研究会・出張報告(2007年度)

   研究会

日時:6月23日(土)14時~18時
場所:京都大学本部キャンパス・工学部4号館(総合研究2号館)4階東側、会議室(AA447号室)
参加者:19名
報告:水野裕子(広島大学)
   「パキスタンの聖者信仰に関する文化人類学的研究―師弟関係と霊魂観からみた宗教世界の一考察」

報告②:
 水野氏の発表は、「スーフィズムと民衆イスラーム」という大きなテーマの中から、現代パキスタンの聖者信仰をルーフ(霊魂)や夢の観点から論じるものであった。発表者はラホールにある四つの聖者廟をフィールド調査の対象にし、聖者廟におけるピール(導師)、ムリード(弟子)、人びとの存在と、ルーフや夢の間にある関係に着目して発表を行った。
 上記の聖者廟において、ピールは聖者のルーフと通じる事によって、聖者の奇跡を現世に体現する。同時に自分の身の上に起こったさまざまな奇跡を人びとに語る事によって、ピールと聖者との強い結び付きが喚起させる。さらに聖者の命日祭に行われるダマール(舞踏儀礼)や集団唱名のような行為を通じても人びとは聖者のルーフを感じることができる。こうした活動によって、現在でも人びとは聖者に対して親近感を感じている、と発表者は述べた。
 続いて発表者は、ピールと聖者とのつながりによって明らかにされるルーフの存在の他に、人びとがルーフを経験する媒体として、夢の存在があることを指摘した。預言者や聖者、ピールが現れる夢は教訓や助言、警告、使命を示す意味あるものとされ、極めて重要なものとして理解されていることを、具体的事例を通じて述べた。ルーフが夢を通じて人びとに認識、理解され、現実世界の生活にさまざまな影響を与えている点が夢に関する人びとの言説によって明らかにされた。さらに、発表者はルーフが聖者に関する活動の基層にあり、それに基づいたつながりが現実世界においてなされていると結論付けた。
 その後の出席者を交えた議論においては、大きく二つの点が対象となった。第一点がピールをめぐる問題であり、第二点はルーフの問題である。
 第一点では、ピールがどのような存在であるのかについて活発な議論がなされた。その際、ピールにはある特定の(もしくは複数の)スィルスィラ(聖者の系譜)があることが明らかになった。スィルスィラを現代にまで受け継ぐピールが、聖者とムリード、人びとを取り結ぶ存在となっていることが明らかにされた。第二点では、イスラーム世界においてルーフがどのように認識されているのかについてさまざまな議論が出た。その中で、聖者はルーフという形で生き続けており、それが現代においても人びとに聖者を認識させる背景となっていることが確認された。
 従来の「スーフィズムと民衆イスラーム」や「広域タリーカ」の研究においてもルーフや夢の存在は認識されていたが、研究や議論の中心的な対象とはなってこなかった。本発表はパキスタンという特定の事例を扱いながらも、ルーフや夢を議論の中心へと持ち出した点で、今後の両者の研究に新たな方向性を与えるものであると考えられる。
 報告者:(安田 慎 京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科)