研究会・出張報告(2010年度)

   出張報告


期間:2010年7月29日(木)~8月8日(日)
国名:インドネシア・フィリピン
出張者:服部美奈(名古屋大学・准教授)

概要:
 今調査は、前半(2010年7月29日~8月3日)をフィリピン、後半(2010年8月4日~8月8日)をインドネシアで、両国のイスラーム教育に関する調査を行った。
 フィリピンでは、マニラ首都圏キアポ市にあるイクラ・キディー統合学習センターおよび南ラナオ州マラウィ市にあるムスリム・ミンダナオ学院を訪問し、関係者へのインタビューおよび授業風景の観察をした。イクラ・キディー統合学習センターは就学前教育段階と初等教育段階をもつ学校である。また宗教教科に加えて一般教科も教える全日制の学校(グレード・スクール)の他に、土日に開かれるマドラサをもつ。宗教教師の多くは南ラナオ州のムスリム・ミンダナオ学院や中東での学習経験がありアラビア語の能力が高い。次に訪問した南ラナオ州マラウィ市にあるムスリム・ミンダナオ学院は、就学前教育から高等教育までを擁する総合学園である。英語部門とアラビア語部門に分かれ、英語部門は就学前教育から中等教育段階がある。英語部門では、イクラ・キディー統合学習センターと同様、国家カリキュラムを用いて宗教教科だけでなく一般教科も教えられる。教育システムの調整により、一般教科と宗教教科およびアラビア語と英語の統合が目指されており、フィリピンにおけるイスラーム教育の発展の方向性が理解された。
 インドネシアでは、西ジャワ州にある2つのイスラーム寄宿学校におけるキタブ学習を調査した。最初の訪問地は、西ジャワ州タシクマラヤ県サロパ郡にあるポンドック・プサントレン・バイトゥルヒクマ・ハウルクニン(Pondok Pesantren Baitulhikmah Haurkuning)である。このプサントレンは、1964年に設立され、現在およそ1,100人を越えるサントリが学ぶ。特にアラビア語文法関連のサラーフ学とナフ学に重点を置いている。1994年までは学校制度を導入していなかったが、1994年に中学校段階のマドラサ・サナウィヤー(Madrasah Tsanawiyah)、1998年に高校段階のマドラサ・アリヤー(Madrasah Aliyah)を導入した。これらのマドラサでは、国が定めた標準カリキュラムが採用され、それぞれ中学校段階、高校段階の卒業資格取得が可能になっている。しかしそれと同時に、学校以外の時間帯ではキタブ学習を充実させ、寮生活を通じて宗教に関する知識や信仰実践が深められるようになっている。キタブ学習は朝7時から11時まで行い、ズフルの礼拝の後、マドラサ・サナウィヤーやマドラサ・アリヤーへ通う。また逆に朝、マドラサへ通い、午後にキタブ学習をするサントリもいる。プサントレンでのキタブ学習は3段階に分かれており、このプサントレンでは多くのキタブを修得するよりも、少数のキタブをより深く修得することに重きが置かれる。キタブ学習の伝統が色濃く残るプサントレンである。次の訪問地は、ポンドック・プサントレン・プルグルアン・KHZ.ムスタファ・スカヒドゥン (Pondok Pesantren Perguruan KHZ.Musthafa Sukahideng)である。このプサントレンは1922年、ズナル・ムフシン(Zenal Muhsin)というキヤイによって設立された。ここでは年齢によるクラス編成ではなく、サントリの修得状況に応じて段階別に学習されるキタブが決められる。前者のプサントレンに比べ、様々な分野のキタブが学習されている。
 キタブ研究の一分野として、キタブが実際に現代のプサントレンでどのように使われているのか、具体的な学習方法をより詳細に考察することは、キタブの現代的意味を探る上で不可欠であり、今回の調査はその一部をなすものである。また、今回の調査から、キタブ学習に対する宗教省の関与と意義づけを分析することの重要性を感じた。
(服部美奈)