第5回 2003年5月14日(水)
「インターネットの利用」
竹内謙(日本インターネット新聞社)
抄 録 |
1. 市民メディア |
「メディア」という言葉を聞いたときにどのようなイメージを受けますか。メディアというのは媒体。一般的に、新聞、テレビ、ラジオ、雑誌のようなマス・メディアを想像することでしょう。しかし、いま「メディア」がマス・メディアの時代から、インターネットを利用した個人メディアの時代に大きな変貌を遂げつつあります。私はこれを「市民メディア」と名づけます。なかなか聞きなれない名前でしょうが、インターネットで「市民メディア」を検索すると、日本では900件ほど アメリカでは9万件もの検索結果が出てきます。このことからも、色とりどりの市民メディアがでてきているのがわかります。これらの情報発信者は個人、団体などさまざまで、テーマも広範に及んでいます。なぜ市民メディアが盛んになってきたか、それはインターネットの発展・普及に他なりません。 ・個人による情報発信 今までのテレビや新聞はたくさんの記者を抱え、膨大な資金を要する設備を整えないと成り立ちませんでした。記者が取材に行き、情報を集め、記事を書いてきました。ところが、いまはインターネットを使って、個人が調べ、情報を集めることができるようになりました。そして、インターネットを通じて、送りたいと思う情報を多くの人に、安い経費で送れるようになりました。つまり個人でメディアをつくることが可能になったのです。それがインターネットの力であり、個人の情報発信が世の中を大きく変える時代になったのです。 |
2. インターネットが果たした役割 |
・エストラーダ大統領の失脚 インターネットが果たした役割の具体例として、フィリピン・エストラーダ大統領の失脚を取り上げてみましょう。大統領の違法賭博献金疑惑が発覚すると、インターネットを通じて、大統領を追放するキャンペーンがはじまりました。その中で2万5千人ものボランティアが生まれ、それぞれの人がそれぞれのネットを駆使してキャンペーンを拡大したのです。その結果、疑惑発覚から3ヶ月で大統領は辞任に追い込まれました。この事例は『メディアが変えるアジア』(岩波ブックレット)の中で取り上げられていますが、このレポートの筆者は、マルコス大統領を辞職に追い込むのに20年の歳月を要したことと対比してインターネットの威力を強調しています。 ・1999年WTO閣僚会議 世界は軍事的にも経済的にもアメリカの一国支配が進んでいます。その一方で、マスコミはあまり取り上げませんが、アメリカのグローバリゼーションに反対する動きも、インターネットを通じて広がっています。 私はこのグローバリゼーションの動きが起こり始めたのは、シアトルで開かれたWTO閣僚会議からではないかと思っています。この会議はNGOの激しい抗議デモに阻まれ、新ラウンドを立ち上げる目的を達することなく閉幕しましたが、じつは、このデモもインターネットによって広まったものです。消費者運動家として名高いラルフ・ネーダーらが呼びかけ、全世界からグローバリゼーションに反対する人々が集まりました。この出来事があって以来、先進国首脳会議G8は影が薄くなりました。2000年、イタリア・ジェノバのG8は、反グローバリゼーションの激しいデモに取り囲まれ、ほとんど中身のない会議に終わりました。翌年のカナダでの会議は都市では開けず、山の中に逃げ込みました。アメリカ国内でも反グローバリゼーションの流れは大変強くなっています。これもインターネットの力なのです。 ・韓国大統領選挙 先日就任した韓国大統領の盧武鉉(ノ・ムヒョン)は、多くの予想を覆して当選した人です。韓国の大統領選挙は1年ほど前から始まりますが、その当時の世論調査では、盧武鉉氏の支持率は大変低かったのです。しかし、政党の候補者を決める選挙が進むうちにだんだん支持率が上昇し、民主党の候補者に決まってしまったのです。その背景にはインターネットを通じての若者たちの熱烈な応援があったといわれています。私はその頃に韓国を訪れていましたが、ある新聞が一面トップで次のように論評していたことを印象的に覚えています。それは、「10年前の大統領選挙は新聞の影響が最も強かった。5年前はテレビの影響力が最も強かった。ところが、今回の大統領選挙はインターネットの影響力が最も強い」という趣旨の記事でした。 今回の大統領選挙を制したのは、20代、30代の若者によるインターネットの活用だっ たといわれています。若者がインターネットで選挙運動をしたといっても、中身のない情報が伝わるわけはありません。やはり、若者が関心を持つ情報があったからこそインターネット選挙ができたのです。その役割を果たしたのがインターネット新聞だと私は思っています。 大統領選挙について、「世界で最初のインターネット新聞らしいインターネット新聞」といわれる『Oh my News』は多くの情報を発信しました。例えば、対立候補の息子2人が兵役拒否をしている疑惑があるというニュースを執拗に書きました。韓国の若者にとっては兵役拒否のニュースは強い関心があります。