Hate Crime Laws and Their Limitations

(ヘイトクライム [憎悪犯罪] 規正法とその問題点

 

Kazuhiro Maeshima*

 

SUMMARY: This paper examines the Hate Crime Statistics Act of 1990 and the Hate Crimes Sentencing Enhancement Act of 1994. The two hate crime laws intended to curb frictions among different racial, ethnic, and religious citizens. In a diverse, multi-cultural society, such as the United States, these laws have a potential to act as deterrents against schisms and as a catalyst that will bind people together. This paper, however, argues that the current two Acts are so ineffective that they are only symbols of the fight against hate crimes.

 

The two laws have actually created several complications. First, the definitions of the “hate crime” vary between the two laws. For example, the Sentencing Enhancement Act provides a sentence enhancement for hate crimes against women, but the Statistics Act does not cover crimes against women. Second, prosecutors and law enforcement personnel encountered difficulties in many investigations or prosecutions because of the need to identify hate crimes and assess perpetrator’s bias or prejudice in motives. Third, the collected data by the mandate of the Statistics Act are far from accurate. Fourth, punishing someone for his or her words or thoughts might violate the First and 14th Amendment rights.

 

This paper also points out that these current complications were largely due to the hasty legislations in Congress. Especially, the criticisms from the law enforcement officers at the congressional hearings were largely ignored. Also, during the legislation process of the Statistics Act, the women advocacy groups’ opinions were mostly excluded.

 

Although civil rights advocacy groups acclaimed the two federal hate crime laws, several criminal justice scholars criticize the hate crime legislations. Typical criticism against the two hate crime laws is that the laws are an example of “identity politics,” suggesting that under the current system, it is advantageous to be recognized as disadvantaged and victimized.

              

はじめに

 

本論文では、連邦法である「1990年ヘイトクライム(憎悪犯罪)統計法(Hate Crime Statistics Act of 1990)」「1994年ヘイトクライム判決強化法(Hate Crimes Sentencing Enhancement Act of 1994)」と、この2つの法律がもたらした影響について考察する。

 

ヘイトクライムは、人種、宗教、民族性など、特定のカテゴリーに属する人々に対する憎悪または偏見に基づく犯罪である。[i]ヘイトクライムの発生状況や発生場所を把握し、再発防止のために連邦政府がデータ収集を行うことを定めた法律が「統計法」で、「判決強化法」はヘイトクライムを行った加害者に対して、通常の犯罪の刑罰より、厳しい反則を適用する法律である。

 

両法は、他民族国家・米国の代償ともいえる“自分とは異なったものに対する憎悪”を法的に取り扱ったものとして、「重要度では公民権法に匹敵する」という評価も高い。また、両法成立を前後して、積極的にヘイトクライムを規制するために、ほとんどの州で同様のヘイトクライム関連法が導入された。

 

しかし、両法で定められた適用範囲に対する問題も少なくなかった。特に、「統計法」ではヘイトクライムの対象となっていない、女性に対する偏見に基づく犯罪が「判決強化法」では、ヘイトクライムにあたるなど、「統計法」と「判決強化法」の間で、ヘイトクライムの定義が大きくずれている。

 

さらに、両法とともに、本来、改正すべきだった、人種や国籍、宗教に対する偏見に基づく既存の連邦犯罪法である「連邦保護活動法(Federal Protected Activities Act)」は手付かずだったため、同じ偏見に基づく犯罪にも限らず、「判決強化法」の対象となっている同性愛者、女性、障害者に対する憎悪犯罪は、連邦保護活動法ではそのまま法執行の対象外となっている。また、言論の自由との関係も難しく、「偏見に基づく脅迫」で法執行の対象になるケースは非常に少ないなど、公安活動上の障害も少なくない。実際、現行法では「定義の混乱の上に、実際の捜査でFBIはほとんど手を出せない」(FBI特別捜査官ジョン・シルベスター氏)のが現状である。[ii]

 

本稿では、ヘイトクライムの現状と「統計法」「判決強化法」の概要を紹介した後両法がもたらした公安活動上の混乱にふれる。また、法律制定の立法過程を分析し、ロビー団体間の調整などや立法活動を急ぐ議員の戦略などのため、ヘイトクライム立法の鍵ともいえる「憎悪」や「差別」についての定義が十分、論じられなかった現状を論じる。また、最後に、特定の行為を「ヘイトクライム」と定義することで、むしろ偏見が助長されるとみる研究者の指摘なども検討し、両法がもたらした影響を包括的に探る。

 

 

I. 「1990年ヘイトクライム(憎悪犯罪)統計法」「1994年ヘイトクライム判決強化法」の成立背景

 

I-1 ヘイトクライムの現状

 

ヘイトクライムはしばしば「現代のリンチ(modern-day lynching)」と形容される。[iii]確かに、報じられるヘイトクライムの多くは、非常に冷酷、残忍である。例えば、1998年10月、ワイオミング州ララミー市で、同性愛者のワイオミング大学生マシュー・シェパード(Matthew Shepard)氏が惨殺された事件は、全米に詳細が報じられ、同性愛者団体に大きな衝撃を与えた。同じ世代の男2人によって、同氏はフェンスにくくりつけられ、頭がい骨が後頭部から右耳にかけて陥没するまで殴殺された後、発見まで18時間、木に縛られた状態だったという。[iv]また、同年6月には、テキサス州ジャスパー市で黒人男性、ジェームス・バード(James Byrd Jr.)氏が3人の白人優越主義者の男性によって、足首を鎖でつながれ、トラックで約3キロ引きずられて殺害される事件も大々的に報道された。[v]この2つの事件は、いずれも、クリントン大統領が故人への追悼とヘイトクライムを非難する特別声明を出し、国民的注目を集めたため、ヘイトクライム撲滅運動そのもののシンボルとなっている。[vi]

 

注意すべきなのは、ここにふれたヘイトクライムの一般的なイメージとは異なり、ヘイトクライムの被害者は必ずしも、「人種的マイノリティ、同性愛者」とは限らない点である。「ヘイトクライム統計法」に基づいて作成されたFBIのヘイトクライム統計(1998年版)によると、「人種」を対象にした5360のヘイトクライムのうち、白人がアフリカ系アメリカ人(黒人)を対象にしたヘイトクライムは2084となっているのに対し、黒人が白人を対象にしたヘイトクライムも567が報告され、1割以上を占めている。また、マイノリティー同士の対立から発生するヘイトクライムも少なくなく、ヒスパニックに対する595のヘイトクライムうち、黒人によるものが51、アジア・太平洋系によるものが11となっている。また、黒人が黒人に向けて行ったヘイトクライムや、同性愛者ではなく、異性愛者(heterosexual)であることを理由に犯罪の対象になったケースも、それぞれ、64件、13件報告されており、後述するヘイトクライムの定義付けや統計収集の難しさがうかがわれる。[vii]

