モロッコとアルジェリアにおける世俗化と世俗主義に関する調査研究
出張期間:2012年2月22日~3月4日
出張者:私市正年(上智大学外国語学部教授)
出張地:モロッコ、アルジェリア
いわゆる「アラブの春」の政変を受けて、モロッコでもアルジェリアでもさまざまな改革への動きがみられる。その改革の争点は、宗教と政治をめぐる関係である。
1.モロッコでは、昨年の下院議員選挙でイスラーム政党「公正発展党」が第一党になり、巷間ではモロッコでも、イスラーム国家の誕生、原理主義勢力の台頭、ベールやお酒に対する規制の強化などの発言が、警戒心のまじった論調とともに聞こえるようになった。このような問題を調査するため、モロッコJICA事務所の訪問と小畑所長との意見交換(2月23日)、ジャックベルク研究センターの訪問とKARIMA DIRECHE所長との意見交換(2月24日)、ムハンマド5世大学のABDELAHAD SEBTI教授、およびHALIMA FERHAT教授との意見交換(2月25)、公正発展党の本部訪問と聞き取り調査(2月26日)などを行った。その結果、暫定的ながら以下の結論を得た。(1)選挙における「公正発展党」の勝利は、イスラームの勝利ではなく、イスラームと政治を分離した政治選択がなされたことを意味する。その理由は、公正発展党は党綱領でイスラーム法に基づく国家建設をうたっていないこと。西欧文明や近代文明との調和を主張していること。(2)公正発展党と既存の政党との根本的差異は、公正発展党は、与党に入ったことはなく、その意味では腐敗や汚職からもっとも遠い政党とみなされたこと。(3)国民が選挙において期待したことは、イスラームへの回帰ではなく、腐敗と汚職の一掃であった。それが選挙において公正発展党の勝利をもたらしたのである。この点に関して、世俗主義的、文化的に西欧的な知識人が口をそろえて公正発展党の勝利を肯定的に受け止めていたことが意外であった。
2.アルジェリアは、いわゆる「アラブの春」の影響が及んでいないアラブ国の一つとみなされている。しかし、アルジェリアでも政治改革の動きがみられ、2012年5月10日に予定されている国民議会選挙では、多数の新政党が結成され、公正な選挙、透明な選挙の実施が期待されている。新政党の中には、イスラーム政党やアラブの春の特徴である、公正さや人間の尊厳や自由を看板とした政党が数多くみられる。一般に言われていることは、選挙の争点は、FLNやRNDといった既成の政権党がはたして与党を維持できるか、イスラーム政党の躍進はあるのか、ということであるが、これは表向きのように思える。今回の視察と聞き取り調査から明らかになったことは、国民の選挙への無関心さ、政治変革に対する期待の小ささ、政府(体制)の外国メディアに対する開放に対する消極的姿勢である。政府(体制)の政治的開放性に関していえば、チュニジアが国際的選挙監視団をかなり広く、自由に受け入れたのに対し、アルジェリアは国際機関(EU,アラブ連盟、アフリカ連合)しか受け入れない、あらかじめ決められた投票所しか選挙監視団の視察を認めない、という非常に閉鎖的な姿勢である。これで、公正で透明な選挙が行われるのか、国民を選挙へと関心を向けることができるのか。すでに、投票率の異常な低さを懸念する声があちこち(新聞、その他メディア)から聞かれる。また、個人的にアルジェリア人に聞いた限りでは、投票に行く、と積極的に答えてくれた人はほとんどいなかった。1988年暴動と90年代の内戦からまだ完全には立ち直っていないアルジェリア人の心情を慮ると、ある面、理解できるが、このような状況を見るとアルジェリアの政治変革にきわめて暗い展望をいだかざるをえなかった。1989年から91年までの、つかの間の「春」と改革のチャンスの喪失(失敗)は、アルジェリア国民の政治意識に重くのしかかり、諦観(何をやってもダメ)が覆っているようである。こうした判断は、アルジェ大学CREADの訪問とAROUS ZOUBIR教授、およびKACIMI MUHAMMAD教授との意見交換(2月28日~3月1日)、NAQD訪問とDAHO DJERBAL教授との意見交換(3月2日)、グリシンでの欧米研究者との意見交換(2月27日~3月3日)、ブーサーダでのRACHID OKAT氏(魚販売商人)へのインタビュー(3月2日)などから得られた。
3.モロッコの公正発展党の勝利と腐敗・汚職の一掃への期待、に関しては、世論の関心を腐敗・汚職の一掃の一点に向けることによって、王政の独裁と富の独占(世界長者番付で王族だけの順番では、ムハンマド6世は7位で2105億円)を隠し、民主化の要求をそらしているといえないか。アルジェリアの選挙では、FFS(政教分離を掲げる政党)が勝つのではないか、との声があちこちで聞かれる一方、イスラーム政党の連合(MSP,NAHDA,MRN-Islah)によってイスラーム原理主義の恐怖の再来(90年代のテロリズム)を意図的にあおる新聞(El Watan)も見られた。
しかし、アルジェリアで、イスラーム系政党がどの程度の議席をとるのか、は「アラブの春」における宗教と政治の関係を判断するもう一つの事例になるように 思う。その点で大いに注目している。
文責:私市正年(上智大学外国語学部教授)