学校法人上智学院カトリック・イエズス会センター

お知らせ

「イエズス会使徒職全体の方向づけ2019-2029」が公布されました。

2019.06.25

解説

Universal Apostolic Preferences of the Society of Jesus, 2019-2029

「イエズス会使徒職全体の方向づけ2019-2029」(直訳すれば「イエズス会の普遍的使徒的優先課題 2019-2029」)がアルトゥーロ・ソーサー総長から発表された(2019年2月6日付)。これは、今後10年間、イエズス会が携わっている使徒職のあらゆる分野において、留意すべき優先的な課題として示したもので、四つの項目が挙げられている。


A  霊操および識別を通して神への道を示すこと
B  貧しい人々、世界から排除された人々、人間としての尊厳が侵害された人々とともに和解と正義のミッションにおいて歩むこと。
C  希望に満ちた未来を創造していくために若い人々と共に歩むこと。
D  「ともに暮らす家」である地球への配慮を協働して行うこと。


イエズス会は過去にも、イエズス会の現代的ミッションとしてモットーのような形で示してきた。たとえば、32総会(1975年)は、イエズス会の現代的ミッションとして「信仰の宣布と正義の促進」を掲げた。第二バチカン公会議以降、カトリック教会は福音宣教と社会の現実との関係を取り上げたとき、貧困と社会的不正義の問題にどのように関わるべきかというテーマに取り組んだ。その時、教会が取った姿勢は、”preferential
option for the poor”(貧しい人々を優先的に選択する)であった。教会のこうした基本的な方向性を受けて、32総会は第四教令のなかで、「信仰の宣布と正義の促進」を打ち出したのである。

このような方向づけは、イエズス会が携わるすべての使徒職に適用されるもので、高等教育や中等教育の機関(大学・高校など)にも影響を与えた。それは”Men for Others”という言葉によく表されている。
35総会(2008年)においては、グローバリゼーションが急速に進んでいく時代にあって、その影の側面として表面化してきた環境破壊や難民・移民の問題に目を向けるようになった。その結果、「和解」のミッションの重要性と緊急性を訴え、「神との和解」、「人類同士の和解」、「被造界との和解」を前面に打ち出した。
ソーサ総長は、36総会(2016年)を踏まえて、イエズス会が取り組むべき優先課題として先に挙げた四つの項目を掲げた。これは、書簡の中でも述べられているが、総会後、全世界のイエズス会員が、今何に優先的に取り組むべきかを議論し、多くの会議体で識別し、それを最終的にまとめあげたものである。

 各項目については、書簡そのものを読んでいただきたいが、簡単に説明しておく。

A 霊操および識別を通して神への道を示すこと
「霊操」とか「識別」という言葉そのものがイエズス会用語であるため、理解するのは困難であろう。いずれもイエズス会の霊性を根本的に特徴づけるものである。「霊操」は、イエズス会の創立者ロヨラの聖イグナチオの自分自身の霊的な体験を基に書かれた祈りの方法である。文字通り、「霊の体操」(Spiritual
Exercise)を意味する。「散歩したり歩いたり走ったりするのを体操という」ように、「良心の糾明、黙想、観想、口祷、念祷のあらゆる方法」を霊操という。体操は体の調子を整えるために行うが、霊操は心を整えるために行う。心を整えることによって、日々の生活のなかでさまざまに揺れ動く心の状態を知り、それを知ったうえで、物事を決断することが「識別」である。こうしたことに習熟して、神を知ることが霊操の目的である。イエズス会はこの「霊操」と「識別」を大事にしてきたが、これを通して、多くの人々に神への道を示すのである。

B 貧しい人々、世界から排除された人々、人間としての尊厳が侵害された人々とともに和解と正義のミッションにおいて歩むこと。
「信仰の宣布と正義の促進」についてはすでに触れた。グローバリゼーションが否応なく進んでいく現代社会にあって、格差社会は生まれ、その格差はますます広がり、貧困のうちに生き、住む場所から追放され。社会から排除され、その結果、難民が生まれ、移民の動きは拡大する。さまざまな国で、自国を守るために難民の移入を拒み、移民を禁じる。こうして人間として生存が脅かされ、人間としての尊厳そのものが奪われた人々を放置しておくわけにはいかない。福音を宣教し信仰を生きるというのであれば、この社会の現実を看過することはできないのである。そして、その原因の多くは、民族間の争い、経済的利害の対立、権力ある者とその支配下にある者との対立であるならば、人間同士の和解に努め、正義を追求しなければならないのである。

