものとし、議論を行った。
 この運動は、イスラームという宗教を基本にし、シャリーアに基づく国家建設を目標とした概念が広がる中で、大衆運動や民主化運動などと結びついていったことによって広まっていった。
 こうしたイスラーム運動の潮流は2つに大別される。一つは、合法化の道を模索し、政治参加に一定の成功を収めたもの、もう一つは、大衆の支持を得、それを維持しつつも非合法のままであるものがある。加えて、ヨーロッパの移民2世あるいは3世に見られるイスラーム諸地域ではない地域にも、イスラーム運動の潮流が見られ、グローバル時代や地域によってこの運動は変質しているという。その流れは現実の政治、現実の社会との折り合いをつけていった結果であり、更に今後も変化していくことが予想されるとの意見があった。
 他方で、本討論では、イスラーム運動の基本となるシャリーアを、社会のレベルあるいは個人のレベルでどのように捉えるのか、また、グローバルなレベルでイスラーム運動を考える時、運動の変質をどう捉えるのか、という様々なレベルでの視点から議論をすることが出来るとの意見があった。その意見に対して、現実の社会・環境に合わせなければ、イスラーム政党の存在意義が問われることになるという意見も出た。
 総合コメンテーターの浜中氏からのコメントとして、企画全体については、まず研究技術上の問題として地域研究(とりわけ一国研究)に比較政治学ないし比較社会学の分析概念を持ち込むことの意義についてコメントがなされた。地域研究(政治動向分析)と比較政治研究の相性が必ずしも良くない理由のひとつとして、問いの設定に違いがある。地域研究者は観察するフィールド上に起こった変化を説明したくなり、変化は丹念に情報を集めれば、おおよそ説明が可能である。それに対して、比較政治学者(社会科学者)は謎解き、とりわけパラドックスを上手く説明することにカタルシスを感じ、逆説的状況を探している。同じフィールドだけ観察していても興味深いパズルをたくさん見つけることは困難であるため、優秀な地域研究者であって優秀な比較政治学者でもあることは困難である。しかしパラドックスを見つけるセンスを磨けば、一国研究においても社会科学的に興味深い問題を拾い上げることは不可能ではないとした。翻って今回の合宿の各報告については、色々なディシプリンから分析概念を導入すること、その概念を持ち込むことによって、何がクリアになったのかという疑問が投げかけられた。
 次に、企画の展望に関しては、報告全体を俯瞰すると、世界的なイスラーム政治運動の退潮、ないし不人気さのきざしを読み取ることができるが、それはどういう背景があったのかが明らかになると面白いとのコメントがなされた。
 その後、各報告者から返答がなされ、総合討論へとつなげられた。本合宿の各報告とセッションの企画にとって、また、本グループの活動全体にとって、大変意義深い総合コメントであった。
(小村明子・上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科博士後期課程)