留学・国際交流

人生で最も濃い1年間

参加学生氏名:
高橋 智路瑠 
メジャー:
国際政治論
入学年度:
2020年度
渡航年度:
2021年度秋学期 〜2022年度春学期
種  類:
交換留学
渡航先国 :
アメリカ合衆国
企業・受入先:
University of North Carolina at Charlotte

留学準備

私は、中学生の頃から英語を学ぶことが楽しくて仕方がありませんでした。英語力が上がるにつれて、留学をして英語力を向上させたいという気持ちが増していくと同時に、せっかく留学するならある程度能力のついた段階で、長期間、現地の人のように暮らしてみたいと思うようになり、大学生になって1年間交換留学することを短期的な目標として英語の勉強に励んできました。そういった経緯から、グローバルな環境、そして留学制度が整っている上智大学に進学することを決めました。そして、FGSで学ぶ中でアメリカ政治に関心を持つようになり、語学面に加え、地域の現場からみたアメリカ政治に触れてみたいと考え、アメリカに留学することにしました。

交換留学のための具体的な準備は大学1年生の頃から始まりました。交換留学をするためには、大学のGPAとTOEFLのスコア、また、グローバル教育センターとの英語の面接が必須です。大学のGPAに関しては、日頃の講義に真摯に取り組むことを心がけていました。TOEFLに関しては、スコアによって、留学申請が可能な大学が選択できるため、高スコアを取ることで、選択肢の幅が広がります。しかし、独特な出題形式であることもあり、なかなか慣れず、スコアが伸び悩んでいました。そういった中で、英語のPodcastを隙間時間に聞くことで、英語を英語のまま理解することを意識して、リスニング力の向上に努めました。そして、大学1年生の秋頃に大学に留学を希望していることを申請し、無事、留学許可を大学側からいただきました。

しかし、そんな留学への期待の気持ちとは裏腹に、私が渡航を開始する予定だった2021年の夏は、新型コロナウィルスが猛威を振るっており、一度は大学側から留学中止を告げられました。気持ちが沈む毎日が続きながらも、新聞などで自ら情報を探すことを繰り返す日々でした。大学の特別留学措置に応募し、有事対応策のレポートを作成して、安全管理を万全にしたり、当時は取得することが難しかったワクチン接種券の取得に奔走しました。その他にも想定外の事態がありましたが、これらの経験を通して、コロナ禍においてだからこそ全てを自分の責任において全うすることをより意識するようになりました。

私を変えた留学生活

私が留学していたノースカロライナ州のシャーロットは、東海岸のワシントンDCの真南にある全米第2位の金融都市です。Bank of Americaの本社があるなど、ニューヨークに次ぐ金融の街で都会的な雰囲気を持ちながらも、車で少しドライブすると同じ州内でも山や海などがあって自然豊かであるほか、NASCARがあったり、街中に美術館がある文化の中心地でもある治安の良い街です。そんなシャーロットでの1年間の留学を通して、自分の殻を破って学んだこと、得たことをここでは紹介したいと思います。 留学先大学の看板の前で

ノースカロライナはアメリカでは「南部の玄関口」と呼ばれており、南部特有の「サザン・ホスピタリティ」というものが人々に染み付いています。「サザン・ホスピタリティ」とは人に対して親切に温かく迎え入れるという南部の地域文化、おもてなしの心です。人々がとてもフランクで、みなさんが私を温かく迎え入れてくれました。日本人がほぼいないこの街で私もそういった地域文化の恩恵を味方に積極的に色々な人に話しかけるようになりました。そこから話を始めて意気投合し、ご飯に誘われたりと自分の友達の輪が広がっていくのを実感する日々を送りました。

