SOIAS/SIAS共催研究会(2011年12月3日/上智大学)
「ユースフ・アル=カラダーウィーとハーリド・ムハンマド・ハーリド―『シャリーアの意図』から民主主義へ―」
報告者:勝畑冬実 (慶應義塾高校)
参加者:19名
このたびイスラーム地域研究上智大学拠点文科省事業公募研究「イスラーム社
会の世俗化と世俗主義」(SOIAS)と上智大学拠点(SIAS)「『イスラーム運動
と社会運動・民衆運動』研究グループ」は、下記のとおり、研究会を共催いたし
ます。
今回の研究会では、先日東京外国語大学で博士号を取得されました、勝畑冬実
さんにご報告をいただきます。
カラダーウィーとハーリド・ムハンマド・ハーリドの思想の分析を通じて、エ
ジプト思想界における世俗主義、イスラーム主義、中道派といった思想的立場を
再整理し、あわせて世俗主義、イスラーム主義、中道派といった分析概念そのも
のを再検討する報告となると思われます。ご関心のある方は、ぜひご参加くださ
い。
なお、市ヶ谷キャンパスはセキュリティ管理の都合上、事前に参加者名簿を提
出することとなっておりますので、参加される方は、お手数ではございますが、
11月30日までに、所属とお名前を明記の上、上智大学イスラーム地域研究機構
(ias-site[at]sophia.ac.jp)宛てにご連絡をお願いいたします。
※スパムメール対策のため@を[at]と表記しております。
記
日時:2011年12月3日(土曜日)14時-17時
趣旨説明:粕谷元(日本大学)
報告者:勝畑冬実 (慶應義塾高校)
コメンテーター:飯塚正人(東京外国語大学)
題目:ユースフ・アル=カラダーウィーとハーリド・ムハンマド・ハーリド
―「シャリーアの意図」から民主主義へ―
会場:上智大学「市谷」キャンパス 研究棟共同室601会議室
(JR中央線、東京メトロ有楽町線・南北線、都営地下鉄新宿線市ヶ谷駅 徒歩5分
または東京メトロ有楽町線麹町駅 徒歩5分)
*四谷ではございませんのでご注意ください。また、エレベーターは5階までと
なっておりますので、その先6階へは階段をご利用ください。
*会場の位置・経路の詳細については、以下をご参照ください。
http://www.sophia.ac.jp/jpn/info/access/accessguide/access_ichigaya
郵便局は、やや奥まった場所にございますので、ガソリンスタンドと河合塾
のある交差点を、それらと反対側にお入りください。
問い合わせ先:
上智大学イスラーム地域研究機構(SOIAS)
ias-site[at]sophia.ac.jp
※スパムメール対策のため@を[at]と表記しております。
---------
レポート:
2011年12月3日、上智大学市谷キャンパスにて、SOIAS公募研究「イスラーム社会の世俗化と世俗主義」の研究会が、SIAS「『イスラーム近代と民衆のネットワーク』研究グループ」との共催によりおこなわれた。会では、勝畑冬実氏(慶応義塾高校)が、今年、東京外国語大学に提出した博士論文をもとに、「ユースフ・アル=カラダーウィーとハーリド・ムハンマド・ハーリド―『シャリーアの意図』から民主主義へ」と題した研究報告を行った。その後、この報告に対するコメントとして、現代イスラーム思想の専門家である飯塚正人氏(東京外国語大学)より、世俗主義とイスラーム主義研究に関連する概念の整理と問題提起がなされた。以下、研究発表およびコメントの内容、参加者からの質問等について報告したい。
本発表で勝畑氏は、アズハル出身のエジプト人イスラーム学者であるハーリド・ムハンマド・ハーリドとユースフ・アル=カラダーウィーが抱いていた民主主義思想の比較対照を通じ、「イスラーム主義」と「世俗主義」など本研究会の核となる概念の再検討を行った。アル=カラダーウィー(1926年~)は、中道派として知られる著名なイスラーム学者である。学生時代にハサン・アル=バンナーの思想に薫陶し、ムスリム同胞団の活動に参加し始めたものの、1949年の逮捕・投獄後は一線を画している。1970年代より活動の拠点をカタールに移し、近年はインターネットやテレビの衛星放送を利用したファトワー相談などを通じ、一般信徒のイスラーム教育に尽力している。