 

ヘイトクライムの統計については、「統計法」以前には連邦レベルの統計収集はなかったものの、一部の州は80年代から収集を始めていた。[viii]また、各人種擁護・ロビー団体などが独自に情報収集し、メディアの貴重な情報源になっていた。代表的なのが、ユダヤ系のADL(Anti-Defamation League of B’nai B’rith)によるデータ収集で、「ヘイトクライム」という言葉が一般的になる以前の1979年から、ユダヤ系に対する偏見に基づく犯罪や、誹謗・中傷の数を毎年、報告している。[ix]また、南部貧困法律センター(Southern Poverty Law Center)もKKK、スキンヘッドなどによる黒人に対する偏見に基づく犯罪の数を年単位でまとめており、ADLの統計とともに、「統計法」制定のモデルの一つになっている。[x]

 

この各人種擁護・ロビー団体の統計情報については、団体に直接、連絡があった数や新聞記事、警察機関からの報告があった事例などをまとめているケースがほとんどである。そのため、データが正確でなく、統計的に片寄りがある問題も指摘されている。ジェイコブスとヘンリーは、各人種擁護・ロビー団体のデータを基にした報道によって、ヘイトクライムの実際の頻度や実情よりも、「最近、急増している」「人種間のきしみが目立つ」といった、ヘイトクライムが深刻化しているというイメージが作られていったと指摘している。[xi]

 

 一方、FBIのヘイトクライム統計によると、1998年のヘイトクライムの総数は9235、1997年には9861、1996年には10706、1995年には9895と、数字だけ見れば、決して急増しているとはいえない。[xii]

 

I-2 両法と「ヘイトクライム」の定義

 

1990年ヘイトクライム(憎悪犯罪)統計法」「1994年ヘイトクライム判決強化法」の両法は、ヘイトクライムを連邦レベルで規制しようとする意図で導入された。両法成立以前にも、偏見に基づく犯罪を摘発するために「連邦保護活動法(通称「KKK法(Ku Klux Klan Act)」)が1968年公民権法(Civil Rights Act of 1968)の一部として、導入されたが、同性愛者、障害者らに対する憎悪犯罪は実際の法執行の対象になっていないほか、連邦政府がヘイトクライムとして、実際に摘発できるケースは6つのケースしかなく、[xiii]非常に限られており、「ほとんど有名無実に近い法律」(司法省検事のスティーブン・デトルバック氏)[xiv]という指摘も多い。実際、「連邦保護活動法」で摘発されたのは、1992年から1997年の間で33件しかなく、年間6件程度である。[xv]そのため、偏見に基づく犯罪を「ヘイトクライム」ととらえ直し、「統計法」「判決強化法」が立法化された。

 

「ヘイトクライム統計法」は1990年4月に成立し、ヘイトクライムについて、米国全土を包括するデータ収集を司法省が行い、報告することを法的に定めている。当初、5年間の試行プログラムで、議会で毎年、見直し、統計収集の継続を決めていたが、1994年には無期間継続することを決めている。「統計法」ではヘイトクライムの頻度や起こっている地域、パターンなどを分析し、ヘイトクライムに対する一般の認識を高めるほか、州や郡の警察当局に適切な対応を可能にさせることで、ヘイトクライムを未然防止・再発防止するのが「統計法」の目的とされている。[xvi]具体的には連邦政府自身データを収集するわけではなく、州レベルで提出された統計を連邦政府がまとめる形になっている。また、州のデータ提出も強制ではなく、あくまでも州の独自裁量となっており、任意であるため、1999年にまとめられた98年のヘイトクライム統計には、アラバマ、アラスカ、ハワイ、ウイスコンシンの4州は加わっていない。[xvii]

 

「統計法」が成立した1990年の段階では、「ヘイトクライム」を人種、宗教、性的傾向[xviii]、国籍・民族性に対する偏見に基づく犯罪と定義している。偏見と動機の関係は「犯罪の動機そのものが偏見である場合のほか、動機の一部分が偏見に基づいている」ケースとしており、非常に広範囲な定義になっている。1994年にはヘイトクライムの対象に障害者も含めるよう修正し、1997年の統計から加えている。[xix]統計の対象になる犯罪には、殺人、故殺(manslaughter)、婦女暴行、過重暴行(aggravated assault)、単純暴行(simple assault)、脅迫、放火、破壊、器物損壊が挙げられている。また、統計対象の犯罪リストへの自己裁量で追加・削除ができる権利が司法長官に与えられており、強盗、住居進入、自動車窃盗などもデータ収集の対象に加えられている。[xx]

 

一方、「判決強化法」は「1994年暴力犯罪制御法執行法(Violent Crime Control and Law Enforcement Act of 1994)」[xxi]の一部として成立しており、ヘイトクライムを犯した加害者に対して、通常の犯罪の刑罰より、反則レベルを3段階厳しくし、重い刑を適用するよう、米国判決委員会(U.S. Sentencing Commission)の判決ガイドラインを修正すると定めている。例えば、過重暴行の場合、判決ガイドラインに定められた基本となる反則レベルは15だが、ヘイトクライムが認められた場合、18となり、実際の判決も、「禁固18カ月〜24カ月」から、「禁固27カ月〜33カ月」と厳しくなっている。[xxii]

 

同法では、偏見に基づいた犯罪であることに「合理的疑いの余地のない(beyond a reasonable doubt)」の場合に限り、反則レベルを厳しくするとしており、対象になるヘイトクライムは、人種、肌の色、宗教、国籍、民族性、ジェンダー(「ただし、性犯罪は除く」と明記されている)[xxiii]、障害、性的傾向の対する偏見に基づいた犯罪となっている。

 

I-3 州レベルでの立法

 

「判決強化法」は連邦法に抵触する犯罪に適用されるため、複数の州に関連する事件や国立公園などでの犯罪が対象となるものの、ほとんどのヘイトクライムは連邦ではなく、州や郡・市町村の法的管轄内の事件であり、州レベルでの摘発の根拠となるヘイトクライム州法も「判決強化法」成立を前後して、急速に導入されていった。

 

州レベルでの立法は2000年夏現在で、41州が統計法のほか、「判決強化法」など、何らかのヘイトクライム関連法を導入している。一方、ヘイトクライムの定義は各州や郡、市で大きく異なる。例えば、ワシントン特別区(ワシントンD.C.)では宗教、性別、性的傾向などの他、「容姿」「既婚の有無」などもヘイトクライムの対象に含まれている。[xxiv]また、ヘイトクライムを犯した場合に過重される刑罰についても、州によって差があり、ペンシルバニア州の場合、「通常の犯罪の刑罰より1レベル分、重い刑を課す」としているものの、バーモント州では「通常の犯罪の刑罰の倍の刑を課す」となっている。[xxv]

 

II. 法律導入後の問題点

 

II-1 法執行上の混乱

 

