活動記録

9月16日書評シンポジウムの参加報告記①

青山公立大学 佐々木てる先生による書評シンポジウム参加報告記です。
2016.09.25

書評シンポジウム参加報告記

 佐々木てる

 

 2016年9月16日上智大学において、「書評シンポジウム『帝国とマイノリティ』の歴史経験を読み解く-李洪章(2016)『在日朝鮮人という民族経験』(生活書院)を手がかりに-」が行われた。本書評シンポジウムは在日コリアン研究を行う気鋭の社会学者、李洪章が博士論文を加筆修正して出版したものである。

 

 書評会では著者である李氏によって研究の背景、目的、視覚についてまず報告がなされた。報告によれば氏の研究の中心課題は、在日朝鮮人個人が「いかに「民族的現実」を経験しているのか、あるいはその現実にどのよう対処しているのか、またその際に他の在日朝鮮人との共同性をいかに結んで」(配布レジュメより)いる(民族実践)の形を明らかにすることにある。

 

 本書の特徴は主に次の3点にある。第一に自らが「在日朝鮮人」であるという当事者性を引き受けつつ、その立場から在日朝鮮人の多様な生き方や意見を描き出そうとしている点。第二にその際に徹底して個人の生活世界に着目して、日本社会に埋め込まれた「民族的経験」を記述しようとしている点。そしてそれらの「経験」が一つの「共同性」に昇華される可能性を示している点である。この点は在日コリアン研究史の中でも新しい研究手法として評価されるべき点であろう。

 

 李氏の議論は主に、在日朝鮮人の持つ民族性が日本社会に埋め込まれた状態において、日常のふとした瞬間に発生する「民族性」に注目したものである。これまでの研究史において「在日朝鮮人」というカテゴリーは、運動やエスニック・アイデンティティを語る際に動員されてきた。しかしそれは同時に本質主義的な硬直性を生み出し、個々人の認識とはずれる可能性がある。また世代間によって民族感覚は大きくずれはじめている現状もある。本研究はそのような現代性を背景に、多様化する若い世代の個々の経験を語りから再構成し、新しく民族性に息吹をもたらすものであった。ただし、同時にそれは民族本質主義の回帰になり、多様ではあるが硬直した個々のカテゴリーを生み出す可能性もある。その共同性の是非については、今後の李の議論の展開、新しい「共同性」の具体的な姿の提示にかかっている。

 

 個人的には李の研究が前世代、すなわち1世や2世の世代との連続性、継承性に注目した研究にもつながる点に興味をひかれた。すなわち4世、5世が感じる民族経験および、そう伝えられてきた「伝承された」民族経験の受容の研究である。これは方法論的には当事者のみならず、「語りを聞いたすべての人」に開かれたものになってくる。こういった点からも今後の研究の発展に期待したい。いずれにせよ個々の聞き取りから様々な分析の可能性が示された有意義なシンポであった。

HOMEに戻る