なぜなら、若者にとっての義務なのに権力者の息子たちは拒否しているのではないかという潜在的な不信感があるからです。それだけに、こうした情報は若者の中にはやりの音楽のように伝わりました。みんなが友人や知人に流したくなる、そういう情報がインターネット新聞から次から次へと発信されることで若者によるサイバー選挙が予想を覆す大統領を生み出したのです。 ・『Oh My News』 『Oh my News』は設立から3年が経過しました。1日の訪問客数が200万人にのぼり ます。会社に雇われたプロの記者だけが記者ではない、「すべての市民は記者である」という考え方に基づき、2万人の市民記者を抱えています。スローガンは「既存マスコミに挑戦するNGO“ニュースゲリラ”組織」。モットーは「プロ記者が書かないニュース、心温まるニュース、市民が参加できるニュース」。 一般の記者たちが目をつけないような出来事に着目し、ゲリラ的に発信していく。毎日4回紙面を全面更新し、大きな影響力をもつインターネット新聞に発展しました。 |
3. JanJan |
このようなメディアが日本にも生まれなければいけないと思い、「JanJan」を創刊しました。市民が記者となり、ニュースを発信するという考えは『Oh my News』を参考にしました。もちろん名誉を毀損したり、モラルを欠いてはいけません。その点をきちんと点検するために、「JanJan」宣言と市民記者コードをつくりました。 市民記者は市民記者コードを守ることを条件に登録できます。市民記者が書いた記事がコードに違反していないかをチェックしたうえで掲載しています。マス・メディアに対抗するというよりは、マス・メディアが取り上げないニュースを発信し、マス・メディアだけでは足りない情報を補ってゆく考えです。 ・『Oh My News』との出会い 私は鎌倉市長のころ、市役所の記者クラブを廃止しました。そのことを韓国の人が取材にきました。『Oh my News』も、記者クラブ問題で戦っているので、ぜひソウルに来てほしいという話がありました。そこではじめて『Oh my News』の斬新な企てを知りました。『Oh my News』こそ、これからのメディアだと思いました。 韓国と日本ではいくつかの相違点があります。ひとつは、インターネット普及率です。韓国は数年前にすでに50パーセントを超えました。しかも家庭で個人が使うインターネットが大変普及しています。日本の普及率は37パーセントです。しかも、そのうち半分程度はiモードが数字に入っています。コンピュータを使ったインターネット普及率はたぶんその半分ほど、20パーセント弱くらいではないかと思っています。 もっと細かいことをいえば、日本の役所はインターネット普及率を正確に把握していません。総務省統計局統計センターによるデータによるとインターネット普及率は37パーセント。総務省情報政策局のデータによると81.4パーセント。同じ役所の調査でこれほど異なった数字を出しているのですから、ほとんど信用することができません。いずれにしても日本社会にインターネットが根付くにはもう少し時間がかかりそうです。ただインターネット時代はもうすぐそこまで来ていることは間違いなく、インターネット・メディアを研究・開発する意味でも『JanJan』を創刊することにしたのです。 |
4. 『JanJan』の特徴と目指す役割 |
『JanJan』を発行している日本インターネット新聞社は、「NPO型株式会社」と称しています。NPO(Non-Profit Organization)と利益を追求する株式会社を兼ねていることは自己矛盾ですが、利益を生み出すのが目的でない株式会社があってもいいだろうと考えています。利益よりも研究開発です。インターネット新聞の難しい点は、世界中で同じような試みがなされていますが、経営が成り立つようなビジネスモデルがなかなか生み出せないのが現状なのです。 市民が記者になってニュースを発信するということが新しいインターネット・メディアの基本理念ですので、できるだけ多くの人が市民記者になってニュースを送ってほしいと願っています。大学生も、主婦も、会社員も、公務員も、プロの記者も、みんな地域社会に生きる市民ですから、みんなが記者になってもらいたい。職業、国籍、年齢などを問うメディアではないのです。 皆さんも市民記者になって、日常生活の中で気がつくことや疑問点を記事にして、是非ニュースを送ってほしいと思います。それが難しい人はサイトを見るだけでも結構です。マス・メディアとは違う視点があることを理解できると思います。 『JanJan』は多くの人々が参画することを期待しています。とくにインターネットを日常生活に取り入れている、若い世代が中心になったメディアをつくりたいのです。 みんなが社会に対して積極的に発言しない限り、いまの日本の閉塞状況は打破できません。身の回りで起こる問題について自らの意見を述べ、多くの人々と意見を交換することよって市民社会ができあがってゆくのです。だれもが発言し、だれもが意見交換できる場づくりこそがインターネット新聞『JanJan』の目的なのです。 小村彩子(文・新聞学科2年) |