第3回 2003年4月30日(水)
読者参加が生む新しいニュース群
竹信三恵子(朝日新聞企画報道部)


 

抄 録

1.家庭面と読者

 新聞の中でも家庭面は、読者参加型のページだ。経済面は企業を回ることや経済産業省の取材が中心で、記事への反応や要望も専門家や企業家が多く、一般の読者からは非常に少ない。例えば、大々的に「○○会社倒産」と銘打っても反応は鈍かった。それに比べ、家庭面に対する読者の反応は常にある。最も大きな反響を呼んだ連載には投書が千通も届いた。

 経済面は、重要な日本の企業問題について報道しているにも拘らず、なぜこうも読者の反応が違うのだろうか。まず考えられるのは、経済面で扱われる問題には反応できないと読者が思い込んでしまっていることだ。その反面、家庭面では嫁姑問題など「これなら私も言える!」と思える身近なテーマが多く、投書が書きやすいことが考えられる。また、現代の日本の社会は変容しつつあり、従来の縦割り取材ではカバーしきれないものが出てきている。例えば、家庭面でよく取り上げられる「環境問題」。環境問題に関してどういう政策を作ったかは官庁に取材すれば分かるが、実際それがその後どう使われ、社会がどう変わったかまでは必ずしも従来の取材で分かるとは限らないのだ。官庁が出す情報は重要で影響力も大きいが、現在アセスメント的機能を持ち得ていない。アセスメント的機能を持つには委員会などを設置すればいいのだが、それをしようともしていない。しかし家庭面で「あなたはこの政策をどう思い、身の回りで何が起こっていますか」と、投書を募集すると必ず「今私の家では〜」といった具体的な反応が返ってくる。これは発見であった。読者の反応に直に向き合っていると、新しい情報を得ているという大きな手応えを感じる。

 いま、ジャーナリズム環境が大きく変化している。それに対応して「変えるべきもの」と同時に、「変えてはならないもの」がある。根幹は、取材し、伝えること。技術革新で仕事の方法、伝達手段は変わっても、第一発信者としての記者の基本は変わらない。揺らぐ現場から、「報道とは何か」「報道の社会的役割は何か」について、改めて考えたい。

 

2.読者の反応
 それを最も顕著に感じられたのは「女性と家庭関係」に関する取材をした時だ。90年代半ば日本の女性政策が大きく変わった。1995年にあった北京女性会議に端を発して、「人権」の新しい考え方に日本の女性が気づき始めた。例えばドメスティック・バイオレンスが夫婦ゲンカでは済まされず人権侵害にあたること、家事は労働の一つだということなどだ。それまで人間の義務は二つしかないと考えられていた。労働と余暇である。しかしそこに「無償の労働」(アンペイドワーク)という新しい考えが加わった。従来の労働を有償労働として区別し、また余暇とも異なる、社会的に必要とされるがお金をもらえない労働を無償労働と呼んだ。この意識の変化は、当時家庭面を担当していて実感したが、これに準じた政策を作れる役所が無かったために、情報源は一般の家庭に見出すしかなかった。ある時「家事労働」について投書を募集したところ、体験に基づいた様々な意見が寄せられた。家庭の中で人々はどう問題を解決し、どういった悩みを抱えているか非常に良く分かった。これは省庁に頼らずに、読者からの情報提供を基に記事を書いていけるのだという大きな体験であった。そのうちにドメスティック・バイオレンスが法律問題となり、無償労働の統計が取られるなど、家庭の問題が国の政策の問題に転化していった。

 

3.新しい紙面づくり

 国が動いたとなると、一般の記者の間でも重要な問題として報道すべき問題ではないかといった意識が強まってくる。そして、新しい「くらし」という紙面作りが提案された。家庭問題を家庭面だけにとどまらせておくのはもう時代遅れとし、家庭面にプラスして生活と政策を結びつけることを目的として始まったのが「くらし」面だ。「くらし」面は人々の日常生活から発生し、今や社会問題や政策問題になっているものを曜日ごとに整理して取り上げている。従来型の既成の情報に頼らず、実際に生活をしている人から情報を得るという相互取材をやってきた。そして家庭面で発見した読者参加の面白みや重要性を違った形で処理することを目指している。オピニオン面の「私の視点」も読者参加型のページだ。読者各々が持っている主張や意見を自分の文章で発表してもらう。専門家や著名人も多く登場するが、価値ある重要な視点と判断された一般の人の投書も掲載されている。何か気づいたことや主張したいことがあれば、ぜひ皆さんにもチャレンジしていただきたい。

