研究会・出張報告(2009年度)

   出張報告

期間:2010年1月15日~20日
国名:マレーシア
出張者:塩崎(久志本)裕子(東京外国語大学・博士後期課程)

概要:
出張目的:(1)ジャウィ雑誌『プンガソ(Pengasuh)』所蔵調査/(2)クランタン及びタイ南部発行ジャウィ文献収集
(1)ジャウィ雑誌『プンガソ(Pengasuh)』所蔵調査
 雑誌『プンガソ』は1918年7月11日にクランタン宗教委員会により創刊され、数回の休刊を経ながらも現在まで同委員会によって発行されている、刊行期間の最高記録を持つジャウィ雑誌である。しかし、現在までマレーシア国内外の図書館等で全号を保存している所はない。マレーシア国内で最も多くの号を保有しているのがクランタン州ニラム・プリにあるマラヤ大学ニラム・プリ校図書館であるが、オンラインのデータにはごく断片的情報しか示されていない。このため、今回の出張ではまずニラム・プリ校図書館の所蔵を調査し、そのデータと出張前に調査したクアラルンプール周辺の大学図書館および国立公文書館の所蔵データを照らし合わせて、不足分を個人所蔵等から探す手法をとった。
 ニラム・プリ図書館に所蔵されている『プンガソ』の初期のもの(30年代まで)は、クランタン宗教委員会からムフティ局に送られたものを、元ムフティが個人的に所蔵し、寄付したものである。また、後期のもの(40年代以降)には、宗教委員会が保存していたもの、直接寄贈されたもの、購入されたものが混じっている。
 『プンガソ』は1918年に創刊されてから1931年末まではイスラーム月の1日と15日に発行され、1932年から1937年12月23日までは毎週発行され、その後1946年6月に西暦の週間で再開された。その後1950年7月に月刊に変わり、1956~7年の間に数ヶ月、1962年1~10月、1963年2月~1964年9月、1965年12月~1967年1月に休刊し、1971年10月以降に長期休刊し1975年2月に再開している。本調査では、歴史資料としての重要性、希少性の観点から、調査対象を1971年の休刊までに絞った。1937年までについては、全642号中欠号は66号であり、約90%がニラム・プリに所蔵されていた。保存状態はよいとは言えず、約10%に虫害が目立ち、一部読み取り不可能なものも多かった。一方、同時期の『プンガソ』で宗教委員会によって保存されていたものは、William Roffによるとクアラルンプールの言語文化局(Dewan Bahasa dan Pustaka:DBP)に貸し出されたまま返されていないということであったが[Roff 1972:34]、調査の結果、全9巻(1919~1927)にまとめられたうちの4巻を残して紛失されたことがわかった。DBP現存する号のうち、ニラム・プリに所蔵されていないものは2号であったが、ニラム・プリに所蔵されているものでもDBPのほうが圧倒的に保存状態はよい。
 1946年以降の所蔵については、396号中167号が欠号していた。欠号中11号はマラヤ大学クアラルンプール校のザアバ図書館に所蔵されており、別の11号は1980年代に『プンガソ』編集長を務めたAbdul Razak Mahmud氏(クランタン州トゥンパット在住)の協力で個人所蔵からスキャナーで保存することができた。このほか、クランタン宗教委員会図書館、1960年代~70年代に『プンガソ』を出版していた出版社Pustaka Aman Press, al-Ahliyahで保存されている可能性も探ったが、宗教委員会には1978年以降のものしかなく、出版社では代が変わったためわからないという回答であった。Abdul Razak氏と東海岸言語文化局の協力により、個人的に所蔵している方も探したが、収集していた当人が亡くなり捨てられてしまった例や、クランタンの歴史記述などで『プンガソ』を引用している歴史家もニラム・プリの所蔵を参照していて個人的には所蔵していなかった。インタビューから、かつてはニラム・プリに所蔵されていたが今は紛失されている号があることが明らかになった。ニラム・プリでは所蔵していた『プンガソ』をマイクロフィルム化したことがあるとのことであるが、紛失され現在まで見つかっていない。『プンガソ』の史資料としての重要性はインタビューに答えた多くの人々が認識し、本調査に多大な関心を持ち協力を惜しまなかった。しかし、図書館に所蔵されているものも容易に紛失しうる現状から、より確実な保存方法の模索が必要と考えられる。
(2)クランタン及びタイ南部発行ジャウィ文献収集
 以下の三つの書店において、収集を行った。
 1)クランタン宗教委員会書籍販売部
 宗教委員会は現在まで、古典的ジャウィ文献の校正版や一般向けの新しいジャウィ宗教書の出版を行っている。出版数は多くないため、在庫のあるもの全てを購入した。
 2)プスタカ・アマン・プレス出版社
 1960年代にコタバルに設立された、現存する最も古い出版社の一つで、現在までジャウィ、ルーミー共に宗教書の出版を活発に行い、全国に流通している。汎マレーシアイスラーム党現党首ハディ・アワンの宗教解説書、アブー・ハミード・ガザーリーの『宗教諸学の再生』のマレー語訳等、在庫のあるジャウィ文献の多数を購入した。
 3)シャリカット・ユースフ・ラワズ書店
 コタバル市内でキターブ・ジャウィを多く扱っているのはこの書店のみである。ポンドックのテキストになるようなキターブ・ジャウィにはクランタン発行のものは少ないことから、タイ南部で出版されたものも含めて収集した。キターブ・ジャウィに加え、近年発行されたジャウィ文献もあわせて購入した。
 (塩崎(久志本)裕子)