米国の多文化主義の代償ともいえる“自分とは異なったものに対する憎悪”を法的に取り扱ったものとして、「重要度では連邦均等雇用機会法(Federal Equal Employment Opportunity Act)や投票権法(Voting Rights Act)などの公民権諸法規に匹敵する」という評価も高い。特に、両法成立を前後して、州レベルのヘイトクライム防止法が成立した点は、ロビーに関った人種、宗教ロビー団体のほか、両法の立法に関った連邦議会議員らも「連邦政府がリードを取り、全米を上げての効果的なヘイトクライム防止に一歩近づいた」などと、大きく評価している。[xxvi]

 

しかし、公安関係者の間では、両法で定められた適用範囲に対する混乱も少なくなかった。例えば、ジェンダーに関する「統計法」と「判決強化法」との適用範囲の揺れである。「統計法」ではヘイトクライムの対象となっていない、女性に対する偏見に基づく犯罪が「判決強化法」では「ジェンダー」として、規制の対象になっている。また、「統計法」では性犯罪はヘイトクライムの対象に挙げられているのに対し、「判決強化法」では、対象外となっており、「統計法」と「判決強化法」の間で、ヘイトクライムの定義が大きくずれている。[xxvii]

 

さらに、両法成立以前の「連邦保護活動法」が改訂されなかった点も適用範囲の問題を深刻にしている。「連邦保護活動法」では同性愛者、障害者らに対する憎悪犯罪は、摘発の対象になっていないものの、「判決強化法」の対象になるため、「偏見に基づく犯罪」として、摘発はできないが、他の理由で摘発され、ヘイトクライムが認められた場合、判決が厳しくなるケースもありうる。

 

適用範囲の揺れ以上に、実際の捜査段階で問題になっているのが、動機の特定であり、偏見が本当に犯罪の動機になっているのか、判断するのが非常に困難になっている。例えば、ユダヤ系住民が仲の悪いユダヤ系の隣人の家屋に、ペンキでナチスドイツのシンボルである「かぎ十字」をかたどったいたずら書きをしたケースがあったとしても、ヘイトクライムとは言いきれず、器物損壊に過ぎない。

 

FBIで、メリーランド、デラウエア両州のヘイトクライム摘発を担当する特別捜査官、ジョン・シルベスター(John Sylvester)氏によると、動機の特定は非常に難しく、ヘイトクライムであるかどうか、見極めるのに非常に時間がかかってしまうという。同氏は「判決強化法で反則レベルを重くさせるだけの憎悪の動機が見付からないケースがほとんど」と指摘しており、そのため、州や郡自治体の警察と協力し、連邦よりもヘイトクライムの適応範囲が広い州や郡の警察の摘発を待つケースもかなり多く、「ヘイトクライムに関して、連邦関連の捜査はほとんど何もできない状態に近い」と指摘している。[xxviii]

 

定義の揺れや動機の特定が難しいこともあり、実際、「判決強化法」が適応されるケースは例えば、1996年の場合、全米を通じて、わずか27件に過ぎず、ヘイトクライムの疑いのある事件のうち、ほんの一握りに過ぎない。このように、「判決強化法」は成立したものの、ほとんど適用される法律の存在そのものが、形骸化しているといえる。[xxix]

 

 

II-2 統計の上の問題

 

「統計法」で定められたヘイトクライム統計数字についても問題は少なくない。例えば、1998年のFBIの統計をながめてみると、統計データのあいまいさが直感的に明らかになる。同年のヘイトクライムの総数9235のうち[xxx]、マサチューセッツ州(ヘイトクライム数491)、メリーランド州(同311)、ミネソタ州(同290)など、一般的にヘイトクライムに積極的に対応しているとみられる州では、ヘイトクライム数が比較的多い傾向を示しているのに対し、ミシシッピー州(同3)、ルイジアナ州(同16)など、差別を原因にした犯罪の数が歴史的に多いとみられる州のヘイトクライムの数が、極端に少なくなっている。特に、ヘイトクライムの中で最も多い「脅迫」の数については、マサチューセッツ州が223、メリーランド州が41、ミネソタ州が160となっているのに対し、ミシシッピー州では0、ルイジアナ州でも1を記録するだけとなっている。[xxxi]

 

統計の偏りは、ヘイトクライム統計の収集が州や郡の警察に任されており、歴史的に「偏見」に対する見方が地域的に差があるほか、ヘイトクライム対策・捜査に取り組む姿勢も州ごとに大きく異なり、州や郡ごとに提供される統計収集基準が統一されていないためである。特に、一般的にヘイトクライムに積極的に対応しているとみられる州では、警察機関がヘイトクライムそのものの特定・統計収集にも積極的であるため、ヘイトクライムの数が増えてしまう傾向にあり、報告基準のあいまいさが目立っている。

 

司法省ではヘイトクライムの統計収集の偏りを重視し、詳細な定義や統計報告の仕方などを説明した、統一ガイドラインを作り、州や郡警察当局に配付しているものの、統計収集上の混乱が解決するにはまだ、かなりの時間が掛かるとみられている。[xxxii]司法省の「法執行コーディネーター(Law-enforcement Coordinator)」として、ヘイトクライムについて、メリーランド州内の警察のほか、市当局、人権擁護委員会などの連携を強化に当たっている、スティーブン・ヘス(Steven Hess)氏は「同じ州内でもヘイトクライムに対する見方が地域的に異なっていることも多く、全米単位で、偏見に対する見方や統計収集上の差をなくすのは不可能に近い」と指摘している。[xxxiii]

 

前項でふれたように、犯罪の動機特定は非常に困難であるため、州や郡から提出されるヘイトクライムそのものの統計にも誤差がつきまとう。ボルチモア郡警察のジェームス・スキッドモア(James Skidmore)警部によると、ヘイトクライムとみられる事件の場合、通常の事件以上に十分な状況証拠を重ねてから、摘発することが必要になるが、例えば、嫌がらせの対象になった世帯が白人地区や黒人が比較的混合している地区の場合、当人同士の単なるけんかであるケースも少なくなく、決定的な状況がない場合、「ヘイトクライム」の統計に現れない「ヘイトインシデント」としてデータに残すだけのケースも多いという。[xxxiv]

 

 

II-3 憲法上の問題

 

一方、ヘイトクライム規制に関しては、自由な表現活動を保障した憲法修正第1条の言論の自由との関係も非常に微妙である。特に、どこまでが表現の自由で、どこからが脅迫なのか、ヘイトクライムを摘発する公安関係者にとって、判断は非常に難しい。拙速な捜査や摘発を行えば、「思想警察」「検閲」との非難を受けるのは必至であり、リベラル派の市民団体などにはヘイトクライム規制に意義を唱えるケースも多い。[xxxv]そのため、「脅迫」はヘイトクライムの中で最も多いものの、判決強化法の対象になるケースは非常に少ないなど、法執行上の障害も少なくない。[xxxvi]

