留学・国際交流

「未知の国へ自分を連れ出す」

参加学生氏名:
小泉 咲子
メジャー:
アジア研究
入学年度:
2014年度
渡航年度:
2017年度夏季休暇(8-9月)
種  類:
インターンシップ
渡航先国 :
インドネシア(ジャカルタ)
企業・受入先:
ICONIC INDONESIA(仲介を通さず自分で応募)

内定先の会社は、社内公用語が英語であるため、夏休みを利用して英語をブラッシュアップしたいと思い渡航を決めた。何かしらの機関や仲介を通さずに行ったため、ネットを利用して自分で現地の情報収集をした。また、休学して1年留学することも視野には入れたが、私は高校でも1年留学を経験し、学年を1つ落として大学に入っている。そのため、大学でも休学すると計2年卒業が遅れることとなり、それは就活にマイナスの影響が出てしまう、と言われたことがあった。しかし、海外に行くことはどうしても諦めることができなかったため、学生生活最後の夏休みを利用してインターンをすることに決めた。

卒論ではインドネシア人家事労働者について書いているため、インドネシアの経済状況や企業などあらゆる業界に携われる会社でインターンをしたいと思い、日本人がベトナムで起業した人材紹介会社「ICONIC」のインドネシア支社に応募した。 社員は20人前後、CEOは日本人で日本人スタッフも3名いたため、日本語と英語両方使いながらの仕事だった。
業務内容は、日系企業のジャカルタ支社に営業に行き、人材を募集しているか否かを聞き出す。募集している場合は、給与やスキルなど条件にあった人を探し出し、いい人材がいれば紹介していく。中には宗教や出身地を指定してくる人事の方もいらっしゃった。

日系を含め外資のインドネシア進出は、国の発展の手助けをしているということを感じた。外資の国境を越えた進出は、単に人件費を安く抑え利益を儲けていくビジネスではなく、途上国の発展の手助けをしているのだと、スタッフの方が教えてくださった。途上国に工場をおくと人件費が安いため、外資企業は利益を儲けるとまた他の国へ移動しビジネスを展開していくイメージがある。しかし、ジャカルタから車で 1 時間ほど西のほうへ行ったところにある MM工業団地(丸紅が開発)の町工場のような小さな工場に営業に行ってみると、インドネシア人を採用することにより、現地の雇用の創出を実現しているのだと感じたりした。単にお金儲けのビジネスをだけをするのではなく、ローカルの人の手助けにも貢献していると感じた。

インドネシアで1人で生活するにあたり、自分の全行動に緊張感と責任感を持たなければならないことを学んだ。休日は、日本人女性1人で町中を歩いていることを忘れずに行動し、常に緊張感があった。仕事中は、電話でアポを取れた時は訪問先の事業内容をネットで下調べをし、ネットには答えが載ってないような質問をするように心がけた。インドネシアでの生活を通し、将来東南アジアに住みたい気持ちが更に高まった。将来「国境を越えて活躍できる人になる」と心に決めたインターンシップであった。
たったの2か月であってもやはり途上国で一人で生活するのは恐ろしかった。インドネシアをはじめ他の東南アジアの国やアフリカへ旅行したことがあったが、やはり生活となるとわけが違う。毎日ハラハラドキドキしながら公共機関にのって通勤したり、毎食屋台で食べたりしたのは今になってはいい思い出である。強制的に新しい環境に自分を連れ出す楽しさを学ぶことができた。

インドネシアの伝統模様「バティック」(batik)工房に訪れた時のものです。白い一枚の布に好きな模様のスタンプを押し、すべて手作業でろうけつ染めをしてもらいました。世界に一つだけのハンカチが完成しました!

お世話になったインターン先の写真です。日本に関心があるスタッフが多く、一緒に屋台で食事をしたり、オランダ大使館でのイベントにも一緒に遊びにいくなど、プライベートでもたくさんお世話になった人もいます!

FGS を目指す皆さんへ:高校在学中 1 年間フランスに留学し、フランス語を死ぬ気で勉強しました。そこでの努力や辛いことは受験での大きな力になりました。FGS には自分と似たようなバックグラウンドを持つ子が多く、とても刺激的です。自分がその気になればどんなことにでも打ち込める環境が整っています。上智には様々なプログラムがあるのでいろんなことにトライしてみてください。そうすれば人生が変わるようなチャンスがやってきます。一度っきりの人生は刺激であふれていたほうがおもしろいと思います!

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