一方、ハーリド(1920~1996)もカラダーウィーと同様にイスラーム法学部の出身であるものの、1950年にデビュー作の『われらここより始めなん (Min Huna ... Nabda’u)』を刊行して以来、「世俗主義」に傾倒した思想家として知られるようになった。社会主義や政教分離を掲揚する著作を多く発表したことからナセル大統領に大変気に入られたが、ハーリド自身はナセルの圧政を痛烈に批判し、民主主義政権の樹立の必要性を主張したという。1967年以降、エジプトの左派系知識人の多くが社会主義からイスラーム主義に転向したように、ハーリドも1981年に『イスラームにおける国家(al-Dawla fi al-Islam)』を発表した際に、自身の処女作での見解を撤回し、民主主義を実践する「国家こそが『イスラーム国家』であり、憲法はクルアーンである」とし、イスラームと民主主義の精神は矛盾しない点を強調した。
これまでの現代イスラーム思想研究において、この二人の思想は、「世俗主義」と「イスラーム主義」として分類されてきた。しかし、勝畑氏はカラダーウィーが自身の著作において、ハーリドの見解に依拠したイスラームと民主主義に関する議論を展開している点を指摘し、先学による二分法的なアプローチの問題性を提起した。また、「シャリーアの意図(maqasid al-shari‘a、『クルアーン』やスンナに明示されていない問題について、法学者が判断を下す際に考慮すべき「法の目的」)」とマスラハ(公共の利益)の位置づけをめぐる議論の考察し、2人の思想的類似性を提示した。ムハンマド・アブドゥに代表される現代的な改革主義的イスラームの文脈において、イジュティハードと同様に、「シャリーアの意図」も積極的に援用する傾向が強まったと言う。ハーリドは『民主主義を守って(Difa‘a ‘an al-Dimqratiya, 1985)』において、シャリーアの意図の実現するためにも、複数政党制や言論の自由を保障する民主主義制度の導入が必須であると論じた。同様に、カラダーウィーも「『シャリーアの意図』たる良きものが民主主義によって実現されるなら、民主主義の受け入れが必要だ」と主張している。よって、先行研究において思想的に相反する立場にあるように位置付けられている2人だが、勝畑氏の精緻なテキスト分析により、民主主義と「シャリーアの意図」の関係性においては非常に類似性の高い議論を展開していることが明らかになった。また、これまでの現代イスラーム思想研究では、カラダーウィーはラシード・リダー(1865-1935)の思想を、ハサン・アル=バンナー(1906-49)とムハンマド・アル=ガザーリー(1917-96)を経由して継承していて、ガザーリーとハーリドは思想的に対立した立場にあると考えられてきた。一方、勝畑氏の研究は、リダーからハーリド、そしてカラダーウィーと現代イスラーム思想の系譜を再考する必要性を提示している。
続いてコメンテーターの飯塚氏が、本報告を現代イスラーム思想研究に位置付けた上で、問題提起を行った。ハーリド・ムハンマド・ハーリドは政教分離を提唱した思想家として1950年代に知名度が高まったものの、これまで包括的な研究がなされてこなかった点を指摘し、勝畑氏の研究の稀少性を強調した。その上で、ハーリドとカラダーウィーの間に思想的類似性が見られるとは言え、各人が誰に対して自身の言説を構築しているのかを、歴史的文脈に注視しながら考察する必要性があるとした。また、イスラーム主義と世俗主義の関係性を論じるに際し、イバーダート(神と人間の関係についての規定)の不変性に対し、可変であるとされるムアーマラート(人間関係についての規定)の可変性の範囲についての見解が法学者によって大きく異なるため、この点に着目して分析することの重要性を指摘した。
他の参加者からも、アリー・アブドゥッラーズィク(1888-1966)とハーリドの関係、ハーリドの民主主義の具体的な内容、文献に記された「思想」と行動の関連性など、多くの質問とコメントが寄せられた。また、エジプトはコプト教徒が多くいることから、ムスリム思想家が掲げるイスラームの語彙を戦略的に援用した「世俗主義」と、コプト教徒や左系知識人が目指す、公的領域におけるイスラームの排除という意味での「世俗主義」の違いについても議論された。現在、エジプトにおいて民主化への期待が高まる中、ハーリドやカラダーウィーの思想を通じ、中東地域の世俗主義とイスラーム主義の特性について再考する有意義な機会となった。
文責:相島葉月(国立民族学博物館)