 

ヘイトクライムに関する、連邦最高裁の判例もケースバイケースである。1992年の「R.A.V.対セントポール市」訴訟では、表現の自由や憲法14条の平等保護の原則から、自治体のヘイトクライム判決強化法が違憲判決を受けている。この訴訟では、白人の青年が、道を挟んでとなりの黒人家庭が住む住居内の庭で、十字架を燃やし、[xxxvii]ミネソタ州のヘイトクライム判決強化法の対象になった点が争われた。セントポール市は「青年の行為は、暴力的な表現で怒りや恐怖、憎しみを与える“喧嘩言葉”(fighting words)事項に相当するため、言論の自由を侵害しない」と主張したものの、[xxxviii]最高裁は「ミネソタ州の場合、全ての“喧嘩言葉”を摘発しているわけではなく、特定のものだけを選んで、ヘイトクライムとして罰している。これは法の下の平等に反しているだけでなく、言論の自由を侵害する」(スカリア判事が述べた判決文による)。[xxxix]また、大学の構内のヘイトスピーチ(偏見に基づく発言)規則と言論の自由を巡っては、連邦最高裁の判決はこれまでほとんどの場合、言論の自由の観点から、ヘイトスピーチの合憲性を認める判決を下している。[xl]

 

一方、「R.A.V.対セントポール市」と対照的に、1993年の「ウイスコンシン州対ミッチェル」判決では、最高裁は、州法の合法性を認める判決を裁判官全員一致で下し、ヘイトクライム規制法が、憲法修正第1条の言論の自由に抵触しないとした。この裁判では、黒人差別を描いた映画『ミシシッピー・バーニング(Mississippi Burning)』をビデオで観た「ミッチェル」という黒人の若者が「白人をやっつけないか」と友人を誘い、白人を集団で殴った事件で、ウイスコンシン州のヘイトクライム判決強化法の対象になった。最高裁の判決では、暴行行為が実際に行なわれたことを重視し、言論の自由に抵触しないとしている。[xli]

 

「ウイスコンシン州対ミッチェル」判決が言論の自由に抵触しないという最高裁の見解を受けて、判決以降、ヘイトクライム関連法案を強化する州が増えているほか、当初、言論の自由の立場から、「判決強化法」に反対していた、アメリカ市民連合(American Civil Liberties Union; A.C.L.U.)も方針を変更し、反対運動を取りやめた[xlii]一方、「ウイスコンシン州対ミッチェル」の場合は、被害者に対する暴行行為が認められたため、言論の自由との関連を問われなかったものの、ヘイトクライムの多くは、「脅迫」「器物損壊」であり、公安当局にとって、言論の自由との関連はいまだ、非常に微妙である状況には変わりがない。また、ここに挙げた、いずれの判決でも最高裁はヘイトクライムの定義と動機については、細部にふれるのを避けており、今後、将来的に連邦法にしろ、州法にしろ、ヘイトクライム関連法そのものの合憲性が問われる裁判が起こった場合、どのような判断が下されるか、注目されている。

 

III  立法の段階での問題点

 

III—1 公民権ロビー団体間の戦略的な調整

 

本章では、「ヘイトクライム統計法」「ヘイトクライム判決強化法」の立法過程における問題点を「公民権ロビー団体の戦略上の調整」「議会での公安関係者の意見の排除」という2点から、検証し、前章でふれた法執行上の様々な混乱の要因を分析する。

 

まず、立法の段階での問題点として、まず、各公民権ロビー団体が法案成立を急ぐために、戦略上、団体間で調整し、立法を進める下院司法委員会犯罪正義小委員会(House Judiciary Committee, Subcommittee of Crime and Criminal Justice)や上院憲法小委員会(Senate Judiciary Committee, Subcommittee of Constitution)の議員らが立法化しやすいグループだけ、ヘイトクライムの対象に残した点が挙げられる。そのため、女性団体は「ヘイトクライムの対象に後で追加する」と対象から除外され、“取引”の対象になった点は、定義の範囲や議会での論議に徹底的な影響を与えている。

 

元々、ヘイトクライム統計法については、第99議会(1985〜1986年)の段階で、ユダヤ系の擁護団体ADLが黒人下院議員のジョン・コンヤーズ(John Conyers)議員(ミシガン州選出。民主党)に強く要望し、この動きに乗じた、黒人擁護団体NAACP(全米黒人地位向上協会)も法案提出を全面的にアピールした経緯がある。最終的には、同義員のほか、バーバラ・ケネリー(Barbara Kennelly。コネチカット州選出。民主党)、ニューヨーク市ブロンクス地区で警察官だったマリオ・ビアギ(Mario Biaggi。ニューヨーク州選出。民主党)の両下院議員によって、「ヘイトクライム」法案が提出された。両団体の意向を重視し、法案提出時ヘイトクライムの対象とされていたのは「人種、民族性、宗教」だけであり、「性的傾向」や「女性」は法案提出段階から対象から除外されていた。[xliii]

 

ヘイトクライム統計法案について初めて開かれた下院司法委員犯罪正義小委員会の公聴会(1985年3月21日)において、ヘイトクライム統計法の重要性をうったえる賛成側の証人となったのは、ビアギ議員のほか、ADLのジェローム・バクスト(Jerome Bakst)氏とNAACPのエレイン・ジョーンズ(Elaine Jones)氏だけだった。[xliv]

 

ヘイトクライム統計法案から除外され、危機感を持った同性愛者擁護団体の全米ゲイ・レズビアン・タクスフォース(National Gay and Lesbian Task Force)は、自らゲイであることを公言しているバーニー・フランク(Barney Frank。マサチューセッツ州選出、民主党)下院議員に接触し、同性愛者に対する偏見に基づく暴力の深刻さを訴える公聴会を開くことを強く訴えた。ヘイトクライム統計法案の審議がそれ以上進まず、第99議会会期中の立法化がほぼ絶望的になった1986年10月、同性愛者に対する暴力をテーマにした公聴会が、ヘイトクライム統計法公聴会と同じ下院司法委員犯罪正義小委員会で開かれた。[xlv]また、第99議会の段階では、女性団体を含め、各ロビー団体はそれぞれの団体ごとに各議員やメディアに接触していた。

 

99議会で統計法案は下院を通過したものの、結局、上院ではほとんど審議が進まず、会期切れになった。翌第100議会(1987-88年)から、マイノリティ擁護団体は、方針を変え、ヘイトクライム防止連合(Coalition on Hate Crime Prevention)の名の下、結束し、ヘイトクライム統計法を立法化させる戦略に乗り換えた。ヘイトクライム防止連合の代表的な加盟団体はADL、NAACPのほか、全米ゲイ・レズビアン・タクスフォース、南部貧困法律センターなどである。

 