 オピニオン面にも家庭面や「くらし」面と共通点がある。それは記者の情報網ではカバーしきれないものが増えてきたという認識だ。伝統的に新聞社は、記者クラブやその人脈を頼りにした取材、タレコミなどを情報源としている。実際、官庁や大手企業と密接に関係した記者クラブから得られる主な情報は、早い処理が出来るため生産性が高い。ところが、家庭問題や女性問題、実際に生活に直結した問題に対応できる記者クラブは存在しないため情報が集まらなくなりつつある。そして、官庁の情報収集能力の低下が見られる。おそらく昔は日本の生活様式が画一的であったため、官庁が定義した基準に沿って取材すれば間に合っていただろう。ここでは家族形態を例に出すと分かりやすい。「父親は働き母親は主婦で子供二人」が、基本的な家族と長年思われてきたが、実際取材をすると、現代ではそのような形態が少数派であることが分かる。官庁の持つ家族形態のイメージと現実にはズレがあるのだ。官庁の古いイメージから作られる政策は間違う可能性もあり、多様化についていけてないと言える。また地方分権化が進み、中央官庁に全ての情報が伝わらないことも考えられる。そして公務員の変化も官庁の情報収集能力の低下に関わっているのではないか。現在公務員は非常勤(パート)職員の割合が高い。これらの職員は住民に最も接触する機会が多いにも拘らず、上層部に意見することが出来ない。こうして正職員に必ずしも重要な情報が伝わらないため、従来のルートを頼った取材では分からないことが多くなってきている。

 

4.新聞社の人員構成問題
 日本の大きい新聞社の人員構成を考えていただきたい。女性記者の比率は約10%。これにより女性に関わる情報に偏差が出てきている。やはり記事にするなら記者が関心のあるものが多くなるのも当然だろう。また社員に大卒が多く、高卒やフリーターの視点を持ちにくい。彼らが直面していることが伝わってくるまでには時間を要した。中高年層が占める割合が高いため、若年層の問題に疎くなるという問題もある。そして長時間労働の正社員が多いためパートタイマーに対する偏見があった。これらの新聞社の人員構成問題は、読者の声で補正していける可能性がある。読者が欲する情報を読者自身が発信するのだ。

 

5.新しい試み
 読者参加企画の一つとして「あなたがつくるくらし面」がある。様々な経験や疑問を持った読者と紙面の企画、編集に至るまで協力をしてもらい、読者に読んだ後、元気になってもらうことをコンセプトに作成している。また規模が拡大したオピニオン面では一般の人の意見を重視するようになった。しかし問題点もある。一般人の素朴な意見掲載の妥当性を判断するのは難しく、記者の力量が問われるのだ。そして記者が裏付けを取り、掲載までこぎつけねばならない厳しさもある。とはいえ、記者が既成のニュースソースからは得られない情報を読者は持っているので、見過ごせない取材源だ。

 

6.今後の課題

 政治の無党派層や非労働組合員など、正規の組織でない団体に所属している人は少数なように見えて実際多い。これらを今後どのように取材対象として取り込んでいけるかが課題だろう。しかしまだそれが出来ていないために様々な問題が生じている。マスメディアに頼んでも仕方ないといったような、個人でメディアを作ろうとする動きも見られる。例えば女性専門の新聞、市民TV、FAXサービス、メーリングリストなどだ。それらは情報をセグメント化し、伝えたい人を限定した形態のマスメディアと言える。しかし、彼らを新聞の読者として取り戻していかねばならない。なぜなら彼らの情報は、新聞記者が多くの読者にも提供できる情報だからだ。特定の人たちが共有するにとどめると、世間一般では受け入れられないことが多い。物事を変えるのは実際難しい。社会を変えようと思った時に、発信相手を特定しないマスメディアのほうが有効な手段となる。

 今後マスメディアは、様々な手法で一見マイナーな情報を集め、読者に投げ返す役割を担う必要がある。また既成の取材方法にない手法の開発に取り組んでいくべきだ。

 

7.読者へ

 「大倒産・大合併・大殺人」などは割合に知られる情報でも、実は普遍性があって構造的な問題を抱えていそうな、例えばドメスティック・バイオレンスなどに対する情報が不足している。もっと客観的な情報を生活に密着した形で届けていきたい。今後政治、経済、犯罪報道でも家庭面や「くらし」面のような取材方法は重要になってくるだろう。新聞はただ情報を投げて放っているわけではない。その後は読者にも責任がある。今まで新聞などの報道に対して反論したことがあるだろうか。マスメディアに対し、要求や提案をぜひやってみて欲しい。読者の質が、新聞の質を決める。そして読者のリアクションが、新聞を変えるのだ。

(文・新聞学科 三宅敦子)


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