第3回国際比較班研究会参加報告記

研究協力者 木下昭先生による研究会参加報告です
2016.04.04

国際比較班第3回研究会参加報告記

 木下 昭

 本研究班の趣旨は、帝国支配の終わりに伴い発生する引揚げ現象の国際比較にある。今回の報告会でも、多様な事例から様々な知見が取り上げられた。まず、それぞれの報告を簡潔に紹介したい。

 初日(3月6日)の西脇靖洋報告(「ポルトガル語圏諸国間における人の移動とポルトガルの移民政策」)は、15世紀以降今日までの長期に渡るポルトガルと(旧)植民地との間の人口移動をまとめた。時代の変遷のなかで、ポルトガル、植民地双方の出身者の行き来が影響を与え合う様が示されたが、本研究会の主要な事例とは時代背景が異なる、1822年のブラジルの独立及び1970年代中盤のアフリカ植民地の独立を、どのように本比較研究に組み込むかが課題として提示された。

 続く松浦雄介報告(「フランス引揚げ研究の現状と課題」)は、フランスの引揚げに関するこれまでの研究を、その周辺領域を含めて明快に整理し、掘り下げるべき論点を抽出した。本報告の事例として注目されたのは、アルジェリアをはじめとして、アフリカの脱植民地化・引揚げが記憶される一方、インドシナのそれは、記憶されていない点である。これに関してはベトナム戦争研究者の側から、有効な知見を見いだすことができるかもしれない。

 特別報告(Steven Ivings “Repatriates and the Postwar Economy: a comparison between Germany and Japan”)は、日本とドイツの引揚げの比較という、本研究班のまさに中心的事例を扱ったものであり、大いに刺激を与えるものであった。とりわけ議論となったのが、引揚げた移住者の社会統合に関して、独日どちらがより早期に進展したのか、そしてそもそも「統合」の指標とはなにかである。「統合」が、本プロジェクトの比較において重要な概念であるため、そのとらえがたさは大きな課題となる。

 共同研究は往々にして「名ばかり比較」に陥ることがしばしばあるが、本研究班には、「川喜田モデル」があり、その懸念はない。そのモデルのさらなる発展の道筋をつけたのが川喜田敦子報告(「ドイツにおける「追放」と統合―国際比較のための試論」)である。その意図するところは、多国間比較をより有効にするための視座を提起することである。そこで、第二次世界大戦後のドイツを事例に、住民移動に関する協定や戦時の特異性、社会経済的動機の存在、そしてナショナル・バイアスと引揚げ(追放)および記憶との関係を論じた。

 上記のように、初日は本研究プロジェクトの中核部分に深く関わる報告が大部分を占めたが、二日目(3月7日)はそれとは距離があるアメリカを中心とした報告がなされた。最初の木下昭報告(「アメリカによるフィリピン統治:引揚げなき植民地支配の終焉と教育」)では、フィリピンを事例として、アメリカの植民地支配の終わりを論じた。引揚げのないこの事例をどう扱うかが大きな課題となる。研究の方向性として、アメリカが主導した日本人引揚げの決定過程の解明やスペイン、日本、アメリカという三帝国が関わるフィリピンにおける植民地支配の記憶の分析などが考えられる。

 続く、佐原彩子報告(「アメリカのベトナム撤退における難民救済作戦の政治性」)は、ベトナムに軍事介入を行なったアメリカが、その終わりに発生した難民にどのように向き合ったのかを明らかにしている。ここで、冷戦期のアメリカ的帝国主義の終焉がもたらした人口移動が、60年代までの帝国の崩壊や植民地独立に伴う引揚げと同じ土俵で論じうることが示された。

 最後に、本報告会のまとめとして、蘭信三報告が行なわれた。先述したように、当研究プロジェクトでは、「川喜田モデル」という核がある。「川喜田モデル」の概要は、A事例整理のための座標軸:①時間軸、②事例発生の契機、③対象地域の事例との関わり方、④対象者の特性、そしてB「引揚げ」を論じる視角:①引揚げの枠組み、②移動の過程と随伴現象、③統合の諸相、④事後の諸問題、⑤その他、で構成されている。蘭報告でまとめられた、このモデルに対する肉付けは、以下のようなものである。

 引揚げに関する歴史的文脈としては、a第二次世界大戦直後、b植民地独立戦争、c冷戦期に、おおよそ分類できる。今回の報告会で、これらの文脈と引揚げとの関係性をより綿密に考察する必要性が意識された。例えば、aの時期に引揚げが行なわれた日独の場合、その後の再定住の経過はcにおいて問われることになる。その場合、ある程度自明視されている「高度成長による引揚者たちの統合」という見解の再検討が提起された。

 次に、引揚げの対象者の特性として、ナショナルな枠組み(対象者の引揚げ→定住→統合)を超える存在あるいはこぼれる落ちる存在をどうすくい上げるか、という課題があらためて明示された。例えば、この枠組みに沿えば引揚げる必然性のない人たちの移動(アルジェリアの先住民)や「混血」(アメラジアン)のような存在をいかに議論するかは常に念頭に置かねばならないことである。また、帝国支配の終了・植民地の崩壊→国民国家の樹立という図式が常に当てはまるわけではなく、旧帝国から新帝国への移行する場合があることも、ナショナルな枠組みが問われる要因である。

 また、引揚げ(追放)の契機となる枠組みも、より繊細な研究が必要である。例えば、ポツダム宣言が触れていたのは「復員」のみで、引揚げの規定はない。この前提で引揚げが生じた経過を、より詳細に明らかにする事は重要である。先述のように戦後フィリピンからの日本人引揚げの決定過程についても分析が必要かもしれない。引揚げ以降に生まれる新たな関係性についても、ポストコロニアル性、旧植民地へ再移動する引揚者のような人の移動の往環性、国境と生活圏の齟齬などさまざまな論点がある。

 本研究プロジェクトで、扱う地域はa欧州、b東アジア、cその他と整理され、その中でaとb、とりわけ独仏と日本に関する引揚げが議論の中核となるだろう。一方で脱植民地化には随伴現象が多方面で見られる。核である引揚げにフォーカスしつつ、いかにそれらを有効に取り込むか、今後プロジェクト全体の課題となる。今回の報告会で、「比較」の方向性、その可能性がより明確に浮かび上がり、参加者は大いに刺激を得ることができた。

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