研究会・出張報告(2008年度)
出張報告- 東南アジアにおけるイスラームの現状調査(2009年1月18日~2月11日)
期間:2009年1月18日~2月11日
国名:インドネシア・マレーシア・タイ
出張者:堀場明子(上智大学アジア文化研究所共同研究所員)
概要:
今回の出張では、1.タイ南部パッタニー地区における紛争の実態を実地観察と現地の研究者やNGO関係者にインタビューを通して調査した。2.インドネシア、マレーシアの各都市においてタイ南部パッタニー地区との歴史的つながりに関して文献調査、タイ南部の紛争に関する理解に関して聞き取り調査を行った。タイ南部における紛争に対して東南アジアにおけるイスラーム・ウンマの反応を見るものである。
この地域は、タイにおけるマレー人ムスリムコミュニティという点で、特にマレーシア北部クランタン県との歴史的つながりは古く、交易によってインドネシアとも行き来が頻繁にあった。植民地支配によってタイ王国の一部となったパッタニー地区は、上からのタイ化が急速に進み、マレー人ムスリムは就職で不利な立場に置かれ、政治的権力はタイ人によって占められているなど不公正な状況が続いていた。5年ほど前からパッタニー地区では、タイ人に向けての爆弾事件や殺戮などが相次いで起き、またムスリムに対する攻撃も見られ、現在は、街角には、M16を持ったタイ軍の兵隊が警備をし、戦車が通り、道路はタイ軍によって常に検査が行われている。パッタニー県にあるプリンス・オブ・ソンクラー大学の教授によると、相当の軍の予算がパッタニー地区につぎ込まれており、紛争解決の名の下にセミナーが開かれ、潤っているのはホテルだけだということだ。パッタニー地区は軍によって戦いの実践練習の場と化し、予算を組める絶好の口実となっているため、治安回復は難しいと考えられる。パッタニー地区の紛争の厄介なところは、タイ政府に対する攻撃は見られるものの、例えばインドネシア・アチェの自由アチェ運動GAMのようなひとつの組織が名乗り出て抵抗運動を続けているのではなく、小さないくつかのグループ(それも定かではない)がそれぞれに活動を展開しているため、紛争のアクターが明確でないという点である。
ヤラーイスラミック大学の教授によると、イスラーム過激派がアル・カーイダやジャマーイスラミーヤといった組織と連携してテロ行為を行っているとの分析もあるが、パッタニーには、国際的なイスラーム過激派とのつながりは無いとはっきり言えると回答した。しかし、このままタイ軍の駐留が続くのであればどうなるかは分からないとコメントしている。パッタニー地区からは、マレーシア、インドネシアへの留学、中東への留学がそれぞれ盛んである。個人的なネットワークの中で、他のイスラーム地域とのつながりがあることは確かである。特に、マレーシア、インドネシアとは、ムスリムというだけでなく、マレー人としての歴史的な共通性、距離的な近さからつながりは極めて強い。インドネシア外務省パッタニー地区の担当者によると、インドネシア政府としては、アセアンの内政不干渉の原則があり、タイとの関係を良好なままにしておきたいとの思いがある一方、パッタニー地区は近くにあるマレー人ムスリムのコミュニティであり、同じムスリムとして無視しておくわけにはいかないとの立場もあり、複雑であるとの話であった。
今回の出張で、タイ南部での紛争について理解が深まり、東南アジアのイスラーム・ウンマの特徴がみえてきた。今後、紛争解決の道が見えずタイ軍による圧力が強まり、「ムスリムに対する攻撃」とみなされれば、マレーシアとインドネシアにおけるイスラームの連帯、そしてマレー人としての意識が強まりタイ南部への介入が始まる可能性もある。今後も、東南アジアにおけるイスラーム・ウンマの連帯意識と、ネットワークについて調べていきたい。
(堀場明子)