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上智大学イスラーム地域研究機構

 活動報告

拠点強化事業「イスラームをめぐる諸宗教間の関係の歴史と現状」
2011年度第3回研究会 報告(2012年3月4日/上智大学)


参加者:7名 

日時:2012年3月4日(日)15:00-18:00
場所:上智大学市ヶ谷キャンパス研究棟6階 601号室

発表者①:堀場 明子 (上智大学アジア文化研究所・客員研究所員)
タイトル:「タイ深南部紛争とイスラーム」
コメンテーター:シリル・ヴェリヤト(上智大学外国語学部・教授)

発表者②:三代川 寛子 (人間文化研究機構地域研究推進センター・研究員)
タイトル:「コプトのナイルーズ祭復興運動」
コメンテーター:菅瀬 晶子 (国立民族学博物館・助教)




 研究発表1では、タイ深南部のマレーシア国境地帯に位置するPattani, Narathiwa, Yalaの3県に居住するマレー系ムスリムを巡る「忘れられた紛争」についての報告が行われた。同地域はマレー系ムスリムが建国したといわれるパッタニ王国があった地域で、人口の80%をムスリム(パッタニ・ムスリム)が占めるタイ国内の最貧困地域である。2004年頃より暴力事件が多発し、政府の治安部隊によるムスリムへの圧迫や人権侵害が問題となっている。一方でムスリムの様々な武力勢力によるテロ行為や犯罪も頻繁となっている。パッタニ・ムスリムの反政府運動は、当初パッタニの独立運動として展開していたが、中東の影響などでイスラーム主義運動的な色合いが強くなってきている。
 本発表では、紛争解決を阻む要因として、武力勢力・分離独立勢力が多数存在して交渉のためのアクターが見えづらいこと、バンコクの政治情勢の不安定さや王室の影響力の低下などによる政治的イニシアティブの欠如、国軍の影響力の増大と地方行政当局の機能低下、国際社会の関心の低さなどが指摘された。また、紛争の性格がパッタニ・マレーのエスニック・アイデンティティを掲げる分離独立運動からイスラームを前面に押し出す宗教運動へと変化しつつあり、ムスリムと仏教徒のコミュニティ間の対立へと転換しつつあることが問題を深刻化している状況が報告された。さらに、紛争解決の道筋として、NGOなどを通じた政治的対話や政治・構造改革による地方分権化の推進、現地コミュニティのエンパワーメントの必要などが発表者によって提起された。
 会場からはタイの政治・社会におけるムスリムの影響力の強さが指摘され、土着化したイスラーム文化がある一方で、中東との結びつきやイスラーム主義運動の影響が強まっている状況について議論が展開した。

 研究発表2では、近代エジプトのナショナリズムにおけるコプト・キリスト教徒の位置づけと彼らによるナイルーズ祭復興運動についての報告がなされた。現在エジプト人口の10%を占めるコプトの歴史・社会階層・人口分布・差別問題の概括がなされた後、近代エジプトにおけるナショナリズムの展開が説明され、3つのタイプのナショナリズム、エジプト国民(民族)主義・アラブ民族主義・イスラーム的ナショナリズムの中で、コプトがどのように位置づけられたのかが紹介された。その中で最終的に国民国家形成の基礎となったのはエジプト国民主義であり、その潮流の中から1920年代に古代エジプトにエジプト人の起源を求めるファラオ主義が高揚した。ファラオ主義の中でコプトを「ファラオの子孫」「生粋のエジプト人」と見なす傾向も見られたが、ファラオ主義自体が1930年代に後退し、アラブ民族主義に取って代わられた。
 発表の後半では、以上のようなエジプトのナショナリズムの動向を踏まえて、古代エジプト暦を踏襲したコプト暦の元旦を祝うナイルーズ祭の復興運動の展開が報告された。ナイルーズ祭には①ナイル川の洪水を祝う祭、②コプト正教会の殉教者記念祭という2つの性格がある。ナイルーズ祭は1884年にタードゥルス・シャヌーダ・マンカッバーディーによって設立された「コプト歴史再生協会」によって復興され、その後カイロの「タウフィーク慈善協会」に受け継がれ、1940年代まで行われていたが、古代からの祭りを復活したものではなかった。この「復興ナイルーズ祭」は「エジプト人」としてムスリムとの連帯の枠組みを創設する試みの一つと考えられる。発表者はそれがコプト側から行われた試みであることが重要であると指摘した。今後の課題として、コプト語復興運動や春香祭(シャンム・アル=ナスィーム)などと比較し、古代エジプトに由来する文化や習慣がエジプト・ナショナリズムの枠組みでどのように位置づけられているのか、またそれとコプトとの関係は何かを検討することが重要であると主張された。


 会場からは、コプト正教会とカトリックとの関係、エジプトのアラブ化とイスラーム化の中でコプト共同体がどのように生き残ってきたのかなどについて質問が寄せられ、議論が展開した。

文責:太田敬子(北海道大学大学院文学研究科・教授)


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