C 希望に満ちた未来を創造していくために若い人々と共に歩むこと。
これからの世界を創りあげていくのは若者であるというのは当然のことであろう。しかし、その若者が現代社会のさまざまな現実の真只中にあって、自分自身を失い、将来の道を憂い、絶望のうちに生きているという現実も一方ではある。若者が確かな希望を持ち、未来の創造のために、彼らに寄り添い、共に生きることは不可欠である。イエズス会はその創立当初から青少年の教育に心を配ることを誓願のうちに加えた。その意味でも、若者とともにあることはイエズス会が失ってはならないミッションである。

D ともに暮らす家である地球への配慮を協働して行うこと。
地球の温暖化にともなう気候変動や環境破壊の危機が叫ばれて久しい。その速度がますます加速化するなかで、教皇フランシスコは回勅「ラウダート・シ ともに暮らす家を大切に」を発表し、カトリック教会が環境問題に積極的に関わらなければならないという姿勢を強調した。イエズス会もまた神の創造のわざである地球の健全な再創造に従事することをミッションとするのである。なぜなら、環境の危機もまたグローバリゼーションがもたらす影の側面をもつからであり、政治的、経済的、社会的な格差に由来するからである。

ソーサ総長はこの書簡のなかで、何度も”resolve”や”commit”という言葉を使っている。これは四つの項目がすべて動詞で示されていることとも関連するが

、識別の結果としてこれら四つの項目を優先的な課題として捉えることを強く決意し、責任をもって関わる強い意志を表明しようとしたのであろう。しかも、2019年から10年という期間を定めたという点もきわめて珍しいことである。イエズス会が本気で取り組む現代のミッションとして理解しなければならない。

なお、”Universal Apostolic Preferences of the Society of
Jesus”を「イエズス会使徒職全体の方向づけ」と訳した。「イエズス会の普遍的使徒的優先課題」と直訳したのでは、多くの人々にとつてまったく理解できないからであり、書簡の内容も、イエズス会が携わるすべての働きを方向づけることを意図しているからである。


イエズス会における普遍的使徒職全体の方向づけ2019-2029 日本語訳(暫定訳)


全イエズス会員に宛てて

この書簡をもって私が公布するイエズス会使徒職全体の方向づけ(Universal Apostolic
Preferences:UAPs)はひとつの選定の成果です。いくつかの候補があり、いずれも良いものでしたが、その中から選択されました。私たちの望みは、神のより大いなる奉仕およびより普遍的な善を求めながら、主のミッションに協働する最善の方法を、現時点で教会に奉仕する最善の方法を、私たちの存在と私たちが持っているものをとおしてできる最善の貢献を見出すことでした。

本会の各レベルにおいて続けられた16ヶ月におよぶプロセスの終わりに、私は教皇に四つのUAPsを提示しました。


A.  霊操及び識別を通して神への道を示すこと
B.  貧しい人々、世界から排除された人々、人間としての尊厳が侵害された人々とともに和解と正義のミッションにおいて歩むこと
C.  希望に満ちた未来の創造において若い人々に寄り添うこと
D.  「ともに暮らす家」への配慮を協働して行うこと


(4つのUAPsを確認した)2019年2月6日付の書簡において、教皇フランシスコは、「イエズス会のUAPsに到達するまでに経た過程は…真に識別でした」と述べておられます。教皇は、提示されたUAPsが、「『福音の喜び』以降、教皇、シノドスおよび司教協議会の通常教導職を通して表明された教会の現在の優先事項に一致するものです」と確認してくださいました。

教皇は「第一のUAPsは重要です。なぜなら、個人及び共同体の祈りと識別の生活におけるイエズス会員の神との関係を、基本的条件として前提にしているからです」と強調しました。そして、「この祈りに満ちた態度なしには、他のUAPsは実を結びません」とも付け加えておられます。

I.  イエズス会使徒職全体の方向づけ(UAPs)  2019-2029
ペーター・ハンス・コルベンバッハ元総長によって公にされ、15年以上にわたって私たちを導いてきた普遍的な使徒的優先課題によって進められたプロセスは、今後も継続しなければなりません。このなかには、アフリカおよび中国での有効なプレゼンス、歴代の教皇から私たちに委ねられてきたローマにおける国際管区の事業に対するイエズス会全体の責任、私たちの知的使徒職の一貫性、ならびに難民および移住者に対する私たちの奉仕が含まれています。今後10年の間、私たちが他の人々とともに派遣される使徒的奉仕のすべてにおいて、和解および正義のミッションを実現するにあたり、次に挙げるUAPsが私たちを導くものとなるでしょう。

