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    日時
    • 2020年5月25日(月)16:00-17:00
  • 場所
    • Zoom会議(参加が確定した方にURLを前日までにお送りします。)
  • 対象者
    • 上智大学の学生限定。先着30名。
  • 主催
    • 上智大学グローバル・コンサーン研究所
  • お申込み
    • 受け付けは終了しました。
  • お問合わせ
    • グローバル・コンサーン研究所 i-glocon@sophia.ac.jp
第8回 田中雅子先生からのメッセージとトーク・セッション
感染症危機においても必要なBuild Back Betterの視点
-「元に戻らないでほしいこと」を考える

田中雅子

「現場に入る」ことができないもどかしさ

 これまで私が在外生活で経験した「非常事態宣言」は、電話やインターネットなど通信手段が切断されたり、警官による発砲や催涙ガスにおびえながら外出したりすることでした。私は感染症で命を落としかけた経験があり、基礎疾患もあるので、ワクチンが開発されるまで、長期にわたって今の生活が続くことを覚悟しています。

 内戦下のシリアやイエメンでは、感染症危機でなくても、危険や不安と隣り合わせの過酷な生活を強いられています。しかし、国際協力への資金は激減し、多くの活動は停止状態です。日本においても、障害のある人などは、参加や移動の制限がある生活でしたが、感染症危機により従来からの福祉や介護が維持できず、深刻な事態になっています。

 私は医療従事者でないため、感染症対策に直接関わることはできません。国内外の活動が気になっても、国外渡航再開の見込みはなく、感染症のリスクを考えると、国内の現場にも行くことができません。人道支援関係の仕事で、とりあえず「現場に入る」ことで自分の役割を見出してきた私は、日本で迎えた非常事態に対する冷静さと、所在なさの間を行ったり来たりしながら在宅生活を続けています。

今から考えるBuild Back Better

 感染症の問題に直接対応することはできないものの、経済的・社会的な影響が出始めたことで、私がすべきことが見えてきました。平常時にもある不平等や差別、排除の問題を、この機会により可視化させ、感染症危機が去った後に役立てることです。

 「非常時はみんな大変」と言われますが、どんな災害や紛争においても「みんな」が同じ経験をすることはありません。平常時の不平等や格差が広がるのが非常時だからです。

 危機に受ける影響の度合いを脆弱性(Vulnerability)と呼びますが、家族の中でも性別や年齢、障害や疾病の有無などによって異なります。その要素が重なると、危機が深刻化します。そうなる前に、相談やサービスを利用して、その人のもつ回復力(Resilience)が発揮できるよう支援する必要があります。しかし、皮肉なことに、脆弱な人ほど支援情報が届かず、格差が開いてしまうのです。

 Build Back Better(より良い復興)は、自然災害からの復興において使われてきた言葉で、「従前の状態に戻すのではなく、より良い社会をつくること」を意味します。感染症危機下の報道でこの言葉を見かけることはないですが、危機下で可視化された課題を、なかったかのように元に戻すのではなく、平常時の社会も変えていくことが求められていると思います。

移民の声を聞く

 私はネパールに10年以上住んだ縁から「滞日ネパール人のための情報提供ネットワーク」という小さな団体を運営しています。2020年4月25日にはこのネットワークの仲間と一緒に「日本で暮らす移民の声を聞こう!-新型コロナウイルスがうきぼりにした移民を取り巻く課題と希望」と題したZOOMセミナーを行いました。感染症の影響をとりあげたわけですが、ここで提起されたのは平常時からある不平等や差別の問題でした。

 日本で暮らす移民の多くは、これまでは問題が発生しても同じ国出身者同士の相互扶助で解決してきました。言語の壁によって日本の制度がわからない、法の壁によって移民が利用できる制度が限定されていたからですが、それらは「彼らの問題」として社会の主流から放置されてきました。

 今回の感染症危機は、彼らが仲間のためにお金を出し合うだけで解決できる規模ではありません。市役所の生活困窮者支援やDV相談の窓口に大勢の外国籍住民からも問い合わせがくるようになりました。彼らも、日本の社会にある制度やサービスを使って命を守り、生活を立て直す権利がある、という当たり前のことが、ようやく知られるときが来たのです。危機が去った時に、再び、彼らの権利が制限されることがないように、私たちは何をすれば良いのでしょうか。参考資料にあげた動画をヒントに考えてみたいです。

元に戻ってほしいこと、元に戻らないでほしいこと

 「いつになったら元に戻るんだろうね」、「早く元の生活に戻りたいね」というのが、最近はあいさつがわりになっていますが、みながそう思っているでしょうか。トークセッションでは「元に戻らないでほしいこと」についてみなさんと一緒に考えます。

 『コロナの時代の僕ら』を書いたイタリアの作家パオロ・ジョルダーノは日本語版のあとがきで「すべてが終わった時、本当に僕たちは以前とまったく同じ世界を再現したいのだろうか」と問いかけています。これはBuild Back Betterについて考えるための問いに他なりません。ここでは、移民を例にあげましたが「以前とまったく同じ世界を再現する」ことを望んでいない人は他にもいると思います。自分自身の視点だけでなく、自分とは異なる立場の人の視点でも、この問いについて考えてみませんか。

参考資料

ジョルダーノ、パオロ著、飯田亮介訳『コロナの時代の僕ら』早川書房、2020年

動画「日本で暮らす移民の声を聞こう!-新型コロナウイルスがうきぼりにした移民を取り巻く課題と希望」(2020年4月25日開催ZOOMセミナー、国際開発学会「人の移動と開発」研究会主催、滞日ネパール人のための情報提供ネットワーク共催)
https://www.youtube.com/watch?v=H4pdoEC8tdc&fbclid=IwAR2diOS3A_s8NjmX3S36Qvn1vWoC_9S0uC0hsoY0FaJro41nNlbW047egh8