100議会においては、下院ではコンヤーズ議員が再び、法案を提出したほか、上院でも同内容の法案をポール・サイモン(Paul Simon)議員(イリノイ州選出。民主党)が提出した。この法案の原案作成には、ヘイトクライム防止連合が積極的に関与した。

 

100議会での法案には、全米ゲイ・レズビアン・タスクフォースの強い働き掛けもあり、前議会の法案になかった同性愛も対象に含まれたが、女性(ジェンダー)は対象から除外された。これについては、ヘイトクライム防止連合に参加するロビー団体の中で、数々の論議が続けられた。論議の中で多数を占めたのが、「もし、ジェンダーを含めば、例えば、年齢や身障者、共産党員、労組関係者など差別されている層も広範に含まなくてはならないという議論が起こるのが必至」「女性に対する暴力は非常に多い。一方で、夫が妻を殴るケースなどは女性一般に対する憎悪が原因になっているとはいえず、ヘイトクライムの主旨とは離れてしまう。ジェンダーを含めば、ヘイトクライムという定義自体が非常に複雑になる」「ジェンダーを含むと法案成立が遅れる。立法化が先決で、法制化後、ジェンダーを含めるべきだ」などの意見だった。[xlvi]また、「女性に対する暴力の場合、ほとんどが知人からの暴力である。一方で、例えば黒人に対するヘイトクライムは、黒人全てに対するメッセージといえ、質が違う。女性に対する暴力の犠牲者は他の犠牲者と代えることができないはず」という指摘もあった。[xlvii]

 

これに対して、全米女性機構(National Organization for Women)などの団体は「妻に対する暴力を犯した男性は離婚して他の女性と結婚してもまた暴力を続ける。キャンパスでのデートレイプ犯は何度もレイプを続ける」と反論したが、戦略的に法案通過を急ぐために、女性擁護団体が手を引いた形になっている。[xlviii]

 

一方、「統計法」が成立して2年後の1992年に初めて法案が提出され、1994年に立法化された「判決強化法」の場合、女性ロビー団体がチャールズ・シューマー(Charles E.Schumer)下院議員(ニューヨーク州選出。民主党。現上院議員)に強く要請し、「統計法」で除外された「性別」の項目もヘイトクライムの適用範囲に加えた。[xlix]「判決強化法」での場合、結局、「性犯罪は除く」という除外条項を設けることで、ジェンダーが対象に含まれた。ちょうど、「1994年暴力犯罪制御法執行法」の一部として、「1994年反女性暴力法(Violence Against Women Act of 1994)」の立法化が同時に進められていたため、除外条項ついては女性擁護団体側は強硬に反対しなかった。[l]

 

このように、統計上、女性へのヘイトクライムは統計に入らないものの、刑罰がが重くなるが、性犯罪については、明らかなヘイトクライムでも刑罰過重の対象から除外されるという、奇妙な法律的なねじれが発生している。このねじれ現状については、議会の公聴会ではほとんどふれられないまま、立法化まで至った点も特筆される。

 

一方、「ジェンダー」とは対照的に、「性的傾向」の方は、全米ゲイ・レズビアン・タスクフォースの強いロビー活動で、「統計法」「判決強化法」のいずれにも適用対象として、残ることになった。上院では保守派議員の反対が激しく、「統計法」成立直前の1990年春、ジェシー・ヘルムズ(Jesse Helms)議員(ノースカロナイナ州選出。共和党)が「性的傾向」を対象から除外し、「同性愛は社会の基本単位である家族の存続を脅かすものである。(中略)公衆衛生のため、同性愛を各州のソドミー(異常性行為)法で摘発すべきだ」という文面を盛り込む、修正統計法案を提出したが、19対77で、この法案は破棄された。ヘルムズ議員らの動きを抑えるため、最終的な統計法案に「家族生活は社会の基盤である。(中略)この法案は同性愛行為を奨励するものでは待ったくない」という文面が盛り込まれ、下院に続いて、1990年4月に上院を通過した。[li]コンヤーズ議員によると、「統計法」は「同性愛者の保護を目的にした初めての連邦法」であるという。[lii]

 

論じたように「統計法」の段階で、戦略的に法案通過を急ぐために、ロビー団体間で戦略的な調整があり、ヘイトクライム立法を急いだ影響は大きい。「高齢者や身体上の特徴などに対する“憎悪”は対象となるのか」「特定のグループを優遇するのは、逆差別ではないか」「人種とは、差別とは一体、何か」など、根本的な問題が「統計法」成立過程で十分、論じられず、その後成立した「判決強化法」の中でも、「判決強化法」と言論の自由との関係が中心に審議され、ヘイトクライムの存在そのものに踏み込んだ論議がほとんどなかった。そのため、前述したように、施行後の公安当局の捜査に影響を及ぼしている。

 

III—2 議会での公安関係者の意見の排除

 

一方、議会での公聴会で、法案のスポンサーになっている議員らが、実務上の問題から反対意見を述べたFBI職員の証言などを組み入れず、論議を進めた点も立法の段階での問題点として、挙げられる。

 

前章でふれた法執行上の様々な問題は、ヘイトクライム統計法案が初めて、議会に提出された、第99議会の段階で明らかだった。1985年3月21日、ヘイトクライム統計法案について初めて開かれた下院司法委員会犯罪正義小委員会の公聴会で、司法省統計局のスティーブン・シュレシンジャー(Steven Schlesinger)氏と、FBIで議会とのリエゾンを担当するウイリアム・ベーカー(William Baker)氏が、実務上、ヘイトクライムに関する統計の煩雑さを説明した。

 

両氏は犯罪が偏見に基づいているかどうか、特定できるかどうか、非常に疑問であり、導入は非現実的である、と主張している。ベーカー氏は「偏見に基づく犯罪は非常に問題だが、(中略)シナゴーグ(ユダヤ教会堂)に強盗が入ったとしても、動機は偏見とは限らず、盗みであるかもしれず、動機の特定は困難である」とし、そのため「FBIの犯罪統計制度全体の信用性も落ちてしまう」と指摘している。[liii]

 

また、シュレシンジャー氏は「十字架を燃やしたり、ユダヤ教会にかぎ十字をペンキで描いたりするケースは偏見が見通せるかもしれないが、ほとんどの犯罪は単純に動機が見付かるものではない」とし、「公安機関の統計ではなく、民間団体や新聞の切り抜きサービスなどを利用すべきだ」と指摘している。[liv]シュレシンジャー氏の発言に対しては、ヘイトクライム統計法案のスポンサーであるコンヤーズ議員が声を荒げて、「(ヘイトクライムの)問題は切り抜きサービス程度の話ではない。それでは単純すぎる」と発言した。[lv]

 