A.  霊操及び識別を通して神への道を示すこと
私たちは、教会が福音を伝えるというその職務において、今日の世俗社会から徹底的な挑戦を受けていると気づいています。私たちは信仰者として、新たな世俗主義および過去の文化的表現に対するノスタルジアの両方を克服することが急務だと感じています。私たちが心しておかなければならないことは、時のしるしとしての世俗社会を体験することにおいて教会とともに協働するということです。時のしるしは、人類の歴史の真只中に現存するわたしたち自身を新たにしていく機会を与えてくれます。成熟した世俗社会は、人間の自由、特に宗教の自由の複雑な側面に対して可能性を開きます。成熟した世俗社会では、個人を宗教的なものへと導くに有利な条件が存在しています。それによって、人々は、社会的または民族的圧力に左右されずに、深く問い、イエスに従うことを自由に選択し、教会共同体に所属し、社会、経済、文化および政治の各領域においてキリスト教的なライフスタイルを選び取ることが可能になっています。

聖イグナチオ・デ・ロヨラの霊操は、今日の世界の多様な社会的文脈の中へと主イエスの生および活動を現存させる手段として、きわめて優れたものです。それゆえに、私たちは霊操をよりいっそう深く体験しなければなりません。それによって霊操は、私たちを変容させるキリストとの個人的および共同体的な出会いへと導くのです。

同時に、私たちは霊操を可能な限り多様な方法で提供し、多くの人々、特に若者に対して、キリストに従う歩みを始め、あるいは深めるために霊操を活用する機会を提供しなければなりません。霊操の体験と、そこから得られる霊性は、歴史におけるイエス・キリストの贖いのミッションを自ら引き受けることを通して神に近づく小路を示すための、私たちに相応しい方法です。

私たちはまた、キリストに従うことを選ぶ人々が日常的な習慣として識別するよう積極的に進めていきます。イエズス会は、個人としておよび共同体として霊的識別を実践することを、私たちの生活、使徒的な仕事、および私たちの教会共同体において、聖霊に導かれて意思決定を行う通常の方法として広めることを自らの使命としてきました。これは、常に私たち自身が聖霊の導きに身を委ね、神の意思を求め、見いだすという選択です。私たちは、使徒的優先課題に共通する私たちの識別を通して、私たちの行動様式の刷新を経験してきました。したがって、UAPsを実施するにあたって、イエズス会における私たちの生涯のミッションのすべてのレベルにおいて、霊的な会話および識別を習慣的に活用することを決意しています。

私たちは他の人々に、私たちの生活のなかで見いだされる最も根本的な発見を共有したいと思います。すなわち、識別と聖イグナチオの霊操は神への道を示すということです。私たちは聖イグナチオの霊性の知識と体験を深めるようにという呼びかけに従わなければなりません。それを私たちは、自分の身となり一貫性のある生きた信仰心、祈りの生活の実りとして感じられる神との親しさによって育まれる信仰、および他の宗教やすべての文化との対話をおこなう信仰に促されておこないたいのです。私たちの信仰心は、正義と和解の務めの中で明らかにされています。なぜなら私たちの信仰は、十字架にかけられ復活させられた主に由来するからであり、私たちもこの世に対して十字架にかけられた者となり、それによって、私たちは、主が私たちに与える新しい命における希望を身に帯びた者となります。私たちの信仰とは、希望の証人となる共同体において生きる信仰なのです。

B.  貧しい人々、世界から排除された人々、人間としての尊厳が侵害された人々とともに歩むこと
私たちは和解と正義のミッションを委ねられた同志として派遣されており、傷つけられ、疎外され、周辺に追いやられ、人として貧しくされた人々や共同体とともに歩むことを決意します。私たちは、権力の濫用、良心の侵害および性的虐待の被害者とともに歩みます。この世界から排除された人々とともに歩みます。この世の貧しい人々とともに歩みます。聖書にあるように、種は貧しい人々の叫びに応え、解放するために人となられました。

イエスの振る舞い方に則って「道をともにする」同志になるための必要条件は、貧しい人々に近くあるという関わりに触発されて、「この世界に住む多くの貧しい人々に希望の福音を告げ知らせる」こと
です。貧しい人々により近づくということは、人間としての周辺状況、そして社会の周辺部に足を運び、その状況にふさわしい生活および仕事のスタイルを身につけることを意味し、そうすることで、私たちの同伴が信頼に値するものとなるのです。この目標を達成するために、私たちはイエズス会のすべてのレベルにおいて、私たちの中で最も傷つけられ、排除されている人々が誰かを識別し、彼らの近くに寄り添って歩む方法を見つけることを決意します。