一方で、ニューヨークやロサンゼルスのような大都市ではないことに加え、南部という土地柄から、私自身がアジア人であること、留学生というマイノリティであることを実感しました。学生の多くが白人やアフリカ系であり、私が受講していたEthnic Conflictの講義は、少人数の授業なのですが、アジア人が私1人ということもありました。留学当初は、周りの学生が積極的に発言する中で自分から発言することに抵抗をもっていました。しかし、日本の民族問題について発表したときに、発表に対する質問が絶えなかったことから、日本で育った私だからこそ、授業を受けている学生に与えられる視点があることに気づきました。この出来事がきっかけとなり、私が留学生としてこの授業を受講している学生に与えられる価値は何かを考えたときに、物怖じをしていることが勿体無いと思うようになりました。授業にいる学生と親しくなるにつれ、手を挙げて発言をすることへの抵抗は消え、この授業をきっかけに他の授業でも自分の意見を言えるようになりました。
また、日本で教育を受けてきた私は、アメリカで育った学生と比べると、アメリカの歴史の知識が浅く、最初は授業についていくのに必死でした。教授にそのことを相談したり、授業を通して仲良くなった友人と図書館で勉強するセッションで私が分からないことを友人に噛み砕いて説明してもらうなどしたことで、勉強とプライベートを両立できるようになったことに加え、友人と話すことを通してネイティブの英語に慣れ、一石二鳥でした。 留学生たちとSt. Patrick’s Dayをお祝い

自分から動かなければ何も変わりません。黙っていても誰も助けてくれないし、誰も何もしてくれません。留学を通して、自分から積極的にアクションを起こすこと、そうでないと何も変わらないということに気づかされ、授業や交友関係などあらゆる面において挑戦する、自分から行動するようになりました。必要な時は周囲の人に助けを仰ぎつつ、時には自分が誰かを助け、いかなる困難も克服し、生き抜く自信をつけることができました。

留学後の変化

この留学は、私自身を変えただけでなく、私の人生そのものを変えました。中でも、世界中に友人ができたことは、一生の財産であると考えています。私は現地のアメリカ人だけでなく、ドイツ、スペイン、オランダや韓国などから来た留学生とも交流があり、よく共に時間を過ごしていました。私は彼らとの交流を通して自分の固定概念を破ることができるようになったと感じています。日本でずっと育ってきた私は、無意識のうちに日本で起こることが当たり前のように感じ、小さなことでさえも日本の当たり前に当てはまらないものが不思議だと思いがちでした。しかし、彼らとの出会いを通して、自分の視野の狭さを思い知ると同時に、どこか遠い世界のように感じていた様々な国のニュースが身近に感じられるようになりました。世の中の出来事にアンテナを張るようになり、世の中の課題を自分ごととして捉えるようになったことは私の中の大きな変化です。

彼らとの友情は留学中だけで終わるものではありません。私にとって、留学中にできた友人はこれから先も共に成長していきたいと思わせてくれる友人たちです。そんな彼らとは留学後1年以上経った今でも、互いの国に行き来したり、電話をするほどの仲です。この経験は、帰国後の大学での交友関係にも多大な影響を及ぼしています。
私は今年の春から社会人となり、今までのように互いの国を訪れたり、時差の関係で電話をすることや、頻繁に会うことが難しくなると考えられます。しかし、実際に会う機会が減ってしまうとしても、SNSが普及した現代の恩恵を存分に受け、定期的に連絡を取り合うなど、在学中に築いた友情や関係を大事にしていこうと心に決めています。そして、今後の人生においても彼らに限らず、人との出会いに感謝して大切にし、その交友関係のネットワークを広げていきたいです。

留学を目指す皆さんに伝えたいこと

留学は、言語、文化、価値観などが全く異なる環境に飛び込んでいくので辛いことがつきものです。しかし、上智大学には、生徒の挑戦を大きく後押ししてくれる環境が整っています。私自身、コロナ禍という逆境の中でも留学の夢を後押しして下さった教授陣、スタッフの皆様や両親の多大なバックアップのお陰で、辛いこと以上に、楽しいことの思い出の方が鮮明に残っています。私はこの留学をして本当によかった、シャーロットを選んで良かった、そして何よりもFGSで学べたことを心から感謝しています。それくらいの思い出、自分の視野が広がる変化があり、その後のゼミでの学び、人との関わり方や自分の価値観に多大な影響を与えています。留学に少しでも挑戦したいという気持ちがあるのなら、挑んでみるべきです。自分の甘さと世界の広さを知ることができると思います。

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