研究会・出張報告(2006年度)

   研究会

日時:2007年1月6日(土)13:00~17:00
場所:上智大学2-630a室
参加者:20名

報告②:
○森本一夫(東京大学)「サイイド/シャリーフ―基礎的事実とアプローチ」
 預言者ムハンマドの血統を持つとされるサイイド/シャリーフの研究方法は、写本を主に扱う「系譜学」、マナーキブ(聖者伝/徳業伝)を主に扱う「美徳物」、そして発表者のとる「サイイド/シャリーフ論」の三つが挙げられる。サイイド/シャリーフ論は彼らが何故、どのように尊崇の対象となっているのかを、彼らと彼らを取り巻く社会との関わりを通して分析することをその目的とする。彼らが誰であるかについては聖典や法学といった宗教的次元に根拠を置く規定が存在するが、特に血統の及ぶ範囲の規定については、あらゆる時代や地域に通用する同一のものがあるわけではなく、またサイイド/シャリーフに相当する様々な呼称も多数確認される。このような血統の範囲や呼称の整理も、発表者の取り扱うサイイド/シャリーフ論の射程に入る。
 サイイド/シャリーフを実際に認定する制度としては、九世紀後半に設けられたナキーブ制が挙げられる。但しナキーブ制は血統の系譜の統制、管理を行なってきたものの、その認定の根拠としては「周囲の認証」と法廷におけるその証言を採用してきた。このことはサイイド/シャリーフの血統が社会性をその根拠として成り立っていることを示す。また血統が社会性を備えていることは、その血統の所有が当該社会において何らかの影響を持っていることを意味する。事実その影響力は、血統所有者に年金支給や免税といった特権を与えてきた。彼らは様々な特権を享受し、社会において守られるべき不可侵な存在とされる。またその血統は所有者の人徳性、正当性を保証し、所有者はそれを政治的な場においても活用することができた。或いはその血統故に彼らはバラカに恵まれており、治癒能力や多産などに恵まれているとされた。
 周囲のとるべき彼らへの接し方について教える逸話もある。例えばサイイド/シャリーフへの尊崇はその源流となる預言者ムハンマドへの尊崇であるが、しかしその血統は時代を超え、子孫に至るまで尊崇を受けるものとして扱うべきであるということ、またサイイド/シャリーフを丁重に扱うことには預言者ムハンマドへの報恩という意味があり、サイイド/シャリーフ自身の行ないに周囲が顧慮してはならないということなどを示唆している。
 以上の理解に加え、今後も様々な事例を扱いながら当該社会において「サイイド/シャリーフであること」の意味に着目して進めることが、発表者の取り扱うサイイド/シャリーフ論の中心となる。また新たな研究方法、観点としては、エジプトのナキーブ事務所やモロッコのシャリーフ連盟とった血統の認定組織の調査や、近現代に起こったであろうことが想像できるサイイド/シャリーフ崇敬に対する批判の確認、そして預言者の時代より遺され続けた「聖遺物」として彼らを理解することなどが挙げられると述べ、発表が締めくくられた。
 (高尾賢一郎・同志社大学大学院神学研究科博士後期課程)