私たちが貧しい人々とともに歩もうとする小路は、社会正義および不正義を生む経済・政治・社会構造の変更を促すもので、この小路は個人、民族およびその文化が相互に和解し、そして自然および神と和解するために必要な側面なのです。先住民やその文化、その基本的権利の尊重は、そのすべての側面において、私たちの和解と正義への取り組の中で特別な場所を占めています。

私たちは、移住者、強制移住させられた人々、難民、そして戦争および人身売買の被害者の世話に取り組むことを確認します。また、私たちは、先住民の文化および尊厳ある存在を守ることを決意しています。その結果、私たちは引き続き、彼らを温かく迎える(ホスピタリティティ)ための条件を創り出し、社会に融合する過程でこれらのすべての人々に同伴し、彼らの権利の擁護を押し進めていきます。

私たちは、特に社会のピラミッドの底辺にいる人々の間に、良き市民を形成することによって、政治的な民主主義を強化することに貢献することを望みます。共通善を求めることに取り組んでいる社会組織を支持することによって、私たちは様々な形態をとる「新自由主義」、原理主義、およびポピュリズムの悪い影響に対抗する行動を支援することを望みます。

私たちは、教会内外で生じる虐待を撲滅する行動を支援することに取り組む決意です。(具体的には)被害者の声が届き、適切な支援が受けられていること、正義が実現されていること、傷が癒されていることの保証を求めます。この取り組みには、虐待の防止のための明確な政策の採用、ミッションに取り組む人々の継続的な養成、および虐待の社会的根源を明確にするための真剣な努力が含まれます。このように、私たちはすべての傷つけられた人々、特に未成年を保護する文化を効果的に推進していきます。

私たちは、多くの人々および組織がおこなっている、ホスピタリティの文化の推進 、そして子どもの権利を保護し、変化する社会構造によって傷つけられた人々の権利を保護する文化の推進の取り組みに参加します。

貧困に苦しむ人々に同伴するには、そのような大きな不正義を生む経済的・政治的・社会的プロセスを深く理解するために、私たちの学習、分析および省察を改善することが必要です。また、私たちは代替の(オルタナティブ)モデルをつくることにも貢献しなければなりません。私たちは、文化の多様性を人間の宝として認識し、文化的多様性を保護し、文化間の交流を促進するようなグローバリゼーションの進展を推進するよう取り組みます。

私たちは、新たな人間性の基礎として、和解を受け入れるよう私たちを招く、いつくしみの父である神への信仰に触発されて、私たちは貧しい人々に同伴します。

C.  希望に満ちた将来の創造において若い人々に同伴すること
2018年のシノドスは、若い人々および彼らの置かれている状況の重要性を認め、そこから人類の歴史のこの瞬間における聖霊の働きを教会が把握し識別しようとしているとしました。貧しい人々および若い人々は、補完的な、織り合わされた「神学的な場
locus
theologicus」なのです。若い人々の多くは貧しく、今日の世界において雇用機会の減少、経済的な不安定、政治的暴力の増大、差別の多様化、環境破壊の進行、その他の苦しみを含む莫大な困難に直面しており、それらはいずれも人生の意義を見出すことを困難にし、神に近づくことを難しくしています。

青年期とは、個人が社会に自らの身を置く根拠となる根本的な意思決定を行い、自分の存在に意味を見出し、夢を実現するという人生の段階です。この過程で若者に同伴し、識別を教え、イエス・キリストの良い知らせを彼らと分かち合うことにより、私たちは彼らに、人々との連帯とより正義に適った世界の構築を通して神へと至る道を示すことができます。

若い人々は、環境との調和という和解が実現した世界において、尊厳ある人生を構築する希望を持って、将来を切り開き続けます。若い人々こそが、彼らの視点から、私たちが生きる時代の変化とそこにある希望に満ちた新しさをよりよく理解できるよう助けてくれます。今日、若い人々は、私たちの時代のデジタル文化を通して起こりつつある人類学的な変遷の主役であり、それによって人類は歴史的な新時代に開かれていくのです。私たちは、変化の時期を生きており、ここから新たな人間性並びに人格的および社会的側面において人間生活を構築する新たな方法が生まれます。若い人々はこの新たな人間生活の担い手であり、主イエスとの出会いを体験することによって、この経験の中に、正義、和解および平和に向かう小路を灯す光を見出すことができるのです。

イエズス会の使徒的事業は、社会における若い人々に開かれた場所を社会と教会の中に創りそれを維持するに重要な貢献となりえます。私たちの働きは、若い人々が創造性を発揮できる場、イエスによって明らからにされた命である神との出会いを育むとともに、若者のキリスト教信仰を深める場所とならなければなりません。そのような場所は、人類全体に貢献することによって幸せを達成できる小路を、若い人々が識別できるように助けるものであるべきです。

