研究会・出張報告(2010年度)

   研究会

*科研費B「オスマン朝期イスラーム思想研究」との共催

日時:6月20日(日) 14:00~16:00
場所:京都大学本部構内総合研究2号館4階AA401号室
講演:
Sanaa Makhlouf (The American University in Cairo, Egypt)
“Challenging the Reform Narrative: A Comparative Study of Abd al-Rahman al-Kawakibi and Abd al-Qadir al-Jaza’iri”

概要:
 講師のSanaa Makhlouf氏はエジプトでは珍しく、アルジェリアの活動家であり、イブン・アラビー(d. 638/1240)の影響を受けて思想を展開したアブドゥルカーディル・ジャザーイリー (d. 1300/1883)を専門とする研究者である。この講演会では、中世から近現代への転換期に生きたアブドゥルカーディルの思想的位置づけとともに、イスラームにとって近現代とは何だったのかというより大きな問いが投げかけられた。西暦19世紀の末から20世紀にかけて、西洋のインパクトを受けて、イスラーム改革運動が起こる。その中心人物としてアフガーニー、ムハンマド・アブドゥ、カワーキビーなどの名がよく挙がる。Makhlouf氏によると、彼らよりも若干前の時代に属するアブドゥルカーディルはそうしたイスラーム改革運動と全く異質な思想を持つ。
 イスラーム改革主義者はイスラームの内部に弱さを見出し、真のイスラームと偽なるイスラームを区別する。西洋の植民地主義に屈しているのは偽なるイスラーム、偽なる信仰が原因であり、そうした偽なるイスラームを真なるイスラームへと変えることが植民地主義を脱する唯一の手段であるとする論である。このとき偽なるイスラームとは、伝統的な神学者、法学者、スーフィーなどであり、神学者のみるイスラーム、法学者のみるイスラーム、スーフィーのみるイスラームといったかたちでイスラームが分裂していること、それが偽なるイスラームだと見なされる。対仏闘争を行ったアブドゥルカーディルは一見、西洋に対して闘うイスラーム改革主義者と同じように見える。しかし、にも関わらず、アブドゥルカーディルはイスラームに関してそうした真/偽の区別を行わないという点で彼らと一線を画すのである。
 アブドゥルカーディルは主著Mawāqifのなかで神よりもむしろ預言者ムハンマドに注目して、預言者が持つさまざまな顔/側面を提示する。神(al-Ḥaqq)という鏡に映し出される側面、預言者の顔に主が映し出される側面、預言者を見る人間に(預言者が)映し出される側面、預言者という鏡に人間が映し出される側面がそれである。人間はこうした多面性を持つ預言者をモデルとして生きるべきであるという思想と大まかにまとめることができよう。彼の思想は区別ではなく多様性を重視しており、そこには真なるイスラームと偽なるイスラームという区別は存在しない。
 ここにイブン・アラビーの影響を見ることはたやすいが、アブドゥルカーディルの生きた時代、中世から近現代への転換期、を考え併せるならば、以上のラフスケッチからでも、Makhlouf氏が投げかけたものの大きさがうかがい知れるだろう。イスラームにとって近現代とは何だったのか。そこで伝統的な思考方式がどのように働いていたのか。Makhlouf氏の講演はこうしたことを問いなおすきっかけを与えてくれた。
(仁子寿晴・人間文化研究機構/京都大学)