問題だったのは、その後の公聴会ではコンヤーズ議員らが中心となり、「統計法」に賛同する公安関係者ばかりを意図的に選び、出席させようとする動きがあった点である。その後、1998年5月の公聴会でFBIのシュレシンジャー氏らが初回と同様の法案に反対する内容の文書資料を提出した以外は、反対派といえるような公安関係者は誰も出席せず、各証人がヘイトクライム統計が必要である点を力説した。[lvi]この1998年5月の公聴会では、コンヤーズ議員が「憎悪の動機が少しでも疑わしいと思ったら、統計に加えなけなければよい、という単純なルールで構わないのではないか」と発言したように、立法を進めた議員らがどれだけ、公安関係者の現状を理解していたか、疑問が残る。[lvii]

 

また、「判決強化法」の公聴会でも、ヘイトクライム防止連合加盟団体のほか、表現の自由などの憲法上の問題を論ずるための憲法学者の証人が中心で、捜査担当者の証人らしい証人はなかった。[lviii]

 

IV. ヘイトクライム規制法の意義と今後

 

ヘイトクライム自身は米国だけにみられる犯罪では決してなく、世界各国で共通に見られる現状である。[lix]しかし、米国社会にとって、ヘイトクライムとその規制は非常に重要な意味を持っている。

 

「移民の国」である米国では、先住民や奴隷として強制的に連れて来られた人々を除けば、世界各国から移民した人々とその祖先から成り立っている。ヘイトクライムは多様な伝統や生活習慣、価値観を持つ国民が一つの国で生活する際に起こる摩擦の中で生じる。これを法律で乗り越えようとするのが、本稿で論じている「統計法」「判決強化法」であり、米国の多文化主義を法的に維持させる機能を持っているといえる。

 

しかし、せっかく成立した「統計法」は、本来、時間をかけるべき「偏見」の定義や動機の特定などに関する詳細を十分に論じず、拙速に法案を成立させたため、統計そのものが非常に不正確である。また、動機の特定が難しく、何が「偏見」で何が「憎悪」であるのか、偏見が動機だった場合、どうやってその動機を証拠として法廷に提出するのか、公安担当者の段階では、非常に判断が難しく、「判決強化法」が実際に適用されるケースは少ない。この2法は米国の多文化主義を法的に維持させるというよりは、ヘイトクライム対策のための象徴に過ぎず、「犯罪」を複雑にしたレベルに過ぎない。

 

特に米国の場合、人種・民族の構成上、非常に多様性に富んだ社会である点がさらに定義を複雑にさせている。元々、偏見の性格上、大きく異なっている人種差別主義者、性差別主義者、同性愛嫌悪者、反ユダヤ主義者、女性嫌悪者の犯罪をひとまとめにして、「ヘイトクライム」とすること自身にも問題は少なくない。さらに、現在の定義では、あいまいさが残り、黒人が黒人を、女性が女性を、ゲイがストレートに対する偏見に基づく犯罪もあるほか、「黒人の同性愛者」「障害者の女性」など、被害者が対象になる複数のグループに属するケースも少なくなく、偏見そのものの特定が難しくなっている。

 

ヘイトクライム法案に強く反対してきた、ニューヨーク大学のジェームス・ジェイコブス教授のように、特定の行為を「ヘイトクライム」と定義することで、むしろ偏見が助長されるとみる識者も少なくない。同教授は「統計法」「判決強化法」などのヘイトクライム法案を訴える運動を、「アイデンティティの政治(identity politics)」と名付け、特定のグループが自分のグループを利するための運動であり、グループ同士のゆがみ合いにつながる、と強烈に批判し、「特定のグループを優遇するのは、逆差別である」と指摘している。[lx]

 

また、「同じ窃盗でも、ヘイトクライムなら重くなるというのは、刑法上のアファーマティブ・アクションになってしまう」という点から、平等保護(equal protection)を定めた憲法修正14条との関連が微妙になるという法学者の指摘も少なくない。[lxi]一方、カリフォルニア大学のリチャード・バーク(Richard Berk)教授が指摘するように、そもそも、自分たち(us)と他(them)を区別するのは人間の基本的な心理であり、他と比較するのは人間の常であり、“自分と違うものに対する憎悪”は、米国という国の成り立ち上、ヘイトクライムを根絶するのはありえないかもしれない。[lxii]

 

さらに、米国内の人種対立の図式は、以前の「白人対黒人」から変化してきた。とくに、ラテン系の場合、国勢調査局の推計で2025年までには黒人を抜い

て最大のマイノリティー集団となり、2050年までには米国人口の4分の1を占めるといわれる。多人種、多民族の結婚が2050年には現在の3倍増となるとしており、人口比では21%に達するという。[lxiii]

 

このように、多人種の混血がメルティングポットを生みだすとみられ、犯罪現場で、どの人種・民族のどの人種・民族に対する偏見なのか、特定するのがさらに複雑になる。このように「アメリカ人」の概念が変わる中、人種や民族を基にした「偏見」「憎悪」の特定がどれだけ可能になるのか、今後、ヘイトクライム規制法そのもののがさらに複雑になっていくとみられている。

 

連邦保護活動法を改訂・強化したヘイトクライム防止法案(Hate Crimes Prevention Act)が第105議会(1997年〜1998年)に続き、第106議会(1999〜2000年)で提出されている。[lxiv]この法案は、連邦保護活動法で定められていた「連邦保護活動」以外の場合でも連邦の法執行機関によるヘイトクライムの摘発を認めることをうたっており、適応範囲は同性愛者、障害者などにも広げており、「判決強化法」との差をなくすのに力点を置いている。また、同時に「統計法」に女性を含める修正法案も2000年春に提出されており、[lxv]今後、本稿で論じた適用範囲上の揺れも少しずつ修正される可能性も出てきた。しかし、例えば、ヘイトクライム防止法案がたとえ法制化されても、年間摘発数は「12ほど増えるだけ」と推定されており、[lxvi]ヘイトクライムという「犯罪」が実際の法執行でどれだけ可能であるのかという点については、いまだに疑問であり、さらなる検討が必要になっている。

 

 

 



* 前嶋 和弘 Ph.D. Candidate, Department of Government and Politics, University of Maryland, College Park, U.S.A.

[i]ジェイコブスとポッターによると、ヘイトクライム統計法案が初めて、連邦議会に提出された1985年、同法案を作成したジョン・コンヤーズ(John Conyers)、バーバラ・ケネリー(Barbara Kennelly)、マリオ・ビアギ(Mario Biaggi)の3人の連邦下院議員によって、「ヘイトクライム」という言葉が作られたという。James B. Jacobs and Kimberly Potter, Hate Crimes: Criminal Law and Identity Politics, (New York: Oxford University Press, 1998) 4.

[ii] John Sylvester氏へのインタビュー(2000年4月13日)

 

[iii] 例えば、Edward Kennedy, “Congress Must Continue Century-Long Challenge,” Roll Call. Feb. 7, 2000

 

[iv]  James Brooke, “Gay Man Beaten and Left for Dead,” The New York Times. Oct. 10, 1998.