若い人々は、文化的な均一性に向けた動きと多様性を尊重し、それによって豊かになるような異文化共生型の人間社会との間に緊張があることを経験しています。市場経済の論理は均一性につながるものですが、若い人々はむしろ多様性を望んでいます。その多様性は、真の自由の行使と一致し、人間的な異文化社会の出現に貢献できるような創造性に満ちた場所を開くものです。それを基盤にして彼らは、子どもや若い人々にとって健全な環境を保証する保護の文化を醸成し、すべての人が人間としての可能性を最大限に発揮できるような状況を作ることにコミットすることができます。

若い人々に寄り添うことは、命の真正性、霊的な深み、および私たちが誰であり、何を為すのかに意味を与える人生の使命を共有することに対して開かれた心を私たちに要求するものです。これらを備えれば、私たちは若者とともに、神をすべてのもののうちに見いだすことを学び、私たちの職務と使徒職を通じて彼らがより深く人生のこの段階を生きることができるように助けることができます。若い人々に寄り添うことによって、私たちは個人的、共同体的、そして組織的な回心の道を進むことができるのです。

D.  「ともに暮らす家」への世話を協働して行うこと
回勅『ラウダート・シ』Laudato
Si‘において教皇フランシスコは、人類はみな、多くの民族が「母なる地球」と考えている被造界を大切にすることについて、責任を共有していることを私たちに思い起こさせます。「この姉妹は、神から賜ったよきものをわたしたち人間が無責任に使用したり濫用したりすることによって生じた傷のゆえに、今、わたしたちに叫び声を上げています。[…]こうして、重荷を負わされ荒廃させられた地球は、見捨てられ虐げられたもっとも貧しい人々に連なっており、「産みの苦しみを味わって」(ローマ8:22)いるのです。

地球に対してなされた損傷は、最も傷つけられた人々、例えば先住民、移住を強制された小農民、そして都市の周辺部に追いやられた住民に対してなされた損傷でもあります。支配的な経済システムによって引き起こされる環境破壊は、世代を超えて被害を与えています。現在地球上に住む人々、特に若い世代に影響を及ぼすだけでなく、将来の世代の生活をも条件づけ、脅かすのです。

私たちは、私たちが誰であり、どのような手段を有するかを考慮しながら、他者とともに、選択可能なもう一つ(オルタナティブ)の生のモデルを構築するよう、他者とともに協働します。そのモデルは、創造に対して敬意を払うことと、持続可能な仕方で生産を発展させることに基づいており、正当に分配されるときには、私たちの地球における人類の充全な生活を保障するのです。時代を超えて生命の条件を保持することは、倫理的にも霊的にも非常に重要な人間の責任です。私たちの協働は、諸問題を深く分析する努力に参加することを含むとともに、壊れやすい生態学的なバランスがすでに被っている数々の傷を癒すことを助ける決定を行うよう導いてくれる省察と識別を含むべきです。私たちが特に心配しているのは、アマゾン地域、コンゴ、インドおよびインドネシアの河川流域、並びに大きく広がる公海など、生命を可能にしている自然の均衡の維持に非常に重要な地域のことです。このように自然を大切にすることは、神の創造のわざを真に礼拝する一つの形です。さらなる損害を回避し、すべての人が恩恵を受けられるよう被造物を使用するために必要不可欠なライフスタイルの変更を実現するためには、勇気ある決断が必要です。私たちはこのプロセスに積極的に関わることを望みます。

『ラウダート・シ』は次のことを私たちに思い起こさせています。「わたしたちは、いつも、自分自身から出て他者へと向かうことができる存在です。そうしなければ、それぞれの価値をもつ他の被造物を認めることができず、他者のためになさるさまざまなことへの配慮には無関心となり、他者の苦しみやわたしたちの環境の悪化を防ぐための自制をし損ねてしまいます。閉塞性と自己中心性を打ち破る、自己を超え出るという基本的姿勢が、他者と環境に対するどのような配慮をも可能たらしめる土台です。この姿勢がまた、一つ一つの行動や個人的決定が自分たち以外のものにもたらす影響を評価するという、道徳的命令になじませてくれます」
。「したがって、そうした人々に必要なものは「エコロジカルな回心」であり、それは、イエス・キリストとの出会いがもたらすものを周りの世界とのかかわりの中であかしさせます」。

