研究会・出張報告(2009年度)

   研究会

グループ2第1回研究会
日時:2009年7月4日(土)10:30~13:00
場所:上智大学四谷キャンパス2号館6階630号室

発表要旨
1. 大英図書館所蔵資料に関する報告  服部美奈(名古屋大学)
 2008年11月~12月に大英図書館において、「大英図書館所蔵ジャウィ定期刊行物リスト」(新井和広氏・慶応大学作成)に基づき行った資料収集について報告した。
(1)大英図書館の利用に関して
 1.登録およびIDカードの取得ののち、閲覧は3階(Asian & African Studies)で、リファレンスのみ可能である。閲覧を希望する文献は、館内・外、あるいは持参したパソコンからリクエストし、カウンターで受け取る。
 2.オンラインカタログ(http://catalogue.bl.uk/F/?func=file&file_name=login-bl-list)には約1300万点の資料が掲載されている。掲載されていない文献の検索は実質困難。
 3.閲覧室のコピー機では、少量のコピーのみ可能。それ以外の問い合わせ、注文はインターネットで行う。価格と種類は以下のとおり。
  ①Paper copies A4/A3 or low resolution scanned copies on CD 1-100 pages(per shelfmark) £27.10 ②Duplicate microfilm £.30 ③Low resolution digital image from microfilm £56.65 →①もしくは③がリーズナブルである。
  支払いはカード決済が最も便利である。
(2)今回収集した資料
 1.Dr Annabel Teh Gallop氏(Head of South and Southeast Asia collections)から入手した紙媒体のカタログ
  ①Pre-War Malay Periodicals and Newspapers in the British Library Oriental Collections(a hand list compiled by Annabel Teh Gallop), 1989,
  ②Periodical Publication and Newspapers(Malay) in British Library
 2.紙媒体の場合は最初の100ページ、マイクロフィルムの場合は1reel(場合によっては複数reel)をコピーする方法で、65文献をコピーした。
(3)今後の方針・案
 コピーする文献が確定していれば、遠隔オーダーが可能である。オンラインカタログに登録されていない文献の入手をいかにするかが問題となる。著作権の問題などによりコピーが困難な文献については、マレーシアやインドネシアで直接入手する方法もある。今回収集した複写資料の利用方法については、原資料所蔵先である大英図書館の複写物使用規定を照会した上で、適切な方法を検討することになった。将来的には、大英図書館の許可を得て、公開することが望ましい。

2. インドネシア出張報告 菅原由美(天理大学)
 インドネシアのキターブ出版の概況と、2009年2月24日から3月5日までインドネシアで行ったキターブ・クニンおよび関連書籍の購入と出版・販売状況調査について報告した。
(1)インドネシアのキターブ出版事情
 19世紀末から20世紀初頭に、チレボンのAl-Misriyya(Toko Mesir)、スラバヤのSalim Said ibn Nabhanなどのアラブ人の書店が、アラビア文字の地方語(ジャワ語、スンダ語、マドゥラ語など)のキターブの出版を開始した。1950年代まではボンベイに印刷を注文することもあり、スラバヤはインドネシアの一大キターブ出版地となった。Ahmad Nabhan、Haramainといった書店がある。
 その後、キターブを出版する書店はジャワ北岸に集中した。①ペゴンのキターブをあつかうRaja Murah(プカロガン)、②全国に支店を展開するToha Putra(スマラン)、③現地人初のキターブ出版社であるMenara Kudus(クドゥス)、④ジャウィのキターブを扱うAlaydrus(ジャカルタ)などがある。下線のある書店・出版社ではすでに調査、購入済み。
(2)インドネシア調査では以下の各地の書店・出版社にて調査およびキターブの収集(購入)を行った。(詳細は2008年度出張報告を参照)
 1.チレボン:①Atamimi:ハドラマウト出身のアラブ人が経営。キターブは主にジャカルタ、スマラン、スラバヤなどから取り寄せ、販売し、現在出版はあまり行っていないらしい。
 2.クドゥス:①Menara Kudus:現地人が経営し、ジャカルタやジョグジャカルタにも支店をもつ。ジャワ語キターブも数多く出版。②Hasan Putra:クドゥス出版以外に、他地域のキターブも販売。
 3.ジョグジャカルタ:①Beirut:ベイルートからイスラーム関連書籍を輸入・販売。他に東南アジア出身のウラマーが執筆し、アラブで出版されたキターブも販売している。②Menara Kudusジョグジャカルタ支部
 4.ジャカルタ:①Attahiriyah:アタヒリヤ・プサントレンが経営している書店。プサントレンで使用するキターブの他、スマランやスラバヤからのキターブも販売。②Dar al-Kutub al-Islamiyah:アラビア語のキターブ、ベイルートから輸入した書籍と、この書店で出版した書籍を販売。③国立イスラーム大学シャリウ・ヒダヤトゥラ・ジャカルタ校社会イスラーム研究所(PPIM-UIN)
(3)小括
 1.キターブはプサントレンのカリキュラムに合わせて6~7月に出版されるため、報告者の出張期間中は販売されるキターブが比較的少なかった。したがって小規模の出版社を訪問する際には時期を考慮したほうがよい。
 2.これまでの調査からは、(1)に記したように、インドネシアではキターブの出版の中心はジャワにあり、そこから全国に流通しているという概況が見て取れた。
 3.今後、インドネシアにおけるキターブの出版状況の全容を捉えるためには、①上記以外の諸地域(たとえば西ジャワのスカブミ)での調査を行うこと、②調査を行わない地域に関しては、その理由(たとえば、出版をせず取り寄せ販売のみをしているからなど)を含めた説明が必要となる、との意見がだされた。

