『知っていると思い込んでいることを学び直す』
進路区分 | 就職(企業) | ||
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進路先 | NTTコミュニケーションズ株式会社 | ||
氏名 | 原田 智輝 | ||
メジャー | アジア研究 | マイナー | 市民社会・国際協力論 |
入学 | 2018年4月 | 卒業 | 2022年3月 |
内定先を選んだ理由:
志望していたICT業界の中で、NTTコミュニケーションズがよりスケールの大きな仕事ができると感じたからです。私は就職活動を行うにあたり、「人々の未来の生活を考えたい」という想いを大切にしたいと考えており、近年のICT技術の発展にその想いを実現できる可能性を見出しました。この「人々の未来の生活を考えたい」という想いが生まれたのは、学生時代に様々な国や都市を旅する中で、地域ごとの生活様式の違いに衝撃を受けたことがきっかけです。このようなインパクトを「より多くの人々」に与えることが、自分が多くの時間を割いてでも成し遂げたいことだと思い、これを軸として就職活動を行なっていました。その点において日本国内に留まらず、グローバルに事業を展開するNTTコミュニケーションズは、「より多くの人々」の生活に影響を与えられると思い志望しました。
FGSでは、兎にも角にも「多角的に物事を捉える視点」の大切さを学ぶことができたと思います。「多角的に物事を捉える視点」とは、幅広い学問領域をカバーするFGSの学びそのものと言えます。例えば、入学前の私は宗教に対して良いイメージを持っておりませんでした。そればかりか、証明され得ないことを信じて争いを引き起こすのであれば、宗教など無い方がいいとまで思っていました。しかし、FGSの授業でメディアが「宗教紛争」と報じるような事象は、実際には政治的な利害が絡むものであったり、歴史的な亀裂が絡んでいたりするものであることを学び、自分の無知と偏見を恥ずかしく思いました。加えて、ゼミの教授に「なぜムスリムになったのですか」と尋ねたところ、「マレーシアに行った時に彼らが幸せそうに見えたから」という答えが返ってきた時には、自分の宗教の捉え方自体も一面的であったことに気づきました。振り返ると、大学4年間はこのように自分の物事の捉え方を反省し続ける日々だったように思えます。
知らない事を知ることは確かに勉学の本筋かもしれません。しかし、知っていると思い込んでいる事を学び直すことは、それ以上に大きな意味を持つと私は思います。FGSでの学びとは、常に別の角度から物事を見ることを促すものであり、学問としての学びを超えた学びをこの4年間で得られたと感じます。
FGSを目指す皆さんに伝えたいこと:
あくまで私個人の意見ですが、FGSを目指す皆さんに伝えたいことは以下の二点です。
① 大学は自分で問いを見つける場所
大学での学びは、高校までのそれとは別物です。決められたレールの上で競争し、決められた問いに対して明確な答えがある高校までの学びとは違い、大学での勉強は周りと比べる必要はなく、自分自身の興味関心に従って進めなくてはなりません。テストの成績が社会の評価につながるのは高校までであり、大学で評価される学びとは自分で「問い」を見つけ、答えを不完全でも導き出す努力をすることです。自分なりの「問い」を見つけられずに、受動的に勉強するままでは大学での学びはひどく退屈なものになってしまいます。特にFGSではその傾向が強く、幅広い学問領域をカバーする学部であるからこそ、「問い」を様々な角度から検討できる反面、自分の「問い」がなければただ広く浅い勉強で終わってしまいます。大学では「勉強が人より得意だ」という思いはかえって勉強の妨げとなるので、謙虚にゼロから学ぶ気持ちを持ち続けることが大事だと思います。
② 行動する人との出会いを大切に
何らかの信念を持ち行動して外に発信する人は、時に周囲から冷ややかな目で見られてしまいます。私自身も、恥ずかしながらそのような人々を「意識高い系」と一括りにし、冷ややかな目で見ていた時期もありました。しかし、その姿勢は小さな優越感以外の何物も自分に与えてくれません。
FGSの学生は主体的に行動する人が多いです。私も入学当初は抵抗があったのですが、一度勇気を持ってそのような人々と関わってみると、自分が全く知らない世界があることに気づき視野が広がりました。個人的な意見ですが、何も行動せずに上から人を評価する人よりも、自分なりの正しさを信じて悩みながらも行動する人の方が格好いいと思います。ぜひ、FGSを目指す皆様には「行動する人」と出会い、自身も「行動する人」になって欲しいと思います。また、そうなれる環境がFGSにはあると思っています。