したがって、自分から踏み出し、他者にとっての善であるものすべて愛をもって配慮することが必要です。私たちが個人主義や何もしないということから脱出することができなければ、被造界と和解する人間的な生活のモデルは可能とならないのです。

私たちイエズス会員とミッションをともにする同志にとって、回心は、非合理的な生産によるモノの消費に基づく経済および文化のシステムによって推進される生活の習慣を変えることから始まります。教皇フランシスコの言葉は、この方向に私たちが進むように促すものです。「日々のささやかな行いを通して被造界を大切にするという務めには高潔さが宿っており、また、教育がライフスタイルを実際に変化させうるのはすばらしいことです」。

II.  聖霊に導かれて
私たちがたどった道筋は、第二バチカン公会議において聖霊の息吹に促された教会の刷新の風にその原点があります。その同じ聖霊が今日も教会の中に現存し働いていますが、第31〜36総会においても働いており、霊的および使徒的刷新という骨の折れる歩みの中で、イエズス会を導いています。ベネチアで私たちの最初の同志が(1537年)、聖霊は自分たちをどこへと導かれるのかを考えた姿にインスピレーションを得て
、第36総会は私たちを和解と正義のミッションの同志として派遣したのです。

教皇フランシスコの言葉にインスピレーションを得て、第36総会は、より大きな信頼を持って、私たちの原点へ、そして共通の識別の実践へと回帰する必要性を感じました。(総会での)数ヶ月間の私たちの経験を共有するうちに、私たちは共同識別のプロセスそのものにおける恵み、会全体のすべてのレベルで生きている恵みに気づかされました。これは多くの人々にとって、聖イグナチオの霊性のいくつかの側面の再発見を意味しました。つまり、私たちがイエスの道をともに探し求めるために霊的会話の実践を刷新する助けとなったということでした。また、私たちの生涯のミッションにおいて神の意思を見いだす方法としての共同識別を体験したことでした。私たちは、自分たちを一つの統合されたからだであると感じる恵み、広い視野で識別できる共同体になるべく不偏心と応需性において成長する恵みを経験してきました。
これらの使徒的優先課題を携え、私たちは、歩み始めた道を進み続け、私たちの生涯とミッションにおけるこの根本的な側面を再開することに責任をもって取り組みます。

私たちは(UAPsの選定という)一つの道のりを歩んで来ました。その道のりは、聖霊によって導かれているという共通認識に一歩一歩進んでいくものであったと私たちは信じています。私たちは多くのの疑念と不安を抱いてこの道のりを始めました。最初の同志たちのように、私たちも、様々な出自や文化の出身で、物事の見方や理解の仕方が異なります。しかし、私たちは望みにおける一致を見いだしました。十字架を世界のいたるところにもたらすイエスに奉仕する共通の熱意を見いだしたのです。時間をかけて私たちは信じること、そして信頼することを学びました。神は、マンレサで聖イグナチオを導いたのと同じく、学校の先生のように私たちの手を取ってくださいました。
各共同体、使徒的事業、地区、管区から、そして養成中のイエズス会員からの貢献は生き生きとした出発点となりました。

六つの上級長上会議からの貢献は驚くほどに一致していました。最初の使徒たちのように、私たちは「深い海に漕ぎ出し」(36総会のモットー)、気がつけば嵐の中心にいましたが、主が私たちのところにどのように来られるのかを経験し、驚くことにもなりました。受肉し、十字架にかけられ、復活された主こそが、その傷を私たちに見せ、ともに正義を追求するよう私たちを招くのです。主は私たちを新たなフロンティアへと駆り立て、社会から見捨てられた人々が私たちの神の愛によって変えられるように同伴し、良い知らせをすべての人に知らせるよう促します。私たちの硬直した心もまた、日々変化しており、いつくしみと憐れみに満たされていきます。

この過程から私たちは、UAPsが聖霊に導かれ続けるための手段であることを教わりました。さらに、UAPsは、36総会によって示された生涯のミッションのあり方を深めるための道具なのです。(36総会が私たちを招くミッションのあり方とは)識別、他の人々との協働、そしてネットワークづくりを日常生活に組み込むという霊的そして使徒的な刷新です。

もしもUAPsが生き方とミッションの間に明確な一致を保つなら、(UAPsを)単に「何かをする」ことを越えて、私たちが個人として、修道会の共同体として、私たちが他の人々と協働する使徒的な仕事や組織として、変化の達成を助ける指針であると理解すれば、これらのUAPsが使徒的からだとしてのイエズス会を助けてくれると、私たちは心から確信しています。それゆえ、それぞれのUAPsは私たちの使徒職のいくつかの重要な側面を指し示す一方で、私たちの仕事が信頼され効果的であるために、私たち自身の生活を改めるよう要請するものです。