 

[v]  Charisse Jones, “Race Killing in Texas Fuels Fear and Anger,” USA Today. June 11, 1998

 

[vi]  アジア系アメリカ人に対する残忍なヘイトクライムとして、しばしば引用されるのが、ビンセント・チン(Vincent Chin)事件である。この事件は1982年6月、ミシガン州デトロイトで発生した事件で、会社を解雇された自動車工場社員2人が、「解雇されたのは、シェア拡大を続ける日本の自動車メーカーが米国メーカーを押しのけたため、自分たちの仕事を奪ったため」として、ナイトクラブで居合わせた中国人青年チン氏を日本人と勘違いし、外に連れ出し、バットで撲殺した。その後、裁判の動向を追ったドキュメンタリー映画(“Who Killed Vincent Chin?”)が1988年度のアカデミー賞最優秀ドキュメンタリー部門にノミネートされた。David A. Kaplan, “Film about a Fatal Beating Examines a Community,” The New York Times, July 16, 1989が詳しい。

 

[vii] Federal Bureau of Investigation, U.S. Department of Justice, Hate Crime Statistics (Washington, DC: U.S. Department of Justice,1999)12.黒人が白人に向けて行ったヘイトクライム」として、広く知られているのが、本文でもふれた州レベルのヘイトクライム法に対し、最高裁が合憲判決を下した「ウイスコンシン州対ミッチェル(Wisconsin v. Mitchell)」事件である。一方、黒人が黒人に向けて行ったヘイトクライムのついては、F.B.I.の統計自身はこれ以上、詳しい情報を提供していないが、「黒人の異性愛者」から「黒人の同性愛者」に対する犯罪のケースなどが当てはまるとみられる。

 

[viii] 全米の自治体で最も速くヘイトクライム報告制度を導入したのが、1978年のボストン市で、州レベルではメリーランド州が1981年に初めて導入した。Frederick M. Lawrence, Punishing Hate: Bias Crimes under American Law, (Cambridge,MA: Harvard University Press, 1999). 24

 

[ix] Anti-Defamation League,Audit of Anti-Semitic Incidents, (New York: Anti-Defamation League 1998)

 

[x] Southern Poverty Law Center, Klanwatch Intelligence Report, (Montgomery, AL: Southern Poverty Law Center 1999) また、アジア系に対するヘイトクライムについても、全米アジア太平洋系アメリカ人法律協会(National Asian Pacific American Legal Consortium)が1994年から毎年、まとめている。

 

[xi] Jacobs, James B., and Jessica S. Henry,“The Social Construction of a Hate Crime Epidemic,” Journal of Criminal Law and Criminology, 86 (1996), 366-391

 

[xii] Federal Bureau of Investigation, Hate Crime Statistics,(Washington, DC: U.S. Department of Justice)1995,1996,1997,1998,1999 加害者が同時に複数のヘイトクライムを犯しているケースも少なくないため、事件そのものは7755件である。文中に論じたように、「ヘイトクライム統計」の収集方法や基準があいまいであるため、ここに述べた数字がそのまま、全米のヘイトクライムの動向を正確に表しているとは言い切れない。

[xiii]連邦保護活動法は「公立の学校への通学」「投票」「州や自治体の施設での活動」「州裁での陪審員としての義務遂行」「州際通商に関する施設での活動」「公共施設での活動」の6つを「連邦保護活動(federally protected activities)」と定義し、人種や国籍、宗教に対する偏見に基づく、暴力、脅迫などの犯罪行為を禁じている。18 U.S.Code§245

[xiv] Steven Dettleback氏へのインタビュー(2000年4月13日)

[xv] U.S. Congress, House Committee on the Judiciary, Subcommittee on Criminal Justice, Hate Crime Prevention Act of 1997: Hearing (Washington, D.C.: U.S. Government Printing Office, 2000)17

[xvi] Hate Crime Statistics Act of 1990, Public Law 101-275

[xvii] F.B.I., Hate Crime Statistics

[xviii] 「同性愛者」ではなく、「性的傾向(sexual orientation)」としたのは、「異性愛者」「両性愛者」も統計の対象に含むためである。

[xix]この修正は、「判決強化法」とともに、「1994年暴力犯罪制御法執行法(Violent Crime Control and Law Enforcement Act of 1994)」の一部となっている。Violent Crime Control and Law Enforcement Act of 1994, Public Law 102-322

[xx] Federal Bureau of Investigation, Hate Crime Data Collection Guidelines, (Washington, D.C.: US Government Printing Office,1990)

[xxi] 法案の通称は「包括反犯罪法案(Omnibus Anti-Crime Bill)」だった。

[xxii] Public Law 102-322

[xxiii] 「ジェンダー」となっているのは、女性へのヘイトクライムだけではなく、男性へのヘイトクライムもあるためである。

[xxiv] D.C. Code Ann.§22-4001

[xxv] Pa.Cons.Stat. tit.18§2710; Vt.Stat.Ann.tit.13, §1455. 

26ジェネスとグラテットの興味深い研究では、「州の経済状況」「マイノリティに対する保護政策の実績」「社会体系の混乱度」などの要因と、ヘイトクライム州法導入との相関関係を統計的に分析(ロジット分析)している。結果は、決定的な要因は確認できず、「州の構造的な要因や州の政策傾向がヘイトクライム立法に与える影響は、単純には認められない」と結論付けている。Valerie Jenness and Ryken Grattet, “The Criminalization of Hate: a Comparison of Structural and Polity Influence on the Passage of ‘Bias-crime’ Legislation in the United States,” Sociological Perspective. 39 (1996), 129-154

27[xxvi]例えば、Anti-Defamation League, Hate Crime Laws: A Comprehensive Guide, (New York: Anti-Defamation League, 1994)を参照

[xxvii] Public Law 101-275;Public Law 102-322

[xxviii] John Sylvester氏へのインタビュー

[xxix] ”Statement of the Anti-defamation League on Bias-Motivated Crime and H.R.1082—The Hate Crimes Prevention Act,” Chicano-Latino Law Review 21:53 (1999) 66 ボルチモア郡警察のジェームス・スキッドモア警部によると、動機の特定が困難なのは、州や警察の段階でも同じであり、何がヘイトクライムであるのか、定義するのに時間が掛かるため、ヘイトクライムの適応は非常に慎重になっている(James Skindmore氏へのインタビュー 2000年4月13日)。

[xxx] 9235のヘイトクライムのうち、38%が「脅迫」(3488)、28%が「器物損壊」(2549)、18%が「単純暴行」(1706)、 12%が「過重暴行」(1084)で、殺人・故殺は0.01%(13)となっている。また、対象別では、58%が「人種」(5360)、16%が「宗教」(1475)、16%が「性的傾向」(1439)、10%が民族・出身国(919)、0.03%が障害者(27)となっている。カッコ内はいずれもヘイトクライムの数。F.B.I., Hate Crime Statistis of1998, (Washington, DC: U.S. Department of Justice,1999)5-14

