研究会・出張報告(2006年度)

   研究会

日時:2007年1月6日(土)13:00~17:00
場所:上智大学2-630a室
参加者:20名

報告④:
○新井和広(東京外国語大学)「ハドラミー・サイイド―家系氏再構築の問題点」
 上智大学イスラーム地域研究拠点・グループ3の第1回目の研究会(2007年1月6日開催)では、サイイド・シャリーフをテーマとした2つの発表が行われた。以下は、新井和広氏(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所助手)の発表「ハドラマウトのサイイド-家系史再構築をめぐる諸問題」についての報告である。
 イエメンのハドラマウト地方からインド洋周辺地域へのアラブ(ハドラミー)移民の歴史を研究してきた新井氏は、ハドラミーの家系そのものを扱った研究が少ないことに着目し、有力家系の一つであるアッタース家を事例として、家系史の再構築を試みた。
 まず、ハドラミー・サイイドの概要が述べられた。ここでは、ハドラミー・サイイドのハドラマウト社会内での役割、サイイド移住前にその役割を担っていたマシャーイフ層との関係、サイイド・非サイイドの階層分化などが論じられた。
 次に、新井氏はアッタース家に焦点を当て、その歴史を論じた。アッタース家は大統領や大臣、議員、学者を輩出するなど、有力家系の一つである。このアッタース家の家系は、17世紀後半に成立した。その詳細な家系の存在により、男子成員の大半の血統を追うことができ、メンバーがある程度厳密に決まることが指摘された。
 続いて、家系「史」の問題点が検討された。新井氏は、アッタースに関して書かれたもののほとんどが聖者伝であることから、聖者とみなされなかった人々の生活が見えてこないという問題点を挙げた。また情報源が少ないことも問題点として挙げている。
 その後、議論はハドラミー・サイイド全体の系図に移る。新井氏は、系図には出版されるものと出版されないものがあることに着眼する。そして、出版される系図に関しては、生成された歴史を公開することで、預言者の子孫であるという「事実」と祖先の偉業を宣伝していること。他方、系図を出版しないことについては、オリジナルの文書を外部に出さないことで家系メンバーや他のサイイド内の結束を強化する機能があると論じた。
 まとめとして、アッタース家の成功、つまり著名な人物を輩出する理由を以下の3点が挙げられ。つまり、(1)アッタース家のメンバーが多様であること、(2)高い教育水準と教育を重視する姿勢に起因する異なる社会への適応力、(3)親戚にウラマーや学者、政治家がいるという利点をもつ家庭環境の3点である。最後に自分の家系がウラマーや大臣、学者を輩出していることを文書で追えることから、家系を「血統資本」という括り方で論じることは可能か、という問題提起をして発表を終えた。
 質疑応答では、「血統資本」の妥当性や、アッタース家の成功とサイイド・シャリーフの関係性、系図と系譜の用語法について、活発な議論が行われた。
 (丸山大介・京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士課程)