研究会・出張報告(2007年度)
研究会- グループ1研究会(2008年2月2日上智大学)
日時:2008年2月2日(土)
場所:上智大学2-630a号室
発表:吉川卓郎「ヨルダン・ムスリム同胞団の議会活動―その成果と課題」
報告:
①本報告は、ヨルダン・ムスリム同胞団(以下、同胞団)の主張、組織の変化について、王室との関係、ヨルダンにおける都市部と地方の社会的亀裂、パレスチナ問題などが及ぼした影響を、ヨルダンの議会史をたどりながら分析したものであった。
吉川氏によれば、近年、同胞団の政治参加は大きな曲がり角に差し掛かっているという。同胞団が直面している問題を整理すると、第一に1994年の対イスラエル和平交渉開始以降の政府・王室との関係の悪化、第二に1992年に同胞団の傘下政党として発足し、次第に独自性を強めたイスラーム行動戦線党と同胞団指導部の間での政治参加の方針をめぐる軋轢、第三に投票制度が連記制から単記制へ変更されたことによって、有権者が地元の利益に結びついた有力個人候補の選択を優先するクライエンテリズムの拡大、第四に都市と地方の間での社会的亀裂の存在によって勢力が都市部に限定されていること、加えて都市部の若年層の支持離れである。
質疑応答では同胞団の議会参加の目的を中心に議論が交わされた。報告でも言及されていたが、同胞団が元来王室擁護の立場を採り、過半数以下の候補者しか擁立していない点からは、政権を取る意思がなく、経済や対米関係についてのヴィジョンを提示していないことが指摘された。そして、議論を通じて、ヨルダン最大のイスラーム主義団体として民衆の支持・動員力を有しながらも、政治参加においてはハマースへの共感を示すパレスチナ系の支持者と対米重視の王室との間で身動きがとれず、曖昧な戦術で対応する同胞団の姿が浮き彫りにされた。
最後に、本報告の意義は、政府とイスラーム主義勢力の関係について単にヨルダンの事例分析を提示するだけでなく、ミグダルの「社会の中の国家」アプローチを援用し比較政治学の理論との接合が図られているところにあった。また本報告は、他国における同胞団系政治組織とその活動を研究する上でも非常に示唆に富むものであった。
(石黒大岳・神戸大学大学院国際文化学研究科博士後期課程)
②吉川氏は、ヨルダン・ムスリム同胞団の議会活動について下院参加の20年間を分析し報告した。
まず、ヨルダン同胞団の国際的地位、及び国内的地位について言及した。特に、国内的にはヨルダン最大の合法イスラーム主義組織であり、エジプトの同胞団と同じく「段階主義」を採用し、国内に特化した運動方針を掲げ、王室と親密な関係にあり、下院参加に積極的であったという特徴が挙げられた。
1980年代の地方選挙での善戦、職能組合や学生協会での躍進を経て、ヨルダン同胞団は1989年の選挙では組織力を生かした高当選率を実現した。政党活動の自由化に伴い1992年に結成されたヨルダン同胞団の下部組織ともいえるイスラーム行動戦線党は、表向きには同胞団とのつながりを見せていないが、事実上の「同胞団政党」としてヨルダン同胞団の支持層を取り込んだ。2000年以降の中東情勢の悪化と反イスラエル機運の高まりに伴い、総選挙の延期や国内統制の強化のため下院運営は硬直化する。2007年の総選挙では苦戦を強いられることとなったヨルダン同胞団は、政党の弱体化やクライエンテリズムの常態化といった問題に直面し、現在岐路に立たされている。
参加者からはまず、ヨルダン政府と国家の関係、議会の内部などに関して論点が挙げられた。ヨルダン同胞団の議会参加の目的、意義、また議会参加の「段階主義」の中での位置づけに関しても質問が挙げられた。今後のヨルダン同胞団研究の課題としては、同胞団内部のアイデンティティの検証や行動戦線党の今後のヴィジョンが挙げられる。議会活動の分析を通してヨルダン同胞団の変遷を概観することで、エジプト、クウェートの同胞団やハマースなど、他の同胞団運動との相違点が浮かび上がり、意義深い報告であった。
(菊池恵理子・上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科博士前期課程)