[xxxi] 「ヘイトクライム統計」の1997年度版では、歴史的に厳しい黒人差別で知られているアラバマ州も統計に加わっており、ヘイトクライムの数は0となっている。97年度版も98年度版と同じように、ミシシッピー州(ヘイトクライムの0)、ルイジアナ州(同5)など、差別を原因にした犯罪の数が多いとみられる州のヘイトクライムの数が極端に少なく、マサチューセッツ州(同497)、メリーランド州(同311)、メリーランド州(同335)、ミネソタ州(同259)など、ヘイトクライムに積極的に対応しているとみられる州のヘイトクライム数が比較的多い。F.B.I., Hate Crime Statistics of 1997, (Washington, DC: U.S. Department of Justice,1998)14

[xxxii] Criminal Justice Information Services Division, Federal Bureau of Investigation, U.S. Department of Justice, Hate Crime Data Collection Guidelines: Uniform Crime Reporting, (Washington, DC: U.S. Department of Justice,1999)

[xxxiii] Steven Hess氏へのインタビュー(2000年4月13日)

[xxxiv] James Skindmore氏へのインタビュー

[xxxv] 例えば、Barbara Dority, “The Criminalization of Hatred,” The Humanist. 54 (1994), 38-39

 

[xxxvi] Steven Hess氏へのインタビュー

[xxxvii] 「燃える十字架」はクー・クラックス・クランのシンボルである。

[xxxviii] ”fighting words”事項は、文字通り、「暴力を生むような言葉」であり、1942年のChaplinsky v. New Hampshire裁判に由来しており、言論の自由の対象外とされている。”fighting words”事項については、Franklyn S. Haiman, Speech Acts” and the First Amendment, (Carbondale, IL: Sourthern Illinois Univeristy Press, 1993)が詳しい。

[xxxix] R.A.V.v. City of St.Paul, 112 S. Ct. 2538(1992)

[xl] 1989年の「ドウ対ミシガン大学(Doe v. University of Michigan)」判決や、1991年の「ポスト対ウイスコンシン大学評議委員会(U.W.M. Post v. Board of Regents of the University of Wisconsin)」が代表的である。

[xli] Wisconsin v. Mitchell 113 S. Ct. 2194 (1993)

[xlii]Congressional Quarterly, “Hill Acts to Curb Crimes of Bias,” 1993 CQ Almanac. (Washington, D.C.; Congressional Quarterly, 1994) 312

[xliii]当時の法案番号はH.R.2455

[xliv] U.S. Congress, House Committee on the Judiciary, Subcommittee on Criminal Justice, Hate Crime Statistics Act: Hearing (Washington, DC: U.S. Department of Justice,1987)

[xlv] U.S. Congress, House Committee on the Judiciary, Subcommittee on Criminal Justice, Anti-Gay Violence: Hearings (Washington, DC: U.S. Department of Justice,1986)

[xlvi] Center for Women Policy Studies, Violence Against Women as Bias Motivated Hate Crime: Defining the Issues, (Washington, DC; Center for Women Policy Studies. 1991) 12-13; ADLで、ヘイトクライム法案のロビー活動を行っているケーリー・ベッカー氏(Kayle Becker)へのインタビュー(2000年4月14日)。

[xlvii] Steven.M Freeman, Policy Background Report—Hate Crime Statutes: Including Women as Victims,(New York: Anti-Defamation League,1990).

[xlviii]ヘイトクライムに対する女性擁護団体の見解は、NOWのモーリー・ヤード(Molly Yard)会長(当時)が1998年、上院憲法小委員会で行った証言に詳しい。U.S. Congress, House Committee on the Judiciary, Subcommittee on Constitution, Hate Crime Statisticst Act of 1988: Hearing (Washington, D.C.; U.S. Government Printing Office,1988)

[xlix] 1992年下院で提出された法案番号はH.R.4797。法案の内容と諸問題は、U.S. Congress, House Committee on the Judiciary, Subcommittee on Criminal Justice, Hate Crime Sentecing Enhancement Act of 1992: Hearing (Washington, D.C.; U.S. Government Printing Office,1992)が詳しい。

[l] 42 U.S. Code. 13981

[li] Congressional Quarterly, “Hate Crime Statistics to be Published” 1900 CQ Almanac. (Washington, D.C.; Congressional Quarterly, 1991)506-507

[lii] John Conyers, “Introduction,”In Herek, G.M. and K.T Berrill (eds), Hate Crimes: Confronting Violence Against Lesbians and Gay Men, (Newbury Park, CA: Sage1992)xiv

[liii] Larry Margasak, “Officials Say Hate Crimes Too Hard to Categorize,” The Associated Press. March 21, 1985; Judi Hasson, “FBI Says ‘Hate Crimes’ Too Hard to Count,” United Press International, March 21, 1985

[liv] ibid

[lv] ibid

[lvi] States News Service,June 21, 1998

[lvii] ibid

[lviii]例えば、1992年7月29日に開かれた公聴会では、リベラルで知られる憲法学者、ローレンス・トライブ(Lawlence H. Tribe)ら7人が証人として発言した。資料として提出された書簡や陳述書も法学者のものがほとんどで、公安関係者のものはなかった。U.S. Congress, House Committee on the Judiciary, Subcommittee on Criminal Justice, Hate Crimes Sentencing Act of 1992 (July, 1992)

[lix] Robert J.Kelly and Jess Maghan. eds., Hate Crime: The Global Politics of Polarization, (Carbondale, IL: Sourthern Illinois University Press, 1998)では、欧州などにおけるヘイトクライムの現状がまとめられている。

[lx] Jacobs and Potter,Hate Crimes

[lxi]例えばJames Morsch,“The Problem of Motive in Hate Crimes: The Argument against Presumptions of Racial Motivation,” Journal of Criminal Law and Criminology 82(1991)659-96

[lxii] Berk, Richard,”Forward,” In Hamm, Mark S. eds., Hate Crime International Perspective on Causes and Control .Academy of Criminal Justice Sciences, (Highland Heights: KY,1994)v

[lxiii] Maria Puente and Martin Kasindorf, “The New Face of America: Blended Races Making A True Melting Pot,” USA Today, Sep. 7, 1999

[lxiv]2000年夏の段階では、エドワード・ケネディ(Edward Kennedy)議員(マサチューセッツ州選出。民主党)らが提出したS.622が上院を通過し、下院での審議を待っている。

[lxv]法案番号はH.R.4317で、キャロリン・マロニー(Carolyn Maloney)下院議員(ニューヨーク州選出。民主党)が提出した。

[lxvi] U.S. Congress, House Committee on the Judiciary, Hate Crimes Prevention Act of 1997,(U.S. Government Print Office: Washington, D.C., 2000). 70