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上智大学イスラーム地域研究機構

 活動報告

Moch Nur Ichwan氏講演会(2011年2月25日/上智大学)

場所:上智大学市ヶ谷キャンパス601号室(プロジェクト共同室)

発表:Moch Nur Ichwan氏(スナン・カリジョゴ国立イスラーム大学)

 上智大学イスラーム地域研究機構公募研究「イスラーム社会の世俗化と世俗主義」は、2011年2月25日に上智大学市ヶ谷キャンパス601号室(プロジェクト共同室)において、インドネシアからMoch Nur Ichwan氏(スナン・カリジョゴ国立イスラーム大学)を招いて研究会を開催した(時間:15時~17時)。出席者は18名であった。Ichwan氏は、制度的側面からインドネシアのイスラーム化の研究を進めており、本報告は、インドネシアのムスリムの間で世俗化及び世俗主義がいかに議論されてきたか、インドネシアのムスリムがパンチャシラをいかに認識しているかを考察するものであった。報告の概要は以下の通りである。
 インドネシアでは、世俗化及び世俗主義をめぐる議論は、パンチャシラと呼ばれる折衷主義的なイデオロギーを生み出した。パンチャシラ(国家原則)は、「唯一神への信仰」をその中に包含するとともに民主主義、人道主義などの近代的・世俗的な価値も含んでいる。パンチャシラは、世俗主義、イスラーム主義のいずれも否定しておらず、両者を統合するイデオロギーとなっている。
 インドネシア初代大統領スカルノは、ケマル・アタチュルクやアリー・アブドゥッラーズィクの影響を強く受け、イスラームと国家の分離を主張した。これに対して、アフマド・ハサンやモハンマド・ナーシルなどの宗教指導者たちは、「イスラームは現世の生活と来世を包括的に規定する宗教である」と唱え、スカルノと対立した。独立準備委員会における議論では、スカルノの掲げたパンチャシラが国家原則として採用された。他方、アフマド・ハサンやムハンマド・ナーシルなどによるイスラーム国家建設の主張は退けられたが、イスラーム法重視の要求に見られるように保守派の抵抗は根強く続いた。スハルト政権期(1966-98)には、ヌルホリス・マジドのようにパンチャシラを擁護する知識人が現れる一方で保守派の反発も強まった。
 スハルト政権崩壊後は、民主化の進展によっていくつかの潮流が顕著になった。第一に、リベラル・イスラーム・ネットワーク(JIL)の設立が挙げられる。このネットワークの主な担い手は、ムスリム知識人であったが、人権、表現の自由、多元主義、民主化、世俗化などを掲げ、その活動の目的は必ずしも宗教ではなかった。第二に、イスラーム国家建設の要求を含む急進的なイスラームの活発化が挙げられる。この動きの中には、パンチャシラそのものを否定する言動もあったが、他方でナフダトゥル・ウラマーやムハンマディーヤなどのような穏健なイスラーム団体の大半は、現行のパンチャシラを彼らのイデオロギーの基盤に据えている。以上のように、インドネシアのパンチャシラは現在、過渡的な状況にあり、パンチャシラ強化の方向に向かう可能性もあれば、弱体化に向かう可能性もある。


 以上の報告の後、Ichwan氏と出席者の間でいくつかの質疑応答があった。主要な論点となったのは、リベラル・イスラーム・ネットワーク(JIL)の活動を報告者自身はどう評価しているのか、インドネシアにおける宗教(イスラーム)と世俗の関係は、他のムスリム諸国と比較した場合、どのような特徴があるのか、という点であった。前者についてIchwan氏は、リベラル・イスラーム・ネットワークの活動について、インドネシアのムスリムはあまり世俗主義/世俗化というタームを使うのを嫌う傾向にあるのに対して、JILはその世俗的な言動のために社会的な影響力は限定されていると指摘した。後者については、トルコにおける宗教と世俗の関係との比較が議論された。それに付随してムスリム諸国において、世俗主義/世俗化の議論で用いられているタームについての比較・検討も議論された。その他、宗教と国家、宗教と政治、宗教と社会の関係などが議論された。中東研究者の目から見ると、インドネシアにおいては、宗教(イスラーム)と世俗化/世俗主義の関係というよりは宗教と政治/国家の関係について一定の合意が出来ており、その合意の範囲内でゆるやかに議論が行なわれているという印象を受けた。



文責:茂木明石(上智大学)

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