研究会・出張報告(2007年度)

   研究会

テーマ:「サラフィー思想・運動の再考」
日時:2007年9月22日(土)・23日(日)
場所:KKR宮の下
〒250-0402 神奈川県足柄下郡箱根町木賀1014
電話:0460-87-2350
箱根登山鉄道・宮の下駅、徒歩15分
ホームページで確認ください。http://www.kkrmiyanosita.com/

報告③:
○飯塚正人(東京外国語大学)「サラフィー思想とナショナリズムの関係」

 本報告は、サラフィー思想とは何かを整理し、それをナショナリズムとの関係から論じたものである。今回、他の報告において「サラフィーヤ」という言葉のもつ意味と中身の定義が度々議論の的となり、参加者の理解に若干の混乱が生じた場面があった。しかしながら、本報告はそれに対し丁寧に説明して答え、参加者全員によるその意味の共有と確認に貢献する形となった。
 まず、「サラフィーヤ」とはそもそも何であるかという用語の問題が問われた。報告者によれば、サラフィーヤとは元来自称として、またはその一方で、研究者による分析概念としてはワッハーブ派に起点を置く一続きの思想および運動として捉えられてきた。さらに現代では、戦闘的な「ジハード的サラフィーヤ」もまた、その一部に加えることができる。
 サラフィーヤとは実際、ただ原点に回帰しようという主張に尽き、そこから思想的に何らかの統一的見解が導かれるものではない。サラフィー主義者とされる者たちには、モダニストとファンダメンタリストという、本来対立する2つの思想傾向の立場をしばしば同時に見て取ることができ、その類型化は常に問題を孕むことが提起された。
 次に、サラフィーヤ思想におけるナショナリズムについて検討が加えられた。報告者は最初にアフガーニーのパン・イスラミズムを取り上げ、ムスリムは連帯して列強と戦うべきとするこの思想は、一国ごとがそれぞれに団結することを必ずしも直接意味しないということを示唆した。
 またムハンマド・アブドゥフについて、彼の功績はその思想や言論の新しさにはなく、サラフィーヤそのものを理論化しその方法論を確立したことにあるという事実が、報告者の強調するところである。さらに、「アラブのカリフが指導するイスラーム帝国」という発想に関して、それがアラブ・ナショナリズムには当たらないということを示した。
 最後に、「ナショナリズム政権」にとってのサラフィーヤについて、検討がなされた。報告者によれば、ムハンマド・アブドゥフらは、世俗主義との対決を掲げたにもかかわらず、結果的にそれがイスラームの解釈の幅を過度に広げることとなり、何がイスラームであるのかを判断できないほどに混乱した状況をもたらした。すなわち、政権にとってサラフィーヤは、限りなく政教分離の体制に近づくための最大の道具となったと結論付けられた。
 コメンテーターの清水学氏(上智大学)は、ムハンマド・アブドゥフが評価される理由について質問し、報告者は既述の点に加え、アブドゥフがイスラームは議会制と矛盾しないことを初めて明確に主張した点を述べた。また質疑応答では、政権がサラフィーヤを掲げる意味や、ムハンマドのウンマがもつイメージの起源などが問われた。
 本報告は、イスラーム主義運動の必須な要素であるサラフィーヤ思想の内容を整理し、またそのジレンマを浮き彫りにした。このことは、それ自体の意義もさることながら、今後同運動を総合的に再評価する際、その分析のための1つの基準もしくは土台として提供された点で、次回以降の本グループの成果につながるものと期待されよう。
 (清水理恵・上智大学大学院グローバルスタディーズ研究科博士前期課程)