研究会・出張報告(2007年度)

   研究会

日程:2007年7月26日(木)~7月27日(金)
場所:上智軽井沢セミナーハウス

報告①:
○朝田郁(京都大学)Martin van Bruinessen. "Controversies and Polemics Involving the Sufi Orders in Twentieth-Century Indonesia", in F. de Jong & B. Radtke eds., Islamic Mysticism Contested: Thirteen Centuries of Controversies and Polemics, Leiden: Brill, 1999. pp. 705-728.
 Bruinessenは本論文で、現代インドネシアのイスラーム改革主義運動下における、スーフィズムとタリーカをめぐる論争の主体を扱っている。発表者は、論文を再構成し項目別に分けることで、論文内容を明瞭なかたちで紹介した。本論文は、インドネシアとヒジャーズが密接な関係を保っており、ヒジャーズへの留学者が帰国して、改革をもたらすという構造があり、それが積み重なることによって、インドネシアのイスラームが多層化されていることを指摘する。そのうえで、改革主義とタリーカの関係を見定めようとする。西スマトラのウラマー、アフマド・ハティーブ(d.1915)によるナクシュバンディー教団批判、急進的改革派であるkaum muda(若い世代)による教団の実践への批判、ムハマディヤやイルシャードといったジャワの改革派組織のタリーカに対する態度、独立前後の政治化するタリーカ問題の動向、インドネシアのシンクレティズムとタリーカの関係など多岐にわたる話題を提供しつつ、Bruinessenは、本論文の主題である論争の主体に関して、総体的に見て、従来指摘されてきた「スーフィー対改革主義者」という構図よりもタリーカのシャイフ間の対立構図の方が際立っていたと結論付けている。
 発表後の質疑応答、およびディスカッションでは、本論文について参加者から、情報量の多さは評価できるが、単なる事例の羅列に終わっているのではないかとの指摘がなされた。また、情報が多かったにもかかわらず、Bruinessenが導いた結論と提示事例との関連性が希薄であった点も指摘された。さらに、本論文と、合宿のテーマであった「スーフィズムとサラフィズム」との関連についても、論文中にはサラフィズムへの言及がなく、本論文はタリーカをめぐるインドネシア国内の論争とその背景に関する事例を単に羅列しているだけであったとの意見が出された。
 (木下博子・京都大学大学院 アジア・アフリカ地域研究研究科一貫制博士課程)