3. キターブ目録作成活動報告 新井和広(慶應義塾大学)
 これまで収集したキターブの目録作成活動についての報告を行った。
(1)これまでの書誌情報入力作業
 1.オマン氏とエルファン氏が入力した書誌情報を、新井氏と柳谷氏が確認、適宜修正を加える。修正版をオマン氏に送り再度チェックを受けるという方法で行った。
 2.これまでのところBox1 の一部の確認・修正作業が終了している。
(2)気づいた点・変更・提案
 1.当初はエクセルの修正履歴表示機能を使用して修正箇所を表示していたが、修正箇所の文字色を変更する方法に改めた。
 2.目録化は、時間と人材の不足により、終了までにまだ相当の時間と労力が見込まれる。
 3.キターブの目録作成は世界初の非常に貴重な試みである。紙媒体という形式や、図書館での利用にこだわらず、希望者に利用可能な形で提供することが重要である。
 4.そこで今後は、ワードなどで書誌情報入力フォームを形成し、入力済みのものからPDF化するなどして、研究会メーリングリストなどを介して利用者希望者に提供するという案が検討された。

4. フィリピンのキターブの紹介:19世紀マギンダナオの法典「ルワラン」 川島緑(上智大学)
(1)研究状況
 1.フィリピン国内ではこれまでキターブ研究は乏しい。米国統治期初期におけるSaleebyによる、スールー王国の法典やミンダナオの法学書ルワランの研究がある以外は、民俗学、民族学研究の中で若干の言及がある程度である。この背景として以下の状況がある。①南部フィリピンではクルアーンや他のキターブは希少性が高く、所有者が門外不出の家宝として代々継承してきた。キターブとそこに記された知識を独占的に継承することによって、宗教指導者が社会的権威を有するという傾向がある。そのため、キターブを公的財産として保存したり公開する伝統を持たない。②米国植民地統治初期に実施されたモロ平定作戦時に、米軍人によって戦利品として本国に持ち帰られ、もとの地に返却されなかった。例外として、マルコス政権時代に、クルアーンがシカゴの博物館からフィリピンに返却されたケースがあるが、この場合も、受け入れ先であったマニラの国立博物館ではなく、大統領官邸で所蔵され、その後、所在不明となっている。研究面では、東南アジア他地域のキターブとの比較研究という視点も欠如している。
 2.国外における東南アジアのイスラーム書研究、文献学の分野でも、[Hooker 1984]、サムエル・タンのジャウィ文書研究などを除けば、フィリピンのキターブに関する言及は非常に少ない。
(2)ルワランLuwaranについて [Saleeby 1976][Hooker 1984]
 1.マギンダナオで19世紀に筆写された法典で、オリジナルの筆者などは不明である。使用言語は、冒頭の祈祷文、各条文に対応する欄外の原文はアラビア語、冒頭の説明はマレー語、本文と各条文はマギンダナオ語である。使用文字はアラビア文字である。出典はMinhaj al-arifin, Fath al-qarib, Taqribu al-intifa, Mirat al-tullabである。
 2.ルワランは、19世紀のマギンダナオで、マレー語経由でイスラーム法に関する知識が伝えられたことを示している。アラビア語、マレー語、マギンダナオ語に通じた人物が執筆、筆写したと思われる。[Saleeby 1976]には英訳があり、一部のみローマ字翻字がされている。写本の写真が4ページのみある。
 3.今回、原文テキストを読むことにより次のことが明らかになった。写本写真の冒頭のマレー語の説明文の部分の原文には、「・・・dipindahkan bahasa jawi daripada mindanawi dar al-salam」とある。これは「平和の地ミンダナオ出身のジャウィの言葉に移し変えた(翻訳した)」あるいは「平和の地ミンダナオのジャウィの言葉に移し替えた」と訳すことができる。これは、執筆者・筆記者の認識において、ミンダナオが、ジャウィという人間集団、文化的集団、または地理的概念の中に含まれていたことを示している。今後は、ミンダナオのキターブと東南アジアの近隣地域のキターブとの比較研究が重要となる。

5. 今後の打ち合わせ
(1)キターブ目録作成について
 新井氏がワードなどを用いて書誌情報入力用フォーマットを作成する。オマン氏、エルファン氏を招聘し、書誌情報の入力およびチェックを依頼する。
(2)キターブ収集について
 キターブ収集は基本的には一旦終了とするが、今後も収集する場合の候補地としては①マレーシアのクランタン州や②西ジャワのスカブミなどが挙がった。
(3)シンポジウム、ワークショップについて以下の案が出された。
  ①2009年11月8日に上智大学で東南アジアのキターブに関するワークショップを開催する。
  ②2010年秋に国際ワークショップを開催する。英語でプロシーディングス出版し、目録の一部(ドラフト)を発表する。
 (山口裕子)