これらのUAPsはミッションを、傷ついた世界の叫び、最も傷つけられた人々や強制移住させられ、周辺に追いやられた人々の叫び、私たちのそれぞれの文化を分断し解体する空虚な美辞麗句、富める人々と貧しい人々の間で拡大する格差、希望と意味を求める若者たちの叫び、地球とその存続自体が危機的状況に置かれるところまで荒廃させられた人々の叫びに対する主の応答として具体化しようとするものです。これらの優先課題は、世代全体がイエスとその福音を耳にしたことがないような世界に応答しようとするものです。

私たちの教会は、その構成員の罪とそれらによってもたらされたすべての苦しみによって傷つけられています。私たちの教会は、強風の中を航海しています。本会の中では、私たちは私たち自身が傷ついていることや私たちの罪を、苦しくも謙遜に認識するようになりました。私たちは主の前に立つときに恥と混乱を感じ、主にゆるしと癒し、そしていつくしみに満ちた愛を与えてくださるよう願います。「ゆるされ愛されている罪びと」としてのみ、私たちは先に進むことができます。私たち自身が個人として、またひとつのからだとして、主の憐れみを体験して初めて、私たちは主の憐れみを他の人々に届けることができます。実に私たち自身が愛され、救われているという体験こそが、私たちのミッションへの望みに深みとエネルギーを与えてくれます。まさに私たち自身の傷という問題に正面から向き合うときにこそ、私たちは主がやさしく、しかし倦むことなく繰り返す呼び声を聞き取ります。

UAPsは、これらの個人的、共同体的、そして組織的な回心を深めることを目指します。それは、イエズス会全体の使徒的事業と、各UAPsが示された私たちの職務を達成する方法との両方を改善するための指針です。同時に、それはイエズス会員と私たちのミッションにおける同志が、その使徒的な生活を神への道とするように助けることを目指します。私たちは、すべての人々がナザレのイエスによって開かれた小路、私たち自身が聖霊に勇気づけられ、イエスの足跡に従いながら、歩んでいる小路をたどるようすべての人に呼びかけることを望みます。

これらのUAPsは私たちの優先課題ではありません。私たちは、私たちを導き、インスピレーションを与えた聖霊に従ってきました。私たちは、聖イグナチオと最初の同志たちのように、世界や教会の必要とするものについては教皇が最善のビジョンを持っていると信じて、教皇によって確認されたUAPsを受け入れています。UAPsは、あらゆる形の自己中心主義やコーポラティズム(集団主義)を乗り越えることを助け、その結果私たちは、教会の内外で多くの人々と共有している主のミッションにおいて真に協働者となることができます。各UAPsは、私たちが他者と協働するささやかな会であると感じる機会を与えてくれます。

III  必要な個人的、共同体的、そして組織的としての回心
「愛を得るための観想」
は、常識のようでありながら、常に忘れてはならない指摘から始まります。それは、「愛は、言葉よりも行いによって示されるべきである」ということです。普遍的な使徒的優先課題を識別する過程はそれに参加した人たちを、豊かな恵みを受けたことへの深い感謝の念で満たしてくれました。同時に、私たちは個人的、共同体的、そして組織的として回心への強い呼びかけを体験しました。

優先課題を受け取るということは、私たちが、ミッションにコミットした人々、共同体そして事業の刷新を妨げるいかなる生活や仕事のスタイルをも変えることによって、直ちに実行することを意味します。私たちは、最初の使徒たちがイエスの招きに応えた姿に鼓舞されます。彼らはすぐに網を捨て、漁師としての生活を捨てて、イエスに従う弟子としの小路を歩み始めたのです。
UAPsが公布され次第、本会のすべての使徒職の単位に対してその効果的な実行の計画立案を助けるために必要なものが提供されます。
私たちの回心に必要な側面の一つとして、UAPsによって鼓舞された使徒的なイニシアチブを支えるために必要な経済的・財政的資源を探し、適切に管理することについて責任を負うことが挙げられます。

その呼びかけは、イエス・キリストの生涯とミッションを共有することです。この呼びかけの中心には、世界の状況を前に無力になることなく、すべての人間に神の命とすべての人間に対する愛の門を開くために私たちの人間性を引き受け自らの命を捧げるようになさった唯一の三位一体の神の愛があります。その死によって、イエスは死を滅ぼす究極の愛を示してくださいました。その呼びかけを受け入れるということは、和解と正義の行為に表現された愛に自らの命を捧げることを意味します。それは、イエスに真に従う者となり、他の非常に多くの人々との協働によってそのミッションに仕える教会および本会の積極的な構成員になることを意味します。回心によって私たちはミッションに参加する力を得ることができます。つまり、神の国が近づいているという福音を信じる回心であり、神の約束が人間の歴史において実現することを可能にする働きのうちに示される生きた信仰への回心です。

