研究会・出張報告(2010年度)

   研究会

日時:2010年6月19日(土) 13:00~18:50
場所:京都大学AA401号室

プログラム:
13:00-13:10 Opening Remarks (TONAGA Yasushi)
13:10-14:40 1st session: Middle East Politics (Chair: TONAGA Yasushi)
FUKUNAGA Koichi (Sophia University)
“A Study on the Islamist View of the Era of the Early Muslim Conquests: Through the Critical Analysis of Majmū'a Rasā’il al-Imām al-Sharīf Hasan al-Bannā”
SHIMIZU Masako (Sophia University)
“Founding Hamas: The Transforming National Agenda in the Islamist Movements”
MIZOBUCHI Masaki (Sophia University)
“Struggle for Lebanon: How and Why does the Small State Fall into the Battlefield of the Middle East?”

14:55-16:25 2nd Session: Islamic Thought and Society (Chair: TAKAHASHI Kei)
TOCHIBORI Yuko (Kyoto University)
“The Dialogue between Muslim and Christians: In the Case of ‘Abd al-Qādir al-Jazā’irī”
ISHIDA Yuri (Kyoto University)
“The Latā'if Theories in Sufi Formative Period”
OKADO Masaki (Sophia University)
“Formation of Social Network by Upper Egyptian Construction Workers in Alexandria: Human Relationship over Ahwa (Coffee shop) as the Base”

16:40-18:10 3rd Session: Islam in Global Network (Chair: AKAHORI Masayuki)
ASADA Akira (Kyoto University)
“Blood and Migration: Hadhrami Network in Zanzibar, Tanzania”
KINOSHITA Hiroko (Kyoto University)
“Islamization Led by al-Azhar Graduates in Contemporary Indonesia”
TORIYA Masato (Sophia University)
“The Political Movement of Pashtun in the Pak-Afghan Border Area”
18:10-18:30 Comment (Sanaa MAKHLOUF)
18:30-18:50 General Discussion (Chair: AKAHORI Masayuki)

概要:
 「イスラーム世界における内なる理念と外なる運動」と題した本ワークショップは、本グループの主題に関わる研究(ただし、今回はやや主題とは距離のある分野の者についても、広く機会を与える意味で発表を認めることとした)を実践している京都大学、上智大学の大学院学生、若手研究者を中心に、英語による研究発表のスキル向上を兼ねて、最新の研究成果を披露し、たがいに批判することで相互理解と研究の質の向上を図ることを目的としている。
 2008年度来、通算では第4回になる今回のワークショップは、京都大学を会場とし、京都大学がカイロ・アメリカン大学(エジプト)から客員として招聘したサナア・マクルーフ教授、同じく上智大学が国際バタム大学(インドネシア)から招聘したリナ・シャフルッラー教授をディスカッサントに迎えて、9名の大学院学生が発表を行った。

 第1部「中東の政治」では、ハサン・バンナーの政治思想研究を専門とする福永浩一氏がまず、従来の研究にバンナーの歴史観の全体をみる視点が欠けていたとの認識から、書簡集の記述に基づいて初期イスラームの征服運動に対するバンナーの理解の特徴と、それが彼の近現代エジプト理解とどのように関わるかを論じた。続いて、清水雅子氏が、パレスティナのムスリム同胞団から別れ出たハマースについて、イスラーム主義運動の枠組みの中でパレスティナ民族主義との関わりをどのように見定めていったかについて持論を展開した。溝淵正季氏は、レバノンにおける宗教、宗派、民族などをからめた紛争の展開を、中東における数々の紛争の象徴とも言える構造が見られるとの視点から分析した。近年、若手研究者の間では、現代中東およびイスラーム世界政治への関心が高まっているが、これらの発表もそうした流れを汲んだ課題意識に基づく発表であると同時に、この分野でより新しい視点と取り組みによる研究が欲されている現状をよく表すものであったと言えるだろう。

 第2部「イスラームの思想と社会」では、まず栃堀木綿子氏が、シリア時代のアブドゥルカーディル・ジャザーイリーを取り上げて、彼をはじめとするムスリム知識人が、近代国家成立の時代にどのようにキリスト教徒知識人との間に対話をなそうとしていたのかを、資料に基づいて発表した。石田友梨氏はイスラームの霊魂論のうちでも、スーフィズム形成初期におけるラターイフ論に注目してこれを広大の展開を視野に入れて紹介した。岡戸真幸氏は、現代のアレクサンドリアにおける出稼ぎ建設労働者が、社会的なネットワークを形成する場として、伝統的なアフワ(茶店)に注目し、人類学の視点から調査成果を発表した。時代も分野も異なる3本の発表であるが、それぞれの意欲的な取り組みに、活発な質疑応答がなされた。

 第3部「グローバル・ネットワークのなかのイスラーム」では、中東以外の地域を舞台に、地域の枠を超えたイスラーム関連の運動が取り上げられた。朝田郁氏はザンジバルにおけるハドラマウト出身者のネットワークを、移民史と血統観などを軸に紹介した。木下博子氏は、現代のインドネシアにおいて、アズハル大学の卒業生たちが主導したイスラーム改革運動がどのように進行しているかを紹介し、「留学仲間」のネットワークがどのように機能しているかを論じた。登利谷正人氏は、アフガニスタン=パキスタン国境地域でのパシュトゥーン系住民の近年の政治運動について、国境をまたぐ形でのその活動のあり方を、同地域での長期現地調査によって収集した資料に基づいて報告した。こうした、地域越境的なスリムの活動のありようは、今日のイスラームを語る上で、欠かすことのできない視点であり、他の参加者にも学ぶところは多く、多大な刺激を得られた部会であった。

 回を重ねて、すでに本ワークショップや他の国際会議等での発表経験を積んだ学生もふえ、研究とその成果発表に向けた意欲の高まりや発表技術について、顕著な向上が見られたことは、非常に喜ばしかったが、簡潔な受け答えを旨とした質疑応答の発展的な展開などについてはよりいっそうの研鑽が必要であると見受けられた。また、自分の専門とは異なる分野の研究についても、意欲的に耳を傾け、積極的に理解し質問、意見を述べて、他者の研究をサポートしようとする姿勢が必ずしも充分とはいえない参加者がいないではなかったこともやや残念に思われた。この点は、ワークショップを組織する研究分担者たちにも責任があり、今後のワークショップでは対策を講じていきたいと考える。
(リーム・アハマド・上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科博士前期課程、赤堀雅幸)