研究会・出張報告(2006年度)

   研究会

日時:2007年1月20日13:00~18:00
場所:上智大学2-630a室
参加者:15名

報告①:
○堀場明子(上智大学)「インドネシアのマルク紛争とラスカル・ジハード」
 堀場氏は、1999年インドネシアで発生し、ムスリムとキリスト教徒の住民同士が衝突したマルク紛争について、その要因と経緯について概説し、紛争中にムスリム住民を支援する為に現れた軍事組織「ラスカル・ジハード」について報告された。
 まず筆者が興味を惹かれたのは、紛争の実態に関する説明の中で度々言及された「陰謀の噂」であった。これは、ラマダン明けの祝日での喧嘩が紛争の発端にあったこと、ムスリムにとって重要な日にたびたびムスリムが攻撃を受けたことから、紛争はキリスト教徒による陰謀ではないかという噂が、怒りとともにムスリム住民の間に広がったという。氏は、この背後に、国軍が暗躍し対立を煽っていたことを指摘したが、情報の出所、伝達経路やメディアの状況などに着目して、国軍の関与も絡めながら、なぜ紛争がかように凄惨な結果を招いたのかを解明していくのも面白そうである。また、社会心理学的な視点からのアプローチも有効であろう。
 ところで、紛争が凄惨な結果を招いたにもかかわらず、現在のところ、住民にさほどのトラウマがみられないという(無論、避難民は別であろうが)。また、紛争中はムスリム、キリスト教徒とも、それぞれ宗教を旗印に纏まりながら、互いに敵愾心を顕にしながらも、それぞれの信仰内容には厳格ではなかったとのことである。こうした、ある意味頓着の無さは、中東と大きく異なっている。これはマルクの風土や気質によるものかと、他の参加者も関心を示していた。
 イスラーム主義との関連からいえば、改めて資金力を背景にしたサウジの影響力の大きさを認識させられた。ラスカル・ジハードおよびその母体であるFKAWJ(Fourum Komunikasi Ahlu Sunnah wal-Jama’ah)の指導者ジャアファル・ウマル・ターリブ氏の経歴をみると、彼自身ハドラミーでもあるが、サウジの資金援助を受けた学校で学び、パキスタンへ留学、アフガンでムジャーヒディーンのボランティアに参加している。明らかにワッハーブ派・サラフィー主義の影響を受けている一方で、スハルト政権崩壊による民主化の流れの中で設立したFKAWJでは、バンナーの段階論を採用しており、その軍事部門であるラスカル・ジハードについても、主たる活動が社会活動であること、同胞団との類似性も見られる。この点について、参加者から彼の思想経歴を精査する必要があるとの指摘がなされた。
 発表中に紹介された様々なエピソードから、氏がインフォーマントの懐に上手に飛び込んで聞き取り調査をされている様子も窺えた。今後更に興味深い研究成果が出てくることに期待したい。
 (石黒大岳・神戸大学大学院国際文化学研究科博士後期課程)