ベネチアにおける最初の同志たちの経験を鮮明に心のうちに焼きつけながら、36総会は私たちの原点に戻るよう招いています。私たちが再確認するのは、「主における友として生活を共にすること、貧しい人々に寄り添って生きること、また喜びをもって福音をのべ伝えること」です。
私たちの共同体を共同識別の場とし、祈りの生活へと促され、ともに聖体祭儀を祝い、霊的会話を実践するなら、私たちは使徒的事業においてもすべての職務においても聖霊に導かれ、委ねる道としての識別の賜物をともに分ちあうことができるようになります。貧しい人々の近くの簡素な生活は、私たちがより少ないものでより多くを行うのに必要な創造性を呼び覚まし、
それは他者に無償で提供される私たちの使徒的な仕事により大きな信頼性をもたらすのです。

同時に、UAPsの呼びかけに応答することは、私たちの根源的なカリスマと伝統が要求する知的な深みを求めて、私たちが今まで以上に努力しなければならないことを意味します。そのような深みは常に霊的な深みを伴わなければなりません。本会は、知的使徒職に責任をもって取り組みます。なぜなら、知的な深みはイエズス会のあらゆる使徒職の形を特徴づけるべきものだからです。私たちは知的使徒職を通して、私たちの信仰を知的な一貫性をもって表現して、教会に奉仕し続けることを望みます。それゆえ、この使徒的からだをなすすべての会員は、生涯を通してその養成を続けるよう呼びかけられています。知的な深みは、思考の習慣を要求するものであるため、継続的な生涯養成を怠ってはなりません。私たちがこの点において失敗するなら、教会のミッションに対する本会の貢献は聖イグナチオのマジスが求めるものに応えることができません。

UAPsの実行がもたらすイエズス会の使徒的な刷新には一つの条件があります。その条件とは、イエズス会員と私たちのミッションにおける同志の間、並びに各使徒職や使徒職の単位、教会内のその他の組織および人間同士との、被造界との、そして神との間の和解の不可分の現実に貢献するすべての人と組織の間の協働の深化という条件です。を条件とします。「わたしたちと共に働き、特に、聖イグナチオの呼びかけを感じてきた協働者のお陰で、本会のミッションは深みを得、奉仕職は広がっていたのである。」と36総会は述べており、34総会および35総会の姿勢を確認しています。

私たちがUAPsについて共同識別する間に得た経験は、36総会の見解を確認するものです。「イエズス会全般にわたって協働が著しい進歩を遂げたとしても、問題は残っている。[…]イエズス会の使徒職や統治の様々なレベルでミッションに協働する人々の参加を促進するために、協働者を含む識別や、継続的企画、評価が求められている。」
協働の側面を私たちの生涯の使命に完全に組み込むことは不可欠な条件であり、これがなければ主のミッションによりよく奉仕したいという私たちの望みが、私たちの仕事や生き方において実現されない恐れがあります。

これらのUAPsをもって、私たちは今後10年間(2019-2029)に生き生きとした使徒的エネルギーを集中し、具体化します。私たちはそれらの優先課題を、教皇フランシスコを通して教会から委ねられたミッションとされたものとして受け取ります。教皇は、使徒的からだとしてなされた共同識別と認め、認可してくださいました。私たちの生涯のミッションのすべての側面においてUAPsを実行するよう不断の努力をもって計画することは、聖霊に従順なからだとしての私たちに懸かっています。UAPsが目指すのは、私たちが和解と正義のより良い奉仕者となるための使徒的な活性と創造性のプロセスを展開することです。教会の指針と聖霊の導きの光のうちに、人、時、および場所に合わせて企画し、評価するという過程に取り組みましょう。

イエズス会の母である聖マリアが、御子から私たちが、首尾一貫した生き方という恵みを得させてくださいますように。主を知ることへのと導くことがらを宣べ伝え、宣べ伝えることを行うことによって、私たちが人類に注がれた神の愛のあかしとなりますように。そして、聖霊に促されて、私たちがキリストにおいてすべてのものが和解できるように効果的に協働できますように。

2019年2月19日 於、ローマ

総長アルトゥーロ・ソーサ, S.I.

別紙:教皇フランシスコによるアルトゥーロ・ソーサ神父宛て書簡

(原文:スペイン語)

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