留学・国際交流

高校生の頃から憧れだったタイ留学

参加学生氏名:
千田 雪桜
メジャー:
アジア研究
入学年度:
2021年度
渡航年度:
2023年度 秋学期
種  類:
交換留学
渡航先国 :
タイ王国
企業・受入先:
The Bachelor of Arts Program in Economics (EBA), Chulalongkorn University  

何でタイ?

私がタイを好きになったのは高校2年生の時です。母と2人でタイ旅行に行った時に、人々の温かさに完全に魅了されました。その後高校3年生の時に、タイで王室批判デモ活動が盛んに行われているというニュースを見て「王様のこと尊敬するんじゃないの…!?」と私が抱いてきたイメージとのギャップに衝撃を受けました。以来タイの王室批判問題や政治について関心を持つ中で、漠然とチュラロンコーン大学には憧れを持ってきました。世界史の資料集に載っている王様の名前が使われた権威ある大学だからです。そこでチュラロンコーン大学と協定校を持つ大学を志望校に考え、東南アジア地域研究を学ぶ環境がある上智大学総合グローバル学部に入学しました。
チュラロンコーン大学正門前

大学に入学後は政治経済や市民社会など色々な勉強をしてきましたが、タイへの関心は揺るぎませんでした。一方で現地に関するニュースや論文を読む中で、どこか表面的なことを学んでいる意識がありました。特に王室や政治に対する考え方は人によって大きく異なるため、色々な人の意見を聞く必要があると考え、留学を決意しました。

留学準備において大変だったことは2つあります。

1つ目はモチベーションを保つことです。漠然と留学に行きたいとは思っていても、留学手続きは約1年前から始まるので計画立てて行動する必要があります。しかしコロナで留学に行けない時代が続き、バイトに明け暮れ、就活も早期化する中で本当に留学に行くべきなのか分からない時期もありました。結局TOEFLや書類作成準備を行ったのは出願締切の2か月前だったので全てギリギリで大変でした。
2つ目は諸々の準備を基本的に全て自分で行う必要があることです。私の場合、派遣先大学が決まったらすぐに奨学金申請のための書類や面接準備が始まりました。さらに在留資格(ビザ)取得や寮手配のやり取りも全て自分で行う必要があり、情報収集に苦労しました。

現地に行って学んだあれこれ

留学先では経済学部に所属しましたが、他学部履修を行い幅広い授業を選択しました。特に印象的だった授業はタイ語(Basic Thai for Foreigners)と汚職防止に関する授業(Economics for Anti-Corruption)です。
留学生向けの初級タイ語授業では、様々な国からの留学生と英語でタイ語を学びました。授業では日常生活で用いられる表現を沢山学んだので、授業後すぐに実践していきました。そうすることでタイ語を少しずつ話せるようになり、大学外の人とも交流の幅を広げることができました。タイにはタイ語が少し話せるだけでとても喜んでくれる方が多いので、良い思い出を沢山作ることができました。
汚職防止に関する授業ではタイに存在する大きな問題をタイ人の教授と生徒と一緒に踏み込んで考えることができました。中間・期末試験ではグループ・ディベートやグループ・プレゼンテーション、エッセイが課され、常に学んだことを日常生活で落とし込んで考え続けました。友人と議論する中で色々な気付きを得ることができ、タイ社会の問題性をより深く理解することができたと思います。 期末プレゼンテーション後にグループメンバーと

またタイの大学の授業は日本よりもアクティブでした。一つの授業は50人前後と少人数で、授業内で議論の時間も多く、グループ課題も必ずあります。「タイの東大」と呼ばれるのを痛感するくらい優秀で英語を母国語のように話す学生に囲まれ、当初は自分との差に落ち込むこともありました。しかし友達や教授を頼り、常に励ましてもらえたおかげで次第に授業のディスカッションや試験を乗り越えることができ、自信に繋がっていきました。他人に寛容で良い意味で多くを気にしない社会の中で、すこぶる明るくて面白い友人に恵まれたおかげで、自分自身の性格も明るくオープンになり、良い影響を沢山受けたと感じています。

