研究会・出張報告(2009年度)
研究会- グループ1/「スーフィー・聖者研究会」(KIAS4/SIAS3連携研究会)共催研究会(2009年11月28日上智大学)
日時:2009年11月28日(土)14:00~17:00
場所:上智大学2-630a号室
発表:
清水学(帝京大学)“Introduction to Kashimir”
マクスーダ塩谷Maqsooda Shiotani(カシミール大学)“Tradition of Sufism in Kashmir withspecial reference to Shaikh Yaqub Sarfi from Kubravi order”
コメンテーター:私市正年、ズバイドゥッロ・ウバイドゥロエフZubaidullo Ubaidulloev(筑波大学)
概要:
カシミールのスーフィー伝統と題された報告会にあたって、まずは清水氏から、カシミール地方の概要についての簡単な紹介が行なわれた。カシミール地方はインド、パキスタン、チベットに及ぶ広大な山岳地帯を指し、複数の国に領土として属する。今日ではいわゆる「カシミール問題」について言及されることによって、同地方はインドとパキスタン、また中国の外交についての考察にとっての一大注目地となった。そしてインドからのパキスタンの分離・独立を経た後、カシミールは宗教的な意味でのアイデンティティ選択を政治的な意味でも個々人の実存的な意味でも迫られることになり、今日その情勢は依然として複雑さを孕んでいる。
そうした複雑なカシミール地方の宗教状況についての説明を受けて、マクスーダ氏の報告は近現代カシミールにおけるスーフィー教団、聖者信仰の状況を述べるものであった。カシミール地方におけるスーフィー教団は、地域社会の人々の間の同胞愛や同族意識を育む役割を果たすものであり、そこに携わる人々は聖者と呼ばれ続けてきた。同地方のスーフィー教団の伝統は、13世紀に中央アジアからスフラワルディーが到着したことが時代考証によって明らかにされており、それを指導するシャイフは、時の権力者が仏教から改宗するほどの影響力を当該社会において持ち得ていた。また14世紀にはクブラヴィーが到着し、当時のシャイフであったミール・サイイド・アリー・ハマダーニーは、カシミールにおけるイスラーム伝統形成の立役者として、同地にイスラーム教育を提供する私塾を設けることに努めた。そうしてついに、リシ(Rishi)と呼ばれる現地の人々による、生粋のカシミールにおけるスーフィー教団が誕生するのである。ムスリムとヒンドゥー教徒が居住していたカシミール地方だが、リシの地では双方ともに同じリシ教団の聖者を崇敬しており、教団の聖者は、詩歌によってそのメッセージを人々に伝え、それらはイスラームに言及しつつも異なる宗教の人々を横断するものとして発せられた。また影響力を持った地元の聖者の存在により、カシミールでは聖者廟参詣の習慣が自然と定着した。またそれと並行して、地域の人々が参加する祭りが廟を中心で行なわれるようになった。
報告会の目的の一つは、カシミール地方の事例を元に、同地のスーフィー伝統を他のスンナ派世界の地域と比較することであったが、それを念頭においた参加者は近現代のスーフィズム・聖者信仰についての情勢の変容をカシミール地方がほとんど経験しなかったことに驚かされた。スーフィズム・聖者信仰に限らず、近現代(の地域社会)を専門とする研究者であれば、「近代」を宗教情勢にとっての一つのパラダイム転換、あるいは否応無くその変容を迫られた時代と見て、「近代」の前と後との差異に着目するのが通常であろう。しかしながら、カシミール地方についてのマクスーダ氏の報告はそうした関心の網の目を抜けながら、連綿と続くものとしての「伝統」の在り方を示してくれるものであった。
(高尾賢一郎・同志社大学大学院神学研究科博士後期課程)