研究会・出張報告(2007年度)

   研究会

日程:2007年7月26日(木)~7月27日(金)
場所:上智軽井沢セミナーハウス

報告⑥:
○加藤瑞絵(東京大学)「fikr をめぐる諸言説の思想史的考察―世界へ向かう思考と自己へ向かう思考の間」
 加藤氏による発表はスーフィズムとサラフィズム双方の思想的淵源となる可能性を秘めたフィクル――語義的には「思考」を意味する――概念に焦点をあて、古典期においてフィクル概念がどのように展開していったかを探るものであった。まず、フィクルには自己についての省察と世界についての考察という2つの意味があるとするガザーリー(d.505/1111)の定義を確認し、後者の定義が、「威厳の書」(Kitab al-`azama) のタイトルを有する自然学関係の諸作品の影響によるものとされていることを踏まえた上で、ガザーリーがタサウウフのテクニックとして重視した自己の内面へと向かうフィクルがいつ頃から語り出されるのかという問いが立てられ、ガザーリー以前の思想家たちのフィクル概念が、詳細かつ精確に分析された。具体的にはムハースィビー(d.243/857)、マッキー(d.386/996)、フジュウィーリー(d.465-469/1072-1076)、クシャイリー(d.465/1072)というガザーリー以前の四人のスーフィー思想家のテクストが取り上げられ、他方で「威厳の書」ジャンルにおけるフィクルの用例の洗い直しという意図の下、アブー・シャイフ(d.369/979)の『威厳の書』も分析の対象とされた。
 ムハースィビー、アブー・シャイフ、マッキー、フジュウィーリー、クシャイリーそれぞれのフィクル概念が時系列的に整理され、フィクル概念の思想史的展開が次のようにまとめられた。すなわち、自己の内面へと向かうフィクル概念は、ムハースィビー、アブー・シャイフ、マッキーの諸書においてすでに語られているが、ガザーリーの直接のソースと言われることの多いマッキーにおいてもフィクルそのものへの言及が減少している。フジュウィーリーやクシャイリーに至っては、外界へ向かうフィクルの用例が僅かに見られるだけとなった。このことから加藤氏は、ガザーリーが、自己の内面へ向かうフィクルを重視して、外界へ向かうフィクルとともに詳細に記述したのは、それまでの趨勢に逆行するものであり、そこにそれまでとは異なるガザーリーの倫理的思索の方向性が表れているのではないかと提起することで論を結んだ。
 質疑応答では、最終的にガザーリーへ至るフィクル概念の思想史的展開の系譜に、取り上げられた思想家たちが相互にどのように関わるのかをめぐり議論が交わされた。また、外界へと向かうフィクル概念がタサウウフの伝統の中で練り上げられたことに鑑み、ギリシア哲学起源ではないタサウウフ起源の自然学が存在した可能性があるとの展望の下に、ガザーリー以降のフィクル概念の展開を探る必要があるとの指摘がなされた。
 19世紀に展開された狭義のサラフィズムに限らず、イスラームの復興・改革の動きは何時の時代にも存在した。今回の合宿を通じて確認されたように、それらの動きがそれぞれどのように異なるのかという問題は今後検討されねばならない。であれば、イスラーム改革の動きのひとつに数えられるガザーリーの思想的営為を正しく捉えることが極めて重要であることは言うまでもなく、その意味でガザーリー思想のキー概念であるフィクルの思想史的展開をめぐって徹底的に分析を行った加藤氏の発表は重要な試みであった。
 (中西竜也・京都学園大学)