大学外ではタイ政治と泰緬鉄道に関するフィールドワークを行いました。
当初タイの王室批判問題に関心があり留学を決めましたが、不敬罪が存在する中で調査の限界に直面しました。しかしできる範囲で情報収集を進める中で、昨年5月の下院選挙で注目を浴びた前進党の元党首ピター氏が登壇するイベント情報を入手しました。実際に行ってみると熱狂的な支持者の様子やピター氏のポピュリズム的な振る舞いも垣間見られ、強く関心を持ちました。さらに政党や支持者に関してSNSを通じて調査を進めると、前進党オフィスにカフェが存在することを知りました。そこでは政党カラーを上手く使ったドリンクやグッズ販売、議員と支持者の交流ができるトークイベントが行われていました。この調査を通して私の抱いていた「政治」のイメージとはかけ離れたタイの様子や、ニュース記事を読むだけでは見えてこない支持者の動きを学ぶことができました。
泰緬鉄道は第二次世界大戦中に日本軍が連合軍捕虜やアジア人労務者を強制労働させて建設した鉄道のことです。大学2年生の頃レポート課題で扱った時に自分自身の価値観を180°変えさせられるほど衝撃を受けた事象でした。そこで留学中は橋が現存する「カンチャナブリ」という街に3回訪れ、全ての博物館や跡地に足を運びました。博物館の展示内容や継承のされ方、当時の爪痕が残る「ヘルファイアパス」で感じた過酷な労働環境、訪れる人々の様子や日本人として向けられる視線、街全体の観光地化のされ方などを目で見て肌で感じました。泰緬鉄道に限らず、他の国の留学生と歴史認識について話すこともありました。このことから日本の歴史教育の問題性を痛感すると同時に、自分自身も知らないことがまだまだあると気付かされました。

フィールドワーク以外にも長期滞在を活かしてたくさんの場所に旅行に行きました。タイはバンコクのイメージが強いと思いますが、地域によって文化や歴史、建造物、食事など大きく異なるので、その場所その場所で様々な発見があり面白かったです。タイは旅費や滞在費が安く、色々な所に足を運びやすいことも大きな魅力だと思います。

留学後の学びと変化

留学で学んだ大きなことは「現地に行ってみないと分からないことは想像以上にたくさんある!」ということです。地域研究においてFGSの教授がその地域の言語を学ぶことや現地に足を運ぶことの大切さを常々強調されている理由を本当に理解できました。私自身もタイ語はまだまだなので現地で色々なリサーチに苦労しましたし、不敬罪の壁にぶつかって研究テーマを変えるという決断も迫られました。しかし「前進党とその支持者に着目する」という新たな関心テーマもタイに行っていなかったら見出せていなかったと思うので、やはり留学して良かったなと思っています。今後は新たな関心テーマをより多方面から調べ、卒業論文の執筆に役立てたいです。
また内面の変化としては色々な意味で図太くなったと感じています(笑)。留学前は周りの目を気にしていた自分も、今では堂々と自分の意見を言えるようになりました。それは全て留学中に挫折や葛藤や挑戦にぶつかる中で、周りの人達に支えられながら日々小さなチャレンジを乗り越えてきたからだと思っています。またタイには優しい方が本当に多いですが、一方で建て前無しに自分の思ったことははっきりと主張する人が多かったです。そのような環境で過ごす中で、自己主張する力やバイタリティが身に付きました。

さらに、留学を通してタイと日本の懸け橋になりたいという夢が強まりました。まだ現在就職活動中なので自分自身の中でも模索中ですが、将来は何らかの形でタイに駐在や出張で行きたいと思っています。もちろん旅行でも何度でも行きたいと思える、そんな居心地が良くて素敵な場所です。就職活動が終わったらタイ語の勉強ももっと頑張って、さらにローカルにどっぷり浸かれるようになりたいです。

FGSで留学を目指す皆さんに伝えたいこと

上智大学には英語圏だけでなくアジア圏にも協定校が沢山あり、幅広いチャンスが与えられていると思います。またFGSには自分の学びたいことを追求できる環境があり、さらにそれを応援してくれる教授や友達も沢山います。それぞれが自分なりの関心や熱意を持っていて、互いに学び合える刺激的な環境です。そのためFGSでの学びを通して少しでも何か興味関心を見つけたら、臆せず色々と挑戦してみてください。留学もその手段の一つだと思うので、前向きに頑張ってください!

また私のように地域研究を専攻にしている(しようと思っている)方は、ぜひ関心地域に留学してみてほしいです。現地で常にアンテナを張って、色々な場所を訪れ観察してみるだけでも沢山のことが見えてきます。きっと座学では得られない学びがあるはずです。皆さんの挑戦